The Heat of Red Chili Pepper





02




* * *



そのまま食堂に駆け込んだ私は、大急ぎでコップに水を汲んだ。口の中に一気に水を流し込む。

口内がビリビリする。口の中だけでない、食道と胃も熱を帯びている。
どこを唐辛子が通ったか自分でわかるくらいなのだ。

まさかこんなに大量に唐辛子が入っているとは思わなかった。そしてそれを一つ丸々飲み込んでしまった自分も浅はかだった。
だがペトラとニファがいるあの場で、そして盛り上がっているあの雰囲気の中で、吐き出すという選択肢は自分には無かった。

あまりの激痛にどう対処したらよいかわからず、とりあえず再びコップに水を汲み、喉の奥へ流し込む。
だが、口から胃に繋がる一本の線は、凶暴な熱を帯びて私に刺激を与え続ける。
その熱は沈静化する気配が全くなかった。寧ろだんだん痛みが大きくなってきたように感じる。
辛い。痛い。熱い。
私の額からは大量に汗が噴き出し続けている。

そこへ、食堂のドアが開いた。

「リ、ナマエさん……!大丈夫ですか!?」

ペトラとニファだった。二人は真っ青な顔をして、流しの前にいる私の元へ走り寄る。

「ご……ごめんなさい……、私達……こんなことになるなんて、思わなくて……!!」

ペトラはもう泣き出しそうな声で言った。ニファは目に涙を浮かべている。

可愛そうに、彼女達はゲルガーさんに言われて唐辛子入りの芋団子を作っただけなのだ。まさかこんなに効き目があるとは、そして幹部である分隊長に当たるとは思っていなかったのだろう。
私はなんとか笑顔らしきものを作り、二人に向けた。
――笑顔に見えていれば良いのだが。あまり自信はなかった。

「大丈夫大丈夫、ちょっとびっくりしただけ!楽しい余興だった!
良い働きしたわね、ニファ、ペトラ!ゲルガーさんも喜んでいたでしょ!」

そう言って二人の肩をぽんぽんと叩く。

「で……でも……」

二人は不安気な顔を私に向けた。

「本当に大丈夫だって!ちょっと辛かったから、水を飲みに来ただけ……」

私は笑顔が崩れないよう懸命に力を振り絞った。
こうしている間にも、汗がどんどん出てくる。もう額だけじゃない、全身から汗が噴き出しているのを感じていた。
心配している二人には悪いが、早く台所を出て行って欲しい。一人にして欲しい。もう笑顔を作っているのも辛いのだ。
全身の汗と、熱と痛みを帯びる口内、食道、そして胃に限界を感じ始めていた。

そこへ、バンと大きな音を立てて再び食堂のドアが開いた。
ニファとペトラがドアに向かって振り向く。

「……兵長……」

立っていたのは、眉間に皺をたっぷり寄せたリヴァイ兵長だった。

「……ニファ、ペトラ、何してる。もう戻れ。お前らがいねえと場が醒めちまうだろうが。ゲルガーやらヘニングやらが騒いでいるぞ」
「で……でも、私達の作った団子のせいでナマエさんが……」

泣き出しそうなニファの声。兵長はつかつかとこちらへ歩みながら答えた。

「こいつなら大丈夫だ、お前ら下っ端とは鍛え方が違えからな。ちょっと水でも飲んで休めばなんてことねえよ」
「そ……そうよ!全然大丈夫!本当に……!」

私は精一杯の笑顔を崩さないように細心の注意を払いながらそう言った。
噴き出す汗は、もう頬を伝って顎から滴り落ちていた。

「ほら、これでも持って行け」

兵長はそう言うと、壁際の戸棚を勝手に開けた。
備蓄してあったワインを二本取り出し、ニファとペトラに押し付ける。

「新しく班長になった3人にでも注いでやれ。自分のとこの班長と分隊長にも注ぐと良い。だがニファ、ハンジには飲ませすぎるんじゃねえぞ、あいつはもう出来上がってる」
「わ……わかりました」

二人はそう言うと、ワインの瓶を手に台所を去って行った。お酌も若手の仕事のうち、と認識したのだろう。
実際には、下っ端がお酌しなかったからどうとか、そんな細かいことをガタガタ言う人間は、調査兵団にはほとんどいないのだが。



二人が食堂のドアから出て行ったのを見届けて、私は兵長に向き直った。

「……兵長、ありがとうござ……」
「てめえは馬鹿か!吐けっつっただろ!」

私がお礼を言うのを遮って、兵長は私の頭をスパンと平手打ちした。それを切っ掛けに、涙がボロボロ流れてくる。
平手打ちが痛くて涙がでたのではない。辛くて痛くて、ずっと堪えていた涙だ。

「〜〜〜〜っああああ〜〜っもう……っ!からい……っ、いたい……っ!!」

ずっと我慢していた言葉を吐き出す。

芋団子を作ったあの二人の前ではとてもこんな風に痛みを訴えることはできなかった。
ここには兵長しかいない、そう思った途端突然糸が切れたように、私は痛みを我慢出来なくなった。
じたばたとその場で細かく足踏みして悶えるが、そんなことでは痛覚は一向に誤魔化されてはくれない。

