The Heat of Red Chili Pepper





01




848年が明けて一月と少し経った、2月の事。

雪が降ることもあるため、冬季に壁外調査は行われない。
12月から2月は、毎年調査兵団に少しばかり穏やかな日々が訪れる。
誰も死なない。誰も喰われない。そんな時期は、調査兵団にいる限り冬くらいしかないものだ。

そんな中、調査兵団内では小規模な人事異動があった。退団者が出たことにより、新たに3名が班長に就任したのだ。
男性2名、女性1名。全員入団3年目、一応若手の部類に入り、もちろん皆実年齢も私よりだいぶ若い。
だが3年も生きていれば調査兵団ではもう立派な一人前、部下を持ってもおかしくないと見なされる。

その新班長の就任を祝う宴――というのは建前だ。
何か理由をつけて酒を飲みたい輩と言うのはどこの組織にもいるもので、それはもちろん調査兵団についても例外じゃない。
例えば、ゲルガーさんとか、ゲルガーさんとか、ゲルガーさんとか。



「おっ、ナマエ!今日6時から談話室だぞ!忘れてねえよな?」
「忘れてませんよ、必ず伺いますから」

訓練の休憩中にすれ違った際、ゲルガーさんは明るい声を私に掛けてきた。
数日前に、新班長就任祝いとして飲み会のお誘いを受けていたのだが、参加を念押しされたというわけだ。

若手兵士が班長へ昇格した、その祝い酒だと言われれば断ることはできない。
まあそもそも私は酒が嫌いなわけではないし、仲間達と一緒に楽しめる酒の席も嫌いじゃない。
声が掛かった時から参加するつもりでいた。

話に聞けば、今日の飲み会は団員がほぼ全員参加となる大規模な物らしかった。
私以外の幹部も全員参加する予定である。ハンジさんは寧ろ先陣を切って参加するタイプだし、ミケさんも律儀でこういう席には必ず参加する。
エルヴィン団長は、壁外調査がないと言ってもかなりお忙しいはずだが、部下の就任祝いなどと言われれば、必ず少しは顔を出す。
リヴァイ兵長も同じだ。口では面倒くせえと悪態づいてみせる時もあるが、こういった席への誘いを無下に断ることは滅多になかった。



* * *



「じゃあ、もう一度!かんぱーい!!」

ゲルガーさんの音頭で、もう何度目かわからない乾杯がまた交わされた。
かんぱーいという大勢の声と共に、ガチャンガチャンというジョッキがぶつかり合う音が響く。

寮の談話室は兵士達で溢れかえっていた。
宴が始まって1時間以上が経っている。もう場はかなり温まっており、皆かなり砕けた様子でジョッキを交わし合っていた。
私は、エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ミケさん、ハンジさんと共に、幹部で隅の方の席に座り酒席を楽しんでいた。

本日の主役は新たに班長に就任した3名だったはずだが、もう主役が誰かわからないくらい皆楽しそうに大声で騒いでいる。そもそも、就任祝いなどと言うのは託けた理由だった。
それでも、皆が楽しそうに酒を交わしている様子を見られればそれだけで嬉しい。
壁外調査が実施されないため、ここ最近は犠牲者も出ていない。
そのせいだろうか、皆の気持ちもかなりリラックスしているというか、ほぐれている様だった。



「ちょっと、ちょっと皆聞いてくれー!!」

ゲルガーさんが突然立ち上がって、場の騒ぎに負けないよう声を張り上げた。
身振り手振りを添えて、大声で話し出す。

「皆がこんなに集まった飲み会も久しぶりだから!今日はちょっとした余興を用意したぜ!!」

騒がしかった皆がゲルガーさんに注目する。
なんだー、とか、なあにー、とか、場を盛り上げる野次が飛んだ。

「ペトラ!ニファ!入って来ーい!!」

ゲルガーさんは片手を口元に添え、談話室から繋がっている廊下の奥に向かって叫んだ。すると、ペトラとニファが、それぞれ大皿を抱えてこちらへ向かってくる。

二人は同期で、昨年の春調査兵団に入団した。団内では一番の若手だ。
ニファはハンジさんの、ペトラはミケさんの分隊に所属している。
彼女たちが調査兵団に入団してもうすぐ1年になる。その間の壁外調査を全て生き残ってきたのだから、彼女たちは団内では一番下っ端ではあるが、もう「新兵」ではないだろう。年の頃は15、16という少女だが、立派な一人前の調査兵だ。

二人ともとても可愛らしい容姿で、男性陣からの人気も高い。
団内のアイドル的女子2名が入ってきたことで、席は更に盛り上がった。おおお、という男性陣の野太い声が上がる。

