子供の運動会で夫がかっこよすぎる話










【ご注意】

・パパリヴァイ×ママ夢主。
・子持ち設定、子供の描写も有り、運動会ネタです。

大丈夫そうな方だけご覧ください。




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 早朝、五時。いつもより三十分以上も早起きをした。
 今日は娘の通う保育園の運動会だ。

 運動会には弁当作りが付きもの。親子三人分の弁当を作るのは少々骨が折れる。今年四歳になった娘はもう大人換算で0.8人分くらいは食べるし、何よりも「運動会のお弁当」というのは少し特別だ。子供も楽しみにしているし、周りの家庭からも弁当箱の中を覗かれる可能性が高い。私がいつも会社に持って行っているような手抜き弁当を作るわけにはいかないものなのだ。
 私は、前日のうちに仕込んでおいた鶏肉を揚げ、卵焼きを作り、おにぎりを握り始めた。

 天気予報は快晴。絶好の運動会日和だ。カーテンを開ければ、もう太陽が顔を出している。
 気温はどうかとテレビを確認すると、秋がとっくに始まっているこの時期にしては少々暑い予報だ。だが、雨でがっかりする娘の顔を思い浮かべれば、多少暑かろうが晴れで良かったと思う。

「おはよう」

 階段を降りる足音がして、夫が起きてきた。

「おはよう、リヴァイさん」

 私が挨拶を返すとリヴァイさんは小さく頷く。

 寝起きとは思えないしっかりとした足取りで、リヴァイさんは素早く身支度を整え、そして家中のゴミをまとめ始めた。
 共働きというのもあるだろうがリヴァイさんは家事にとても協力的で――訂正。家事に協力的というのも嘘ではないが、彼の場合なんというか……掃除が趣味、三度の飯より掃除が好きだという事実の方が勝っている。去年の誕生日にプレゼントは何が良いかと尋ねたら、返ってきた答えは「ブラーバ」(自動床拭きロボット)だった(もちろん買ってあげた)。

 やや潔癖症気味の彼を思い苦笑しながら弁当を詰めていると、ゴミステーションにゴミを出してきたリヴァイさんが帰ってきた。
 洗面所で手を洗うと、ダイニングテーブルの上の弁当を覗き込む。鶏の唐揚げ、卵焼き、フライドポテト、ニンジンのグラッセ、マカロニサラダ。おにぎりは鮭と昆布とツナマヨ。定番のおかずばかりだし、何か目新しい凝ったおかずを作っているわけではないが、彩りには気を使って詰めたつもりだ。

「は、こりゃ豪勢だな。喜ぶだろう」

 リヴァイさんは顔を緩めた。喜ぶだろう、というのは私達の愛娘のことである。彼はその風貌とは裏腹に、所謂「親バカ」である。

「まあ運動会のお弁当くらいはね、一生懸命やらないと。こんなにお弁当頑張って作るのは年に3回だけです」

 私は、料理が苦手というわけではないが、普段は全く手を掛けない。仕事をしていることを言い訳に手抜き料理ばかりだ。文句を言わずに食べてくれる家族には感謝しかない。

「残りの二回はなんだ?」
「春の遠足と秋の遠足」

 私がしれっと答えると、リヴァイさんはハッと声を出して笑った。



 リヴァイさんの顔は整っているほうだとは思うが、目つきが良いとはお世辞にも言えない。所謂三白眼だ。それに表情も乏しい。加えて実年齢よりかなり若く見られることもあり、なんだか人の親には見えない風貌である。
 だが彼は、正真正銘名実共に人の親だ。娘を溺愛しているし、娘のことになると目尻が下がる。目尻が下がる様子は他人からは良く分からないらしいが、私や娘には分かるのだ。

 私は独身時代と変わらず、リヴァイさんに心底惚れている。だが、普段はそんなこと口にも態度にも出さない。
 もう恋人同士から家族へ変化した私達の関係では、素直に気持ちを伝えるのは気恥ずかしかった。



