私は猫である





【ご注意】

夢主が人外(猫)です。
リヴァイ×モブ女の描写があります(性描写はありません)
ハピエンではありません。メリバです。

大丈夫そうな方だけご覧ください。




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私は猫である。名前はまだない。
正確には、名前をつけられたことは何度かある。
ペットショップの店員、飼い主、そのまた次の飼い主、エトセトラエトセトラ。
でも、つけられた名前のどれもが私の本当の名前ではなかった。
だから私はその名を受け入れなかった。



私の本当の名はナマエという。人間だった頃の物だ。
今世では猫に転生したが、私の前世は巨人と戦う兵士だったのだ。

前世では、リヴァイという兵士長を勤めた男性と恋仲だった。
私のほうが先に命を落としてしまったが、あの時代からは随分と時が経っている。
きっとリヴァイ兵長も転生しているはずだ。必ずどこかで出会えると信じている。
だって私達は、あんなに強く結ばれていたのだから。



ある土砂降りの夜、街灯の下で雨に打ち付けられていた私の前に、一人の男性が通りかかった。
男性はずぶ濡れの私に気づくと、見捨てるのが忍びなかったのか、立ち止まって自身の差していた傘を私のほうに傾ける。

「……お前、野良か?」

そう言って、傘を持たない手の方で私の頬を撫でた。



彼の顔を見て、息を飲んだ。



リヴァイ兵長だ。間違いない。
この黒髪、三白眼、小柄な体格、前世と全く一緒だ。
そして何よりこの人は、鋭い目つきと粗暴な態度に反して、誰よりも義理人情に厚い人だった。犬猫や女子供の類いには特に優しかった。
びしょ濡れの猫を見殺しにできなかったのだろう。

「――うちに来るか?」

そう言って、リヴァイ兵長は私を片手で持ち上げた。



斯くして私は、リヴァイ兵長に飼われることになったのだ。



「名前を決めてやらなきゃならねえな。お前の名前は、そうだな……
ナマエ、だ」



リヴァイ兵長の口から出たのは私の本当の名だった。
前世で人間だったときに、あなたに何度も呼ばれた名だ。
何度も何度もその名を呼ばれた。兵舎で。壁外で。ベッドの中で。

「ナマエ」と呼ぶ時の声色はその呼ばれる場所によって様々だった。
激昂したものだったり、呆れたものだったり、嫉妬のものだったり、甘いものだったり。
リヴァイ兵長は感情が表に出やすい方ではなかったから、その声色はもしかしたら近しくない者には聞き分けられなかったかもしれない。
だが、私には聞き分けられたのだ。



今リヴァイ兵長の口から出た「ナマエ」の声色は、前世でリヴァイ兵長が口にしたどの声色とも違う気がした。
今の「ナマエ」は、猫に対しての呼びかけだと分かっている。
それでも私は十分に満たされた。

前世の記憶が兵長にあるとは思えなかったが、無意識でその名を付けてくれたのだとしたら、それは何よりの愛の証だ。
嬉しくて涙がこぼれるかと思ったが、猫は感情で涙を流さない。
私は精一杯の親愛の情を込めて、兵長の手にすり寄り、舌で優しく舐め上げた。
リヴァイ兵長も私の頭から背中にかけて、何度も優しく撫でてくれた。



私達の生活は上手くいっていた。
私は無駄に鳴かなかったし、なるべく室外の土や砂を室内に持ち込むようなことも避けた。トイレはもちろん完璧、粗相をするようなことはない。
私は毎朝彼を見送り、毎晩彼を出迎え、彼の膝の上に座り、彼の隣で眠った。

あの時代、いつも一緒に居られたわけではなかった。
彼は兵士長で忙しかったし、常に人員不足だった調査兵団で、私だって暇なわけではなかった。
今、あの頃一緒にいられなかった分を取り戻している。
私は猫だから恐らく彼より先に寿命を迎えることになるだろうが、今度は天寿を全うするその時まで、彼の傍に居られる。そう思えばこの上ない幸せだ。
人間と猫という種族の隔たりのために性行為こそできなかったが、そんなものより尊いものが私たちの間には流れていた。
少なくとも私はそう思っていた。