二人のアイドルはゲルガーさんに手招きされるままに歩みを進め、大皿を持ったままゲルガーさんの横に並んだ。
視線を一身に集めた二人は、やや気恥ずかしそうな様子である。初々しくて可愛らしい。

「で……なんだ、これは?」

ナナバさんが、二人が持っている大皿を指差してゲルガーさんに尋ねた。
大皿の上には一口大に丸められた食べ物らしきものが大量に載っている。

「芋団子だ!」

ゲルガーさんは腰に両手をあて、大声で答えた。

「芋団子ってどういうことだよ?」
「まあ聞け」

どこからともなく上がった問いに、ゲルガーさんは何故か自慢気だ。

「俺が頼んで、ペトラとニファに作ってもらった特製芋団子だ。若いかわい子ちゃんの手料理を食べられるのは嬉しいだろう?野郎共!
だが、これは普通の芋団子じゃない!」

ゲルガーさんは、そこで私達団員達をぐるりと見回し、にたあと笑みを浮かべた。

「この中に一つだけ、唐辛子がたっぷり入った激辛芋団子が混じっている!ロシアン・ルーレットだ!!」

ええーっという悲鳴のようなざわめきが団員達に広がった。どよどよと場が騒ぎ出す。

「おいおい……」

エルヴィン団長は苦笑して小さな声を上げたが、「いいねえ!さすがゲルガー!!」というハンジさんの大声でかき消されてしまった。
それでなくても場は相当に盛り上がっている。

俺はごめんだぞ、と表情だけで私に語ったリヴァイ兵長は、しれっと席を立とうとした。兵長は辛い物があまり得意ではない。
私はくすりと微笑み、兵長がこの場をこっそり抜け出すのを見逃そうとした。だが。

「あれー?リヴァイどこ行くの?」

ハンジさんの大声に阻止される。
兵長は眉間に皺をぐっと寄せて、ギロリとハンジさんに振り返った。

「まさか、逃げ出したりしないよねえ?
可愛い可愛いペトラとニファが手ずから作った芋団子だよお?」

ハンジさんはそう言ってにやにやと笑った。これは完全に確信犯である。

大皿を持たせられているペトラとニファは、困ったような申し訳ないような顔をして、ゲルガーさんの隣に立ち続けている。
若手二人のそんな表情を見れば、無下にはできない。辛い物が得意ではない兵長には気の毒な余興だが、こうなってしまってはもう逃げられなかった。ちっと舌打ちをして、私の隣に座りなおす。

「ふふ、残念ですね」

私が小声で耳打ちすると、

「ハズレは一個だろ。どうせ当たらねえ」

不機嫌そうにそう言った。

「1人1個、皿の上から芋団子を取って、せーのの掛け声で同時に口に入れる。簡単なルールだろ?
もちろん、ただ唐辛子芋団子を食うだけじゃない!当たった奴には罰ゲームだ!そうだな、俺にキスってことでどーだ!?」

ゲルガーさんはとんでもないことを言い出した。
唐辛子芋団子を食べるだけで十分な罰ゲームだと思うのだが。

「おい、お前男が当たったらどうするつもりだあ!?」

どこからか飛んできたその野次に、ゲルガーさんは豪快にがははと笑った。

「それもそうだな!じゃあ今日の主役、新班長3名のうち、どいつか1名を選んでキスってことで良いだろ!」

新たに班長になったのは男2名、女1名だ。自分の性別に合わせてキスの相手の性別を選べと言うことか。
今日の主役に対するキスが罰ゲームなどど、甚だ失礼なことを言い出す先輩に、新班長3名は苦笑している。
だが、これで場が盛り上がってしまうのが兵士のノリの怖いところだ。



ゲルガーさんの指示で、ペトラとニファは大皿を持って皆の間を回り始めた。各々1個ずつ、芋団子を取っていく。
そのうち、私達幹部が固まって座っているテーブルにも回ってきた。
エルヴィン団長、ハンジさんは芋団子をじろじろ観察し、悩みながらも1個ずつ取った。それとは対照的に、ミケさんは全く迷わずにさっと1個取る。涼しい顔だ。

「……なんだ、お前は随分余裕そうな顔してんじゃねえか」
「俺は匂いでわかるからな」

兵長に向かってミケさんはすんと鼻をならし笑う。
兵長は大層恨めしそうな顔をしていたが、然して1個芋団子を手にした。私も大皿に手を伸ばす。
エルヴィン団長やハンジさんと同じように、外観から分からないかものかと芋団子をじろじろと検分した。だが、見かけにはどれも同じように見える。違いは全然わからなかった。