 快晴も手伝って、運動会は大変に盛況だった。我が子も四歳ともなると、跳んだり跳ねたり色々な事ができるようになって運動会も見応えがある。
 私が会社員をしていることもあり、一歳の頃から娘を保育園に通わせていた。運動会ももう四回目だが、一歳や二歳の頃はこんな風に一人で走ることなんてできなかった。あの頃は全ての競技が親同伴で、ぐずって走らない我が子を抱っこしてなんとかゴールしたりしたものだ。まあそれはうちだけではなく、どの家庭もそうだったのだが。
 娘が必死に走ってクラスのお友達にリレーのバトンを繋ぐ様は、親としては見ていて感慨深い。

 リヴァイさんは懸命に娘の写真を撮っていた。バシャバシャと連写を繰り返し、それはもう親バカそのものである。

「次は、保護者競技、借り物競走です。ご参加の保護者の皆様は、入場門にお集まりください」

 グラウンドにアナウンスが流れた。次は運動会の目玉の一つでもある保護者競技である。
 園児達の競技やダンスはもちろん可愛くて堪らないが、大人達が本気で走る様は見ていてやはり刺激的で面白い。毎年保護者競技は大変に盛り上がっていた。

「じゃあ行ってくる」

 リヴァイさんは写真を撮りまくっていたスマートフォンを名残惜しそうにしまうと、立ち上がった。

「うん、頑張ってね」

 私が手を振ると、リヴァイさんは小さく頷いた。

 日常の園への送迎や保護者面談なんかは母親が参加する割合が比較的高いのだろうが、運動会の保護者競技となると、父親の参加比率が急激に上がる。入場門に集まり始めた保護者達を見ると、今年も参加者の八割近くは男性だ。
 保護者競技とくれば運動神経抜群のリヴァイさんが出ないわけにはいかない。去年もグラウンドを疾風の如く走る姿が、奥様方や先生方の視線を釘付けにしていた。「アッカーマンさんちのご主人、素敵ねえ」「あんなに若くて、お顔も整っていて、運動神経抜群なんて。なんだかお父さんっていうよりお兄さんみたいね」と何度言われたかわからない。
 もちろんリヴァイさんが褒められることは嬉しかったし私も鼻が高い。それは本当だ。でも、ほんの少しだけ胸がちくりと痛んだのも事実だ。
 私は普段料理もまともにせず、掃除だって綺麗好きな夫に任せきり。夫と違って容姿も十人並みだ。産後体形が崩れた自覚は十分にある。
 正直、後ろめたかったのだろう。釣り合っていないよな、と。



 派手なスターターピストルの音と共に、借り物競走がスタートした。
 大の大人達が真剣に走り、そして物を借りるために大声で叫んでいる様子はやはり愉快で、観客席からは何度も歓声が上がった。

「メガネ、メガネ誰か貸してくれませんかー!?」
「ライター! ライター持っている人!」

 こんなのはラッキーに属する部類だ。メガネもライターも借りやすいだろう。絶対に借りられないだろう事を見越したお題を引いてしまった者は大変である。

「……MDプレーヤー!? このご時世に!? 誰が持ってるの!?」
「ビール!? いや、アルコール持ち込み禁止だっただろ!」

 保護者達のそんな悲痛な声が上がる度に、観客席はどっと沸いた。一応、お題を借りられなかった者はウサギ跳びでゴールまで向かうことで良しとする、というルールがあり、大人達がヒーヒー言いながらウサギ跳びをしている様子が時々見られた。

 いよいよ最終組、リヴァイさんが走る組だ。
 保育園の先生方も、会場が盛り上がるのが分かっていてリヴァイさんを最終組に持ってきたのだろう。去年も一昨年もそのまた前の年も、リヴァイさんはアイドルさながらに黄色い声援を浴びていたのだから。
 またかっこいいとこ見せるんだろうな、注目を浴びちゃうんだろうな。
 なんとも言えないモヤッとした感情は、胸の中だけに押しとどめ、もちろん顔には出さない。

「よーい……」

 パン! とスターターピストルが鳴った。音と同時にリヴァイさんが飛び出した。
 俊足とはまさにこのこと。風のように走り出した彼はあっという間に他の保護者達との間に差を作ってしまう。
「きゃあっ、やっぱりアッカーマンさんのご主人かっこいいわねえ」なんて、どこかから声が聞こえた。なんとなく、私は小さくなっていた。