均衡は突然崩れた。
ある日、ガチャガチャと玄関のドアを解錠する音が聞こえ、いつもの通り私は玄関へ走った。仕事で疲れて帰ってくるリヴァイ兵長を出迎えるために。
玄関のドアが開き、そこにいたのはリヴァイ兵長と――見知らぬ女だった。
私は声も出ず、廊下に突っ立っていた。

「ただいま」

兵長は平然とした顔でいつものように私の頭を撫でた。

「猫ちゃん、この子ですか?かわいー」

知らない女の声が頭上から降ってくる。
脚が動かない。
この女に飛びついて引っ掻いてやりたいのに、身体はピクリともしない。

兵長と女は私を通り過ぎ、リビングへと進んでいった。
ここで私はやっと金縛りが解け、二人の後を追いかけた。



二人はソファでぴったりと寄り添って座っていた。
その光景を見た私はまた金縛りにかかり、身体が動かなくなる。

「どうした?来いよ」

リヴァイ兵長は何事もないかのように、私に向かって手を伸ばした。



私が、私がいつものようにあなたの膝の上に座ると思っているのだろうか。
隣に知らない女がいるというのに。



「猫ちゃん、雌ですか?もしかして嫉妬させちゃったかな」

隣の女はリヴァイ兵長の肩にしなだれかかりながら言った。



こんな日が来るなんて、思いも――

いや、本当に思いもしなかっただろうか?
少しも予想しなかっただろうか?
今、自問してももう遅い。



固まっている私を無視して、二人の顔が向かい合った。
互いに顔を傾け、だんだんと唇が近づく。

だめ、だめ、この先を私は知っている。
だめ。

こんな日が来ることを、どこかで、



「――ニ゛ャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ」

この家に来て初めて、大声で鳴いた。
まるで人間が出す金切り声のようだった。

「!?」

あまりの声に、二人はぎょっとして動きを止めた。



「どうした?そんな声出したことなかったじゃねえか」

今までにない様子の私を見てリヴァイ兵長は立ち上がり、私のほうへ歩き出す。

「ニ゛ャーーーーーーッッ」

私は再び叫びながら、テーブルの上を飛び回り散らかした。
グラスも皿もひっくり返す。
カーペットの上には飲み物や食べ物が散乱しシミを作った。

「おい!どうしたっていうんだ」

リヴァイ兵長は私を捕まえようと追いかけてくる。



私は一目散に窓へ向かって走った。
窓は、丁度私が通れるほどの隙間が空いている。

「こら、危ねえ……」

リヴァイ兵長の声が聞こえた。
だがもう後ろは振り向かなかった。



二人で上手くやっていると思っていた。
だが、そう思っていたのはどうやら私だけだった。
いや違う。
私だって現実から目を逸らして、そう思い込んでいただけなのだ。

私は、
――私は、猫である。



「――おいっ!!」



兵長の叫び声を上から聞きながら、私は高層階から幹線道路へ飛び降りた。



「ナマエ――――ッッ!!!」



ああ、呼んでくれた。私の名を。
あの女が家に入ってきてから一度も呼んでくれなかったけど、やっとナマエと呼んでくれた。
あなたに愛された、幸せな頃の名を。

トラックに吹っ飛ばされた私は、私たちが今世で最初に出会った街灯の下にすっと落ちた。



良かった、これでもう一度やり直せる。
私は安心して、瞼をそっと閉じた。
きっともうこの瞼が開くことは無いだろうけど、この世に未練はない。
願わくは、一分でも一秒でも早く、来世へ行かんことを。



大丈夫、今度は間違えませんから。
必ず人間に転生して、会いに行くから。

待っていてくださいね、リヴァイ兵長





【私は猫である Fin.】




   

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