「……あなた達、上手に作ったわねえ……」

それは思わず漏れた感嘆の声だったのだが、暗に非難されたと思ったのか、ニファとペトラは恐縮した。

「す、すみませんナマエさん……さっきゲルガーさんに皿の中混ぜられちゃって、作った私達もどれがハズレだかわからないんです……」

ニファはそう言って縮こまる。

「違う違う!そうじゃないの、本当に上手に作ったなって!それだけ、他意は無い!」

私は笑って二人の肩を叩き、芋団子を一つ取った。

「皆渡ったかー?じゃあ、せーの、で一斉に口の中に入れろよ!せーの!」

私達は皆同タイミングで芋団子を口の中に入れた。
しばしの沈黙が流れる。



そのうち、「……大丈夫だな」「俺も違う」と言った声が呟かれ始めた。
私も皆と同時に口の中で芋団子を咀嚼した。特に美味くもないが不味くもない普通の芋団子かと思ったら――

「……!!」

遅れて、私の口の中にとんでもない刺激が広がった。
当たってしまった。
今までに経験したことのない、何と言うか、暴力的な刺激だ。

「ぐうううっ!?」

咄嗟に喉の奥から変な声が出てしまう。

「お!?誰だ!?」

私の出した変な声に気付いたゲルガーさんは、ぐるりとこちらを振り向く。私が口を両手で押さえているのを認めると、両手を挙げて大声を張り上げた。

「ナマエ分隊長かああ〜〜〜〜っ!!イエーイ!!」

大声で周囲を煽る。周りの兵士達もそれにつられてやんややんやと盛り上がった。

口の中で広がる唐辛子は私にとてつもない衝撃をもたらした。
というか、口の中の物が唐辛子だというのも、前情報があったからそうだとわかるだけだ。前もって聞いていなければ、ただただ口の中に爆発的な痛みが広がったという事実しか認識できないだろう。

涙が目の奥から湧き上がって来て、目尻に溜まる。鼻頭にがっと痛みが集まる。
あまりの衝撃に、口の中は辛いという感覚はない。熱いのと痛いのとが混ざり合って、とにかく暴悪な刺激が口の中から顔中に広がった。
あまりの刺激に思わず口の中の物を吐きだしそうになるが――

「おいバカ、吐けっ……」

リヴァイ兵長がそう言って私に手を差し伸べたがもう遅かった。
人前で口に入れた物を吐きだしてはまずいと思った私は、咄嗟に口の中の物をゴクリと飲み込んだ。
芋団子というか唐辛子というか、とにかくそれは、既に私の食道をゆっくりと移動し始めている。

「……大丈夫……です……」

私は涙目のまま片手を挙げてリヴァイ兵長を制した。

「さあ、ナマエ分隊長!誰にキスする!?」

ゲルガーさんは声を張り上げ、皆を煽る。「ナマエー!」「ナマエさーん!」と談話室中に歓声が沸き上がった。新班長となった3名のうち男性2人は、「俺に!」「いや俺に!」と挙手してアピールをし、更に場を盛り上げる。周りからはどっと笑いが起こった。
笑っていないのは芋団子を作った張本人のペトラとニファ、そしてリヴァイ兵長だけだ。

私は立ち上がり、片手を挙げて声援に応えた。はやし立てる声の中、新班長3名のほうに歩みを進める。
口内から食道につながる激痛の線を感じながら、私は涙を必死に堪えた。もう声も出ない。

並んでいる3名の班長のうち、女子の肩に手を掛ける。そして彼女の耳元に唐辛子で腫れあがった唇を寄せた。

「ごめん、ちょっと失礼」

なんとか声を絞り出し、その女子班長の額にキスをした。
彼女の額に私の唇が触れた瞬間、わああと場は盛大に沸く。
他2名の男性班長からは同時に「俺じゃないのかよー」という嘆きが飛び、それがまた更に場を盛り上げた。

「うーん同性同士のキスはつまらんが、まあ絵的に美しいから良しとする!頑張ったナマエに拍手ー!」

余興を仕切ったゲルガーさんが皆に拍手を促し、大歓声と大きな拍手があがる。
声の出ない私は、また片手を上げるのみで皆の歓声と拍手に応えつつ、談話室を出て廊下へと下がったのだった。

かくして、ゲルガーさんの用意した余興「芋団子ロシアン・ルーレット」は大変に盛り上がり、大成功に終わった。
だが、私の地獄はここからだった。




   

目次へ

進撃のお話一覧へ




- ナノ -