「アッカーマンさん、早くもお題に到着しました! さあ、何が書かれているのでしょうか!?」

 場内アナウンスが暫定トップのリヴァイさんの様子を伝える。
 お題の紙を開いたリヴァイさんは、一目散に園児席へ向かうと娘を連れ出した。娘と手をつないで走るのはもどかしかったのか、片手で娘を右脇の下に抱えている。娘は十六キロあったはずだが。まるでスーパーで買う米袋のように軽々と娘を抱えたリヴァイさんの姿に、私は小さく苦笑した。
 きっとお題の紙には「我が子」とか書かれていたのだろう。ウサギ跳びをしなくて良いだけラッキーだ。まあリヴァイさんなら、ウサギ跳びもなんなくこなしてしまうのだけれど。

 ――と思っていたら、リヴァイさんはゴールには向かわず、今度は保護者席の私に向かって一目散に走ってきた。競技スペースと保護者席を仕切っている柵を跨ぎ、私の前に立ちはだかる。そして黙ったままずいっと左手を差し伸べた。右脇に抱えられた娘はきょとんとした顔をしている。

「――えっ!? は!? 私」

 周囲の視線が自分とリヴァイさんに注目していることもあり、私は動揺して声が裏返ってしまった。わたわたとみっともなく慌ててしまい、額から汗も急に噴き出す。

「そうだ、お前だ。来い」

 十六キロの娘を担いで全力で走り、それでも一向に息を切らさないリヴァイさんの声は、とても落ち着いていた。
 いつまでももたもたしている私に痺れを切らし、リヴァイさんは、グッと私の手を強く引いた。

「わわ、」

 無理矢理立ち上げさせられ、なんとかスニーカーを足にはめ込む。
 久しぶりに握った彼の手の感触に、不覚にも胸が高鳴ってしまった。もうずっと、外で手を握るなんてことはしていなかったから。

 私を引っ張り娘を抱え、リヴァイさんは稲妻のように走った。――とは言っても、私達がいる分かなり遠慮はしていたようだが。それでも他のお父さん達に比べてダントツで速かった。

「一位! アッカーマンさん〜!! いやあ速かったですねー! えーと、お題は……」

 ゴールで待ち受けていた係の先生が、リヴァイさんの首に紙製のメダルをかけながら、マイクで言う。リヴァイさんからお題の紙を受け取り、広げた。

「えー、お題は『大好きな人』でした! 娘さんと奥様ですね! 素敵ですねえ!!」

 お題を聞いた観客席からは、わあっとまた黄色い歓声が上がった。周囲の歓声はどこ吹く風で、リヴァイさんは顔色一つ変えずに抱えていた娘をゆっくりと下ろした。



「大好きな人」
 そのお題を読んだときに最初に頭に浮かんだのはもちろん娘だっただろうが、娘だけでなく、私も連れて行ってくれたのだ。
 借り物競走のお題として連れて行くのなら娘だけでも十分だっただろうし、不自然ではなかっただろう。
 でも、私の手も一緒に引いてくれた。

 娘が生まれてからずっと子供中心の生活で、外で手をつなぐ事なんていつの間にかほとんどなくなっていた。だっていつも、子供を抱っこしたりベビーカーを押したりしていたから。私とリヴァイさん、どちらかの両手は常に塞がっていたのだ。

 今、ドッドッドッと私の心臓が煩く鳴り続けているのは、走ったせいだけではないだろう。



「パパ! かっこよかった!!」

 全ての走者がゴールし借り物競走が終了すると、娘はリヴァイさんに抱きついた。こんなにかっこよくて、足が速くて、一度ひとたび走れば注目の的で。娘にとっても自慢のパパに違いない。