「食った物を吐け。じゃねえと胃を痛める。その後腸からケツの穴まで痛めるぞ」
「そ……そんなこと言ったって、どうしたら良いか……」

リヴァイ兵長はコップいっぱいに水を汲むと、私の前にずいと差し出した。

「飲め」

言われるがままに、私はコップの水を飲んだ。
だが量が多すぎて、全部は飲みきれない。半分ほど残したところで兵長にコップを返そうとしたが、止められた。

「全部飲め」

兵長ははっきりと指示したが、私はできなかった。このコップの前にも自分で大量に水を飲んでいるのだ。

「……こんなに一度には飲めません……」

上目づかいで拒否する私に、兵長はチッと舌打ちした。

兵長はコップの水を自分の口に含み、右手で私の後頭部をガシッと鷲掴みにする。
左手を私の顎に添えぐいっと力任せに私に口づけると、口移しでその水を無理やり飲ませた。

「〜〜っ!!」

コップの中の水は冷たかったが、口の中に流れてくるのは兵長の口内で温められたぬるい水だった。
兵長の舌がちろりと私の舌に触れる。無理やり口内に流し込まれた水を、私は飲み込むしかなかった。

「……はあっ……」

やっとのことでごくりと水を飲みこみ、息をつく。お腹がたぽたぽと重い。
だが兵長は容赦なかった。

「まだだ」

そう言ってもう一度水を口に含み、同じように私の後頭部を抱え込んだ。
唇と唇を乱暴に重ね合わせ、再びぬるい水が流し込まれる。

「……っ、」

こんなところ、誰か来たら。
お腹が水分で重くなり苦しいという感覚と、口内と食道と胃が痛いという感覚の狭間に、焦りと羞恥が混じる。

流し込まれた水はなんとか飲み込んだが、私の口角からは水と自分の唾液と兵長の唾液が混じった物がたらりと垂れた。ぐいと袖で拭い、呼吸を整える。
水は大量に飲んだがお腹が重くなっただけで、口内から胃に繋がる痛みと熱はまだ消えなかった。

「よし、吐け」
「は……吐けって言ったって、どうすればいいんですか」

私は狼狽えてしまった。
吐く、というのは、指を突っ込んで嘔吐すればよいのだろうか。

嘔吐はもちろんしたことあるが、それは自然に胃から湧きあがってくるものを吐いてしまっただけの経験で、自らの意思で嘔吐などしたことがないからわからない。
それに、自分で自分の喉に指を突っ込むなど、したことがないから怖くもあった。

「自分でできねえなら、手伝ってやる」

兵長はそう言って、私を食堂に繋がっている厨房の流しに向かせた。

「脱げ」
「……は?」
「服が吐いたもんで汚れるだろうが。脱げ」

そう言って私の兵服のジャケットをはぎ取った。
立体機動は流石に装着していないため、ベルトもなく、白いシャツ一枚になる。シャツはじっとりと汗で濡れており、私の肌に貼りついていた。

「……暑そうだな」

兵長はそう言って、私のシャツにも手をかけた。

「ちょ……!こんなとこで!」
「うるせえな、暑いんだろ。それに吐いたもんが白いシャツについても良いのか」

抵抗する私の手を振り払い、シャツのボタンをぷちぷちと上から順に外していった。

「だ、誰か来たら……」

食堂のドアにカギはかかっていない。
誰かがうっかり開けて、上半身裸の私とそれに付き添っている兵長を見てどう思うのか。団内には私達が付き合っていることは公表していないのに。
いや、付き合っているどうこう以前の問題だ。兵舎の食堂でこんな姿になっているなんて。

「誰も来ねえよ、食堂なんて。来たってこの場面見りゃ黙って退散していくに決まっている」

……それはそうかもしれないが……。

もうそこで思考を止めた。
どうせ熱と痛みに支配されて、私の頭はろくに回っていないのだ。

兵長にされるがままにシャツも脱がせられ、私の上半身はブラジャーだけになった。
汗まみれで恥ずかしい。

「今楽にしてやるから」

兵長はそう言うと、自分もジャケットを脱ぎ隣の調理台にバサッと投げ捨てた。
私の手を流し台につかせると、私を背中側から包み込むように密着した。

何をする気ですかと聞こうとしたのだと思う。
だが辛さからくる熱でのぼせあがった身体と頭は、私の思考を奪い、口を開かせなかった。
じっとりと汗ばんだ背中に、兵長の身体が密着する。
兵長はシャツを着ているが、シャツ越しでもその恐ろしく整った胸筋と腹筋が感じられた。

兵長は後ろから私を抱きしめたまま、左手を私の頤にかけ、右手の人差し指と中指をゆっくりと私の口内に差し込んだ。

「……!」

兵長汚いです、そんなことしなくて良いです!
そう言いたかったが、今言葉を発すれば兵長の指を噛んでしまう。
どうすればと考えようとしたが、頭が回らない。
痛みと熱と羞恥で考えることをすぐに放棄してしまう。

そうしている間にも兵長の長い指は私の舌に触れながら、喉の奥に進んでいった。
私はたまらず、吐き気を催す。

「……っ!!」

げえっと言う下品な音と共に、私は大量の水と、自らの口で咀嚼された唐辛子入り芋団子を流しに吐きだした。
辛さと嘔吐の時の衝撃で、両目の目尻から涙がぼろっとこぼれてしまった。頬をつーっと涙が伝う。

――兵長の指を私の吐瀉物で汚してしまった。
潔癖症の兵長の指を。

「ご、ごめんなさい……」

私は慌てて兵長のほうを振り向いて謝った。
だが兵長は流しの吐瀉物を見つめ、眉間の皺を更に増やした。

「……えげつねえもん作ったな、あいつら……」

流しを見ると、吐瀉物の中に真っ赤な唐辛子の粉のようなものが大量に混じっていた。
――この量があの小さな芋団子の中に入っていたのか。私はぞっとした。
確かに吐きださなければ、胃と腸と肛門全てを痛めていただろう。




   

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