「ねえママ! パパが一番かっこよかったよね!!」

 娘はリヴァイさんにしがみついたままキラキラとした笑顔を私に向けた。

「そうね、パパが一番かっこいいね」

 私も娘に向かって笑顔を返す。子供に向かって声を掛けた体ではあるが、本当にそう思っていた。

「そりゃまあ、良かったな」

 リヴァイさんは無愛想な声で、だがしかし私と娘にだけはわかる優しい顔で、私達二人の頭をくしゃりと撫でたのだった。



 帰宅後、娘はすぐに居間のソファで眠ってしまった。疲れたのだろう。日光の下にいるだけで疲れるものだし、娘は一日よく頑張った。
 眠りこけている娘を横目に、私は台所で洗い物をしていた。今日使ったお弁当箱と水筒。また来年、運動会の時にはこのファミリーサイズのお弁当箱を使わねばならない。綺麗に洗ってしまっておくのだ。

「今日はご苦労だったな。弁当作り」

 リヴァイさんが後ろからやってきて、私に声を掛けた。
 ふわり、とリヴァイさんの良い香りとほんの少しの汗の香りが混じって、私の鼻をくすぐる。こんなのはいつも嗅いでいる香りのはずなのに、今日はなんだか少し胸が高鳴ってしまう。

「リヴァイさんもお疲れ様。保護者競技とか」

 リヴァイさんの方を見ずお弁当箱をすすぎながら言うと、ああ、と短い返事が返ってきた。冷蔵庫からアイスティーを出してグラスに注いでいるようだ。カラカラと氷が鳴っている。しばらくしてバンという冷蔵庫のドアを閉める音がした。私は黙ってお弁当箱をすすいでいた。



 何故かはよく分からないが、突然私の頭の中にぽっと思い浮かんだ。
 今、気持ちを伝えたい。
 いつの間にか、自分の素直な気持ちなんてずっと伝えていなかったけれど。
 今日はなんだか、リヴァイさんに伝えたい。



 私はお弁当箱をすすぎ終わると、きゅっと蛇口を閉めタオルで手を拭き、リヴァイさんの方に身体を向けた。

「……あのね、娘だけ、じゃなくて、」
「あ?」

 冷蔵庫の前でグラスを煽っていたリヴァイさんは、突然の私の声に反応してこちらを向いた。グラスを持ったまま私を見る。

「あの……私も引っ張っていってくれたの……あの、なんか、嬉しかった」

 ――言葉がすごく足りない。「なんか嬉しかった」って、小学生みたいな言い回しして。自分自身の語彙力を呪う。
 私は俯いていた。今はリヴァイさんの顔を直視できない。照れているのだ、私は。

 恋人同士の時は毎日愛を目一杯伝えてられていたのに。今は同じことはとてもとても恥ずかしくてできない。
 それでも、私の拙い言葉でも伝わったのだろうか。リヴァイさんの周りの空気が柔らかくなったのを、私は肌で感じた。



「――まあ、」

 グッとアイスティーを一気に飲み干したリヴァイさんが、空のグラスを流しへコトリと置く。
 そして後ろから私をふんわりと抱きしめた。

「『大好きな人』と言われて、子供だけじゃ不足だろう。一番に頭に思い浮かんだのがお前と子供なんだから。お前を除外する選択肢は俺の中には無かった」

 私とリヴァイさんの間の距離が詰まった分、リヴァイさんの香りが濃くなり、体温も伝わった。私の腹の奥がじんわりと温かくなる。
 私を抱きしめる腰元のリヴァイさんの手を上からそっと触ると、彼の手もまた温かかった。

 この穏やかで、でも熱い感情。それを何と呼ぶか、私は知っている。愛だ。



「二つも借り物してやったっつうのに、まだハンデとしては足りなかったようだがな」

 ぷ、と、私から思わず笑いが零れた。

「リヴァイさんの足が速すぎるの! ねえ、来年はもう少し目立たないようにしてよ。リヴァイさんが黄色い声援を浴びているのは嫉妬する」

 素直にそう伝えれば、リヴァイさんは私の耳元でクッと笑う。

「目立たないように? それは聞けねえな。娘の運動会に全力を出さずに、どこで全力を出すんだ?」
「……確かに!」

そのまま流しの前でくっつき合ったまま、私達は声を上げて笑った。





【子供の運動会で夫がかっこよすぎる話 Fin.】


   

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