傀儡は巡る










【お題内容】
「クソ達の休日の続きが読みたいです。
両思いになるのか、クズのままなのかは鈴女さんにお任せします!」


・防大四学年千葉×一般大四学年夢主、ネームレス。
・あおざくら短編『クソ達の休日』の続編です。
・糖度低、千葉がダメな男です。
・一応、ハピエン!一応!

私もクソ達の休日は結構好きなので笑、書いていてとても嬉しかったです。
リクエスト、ありがとうございました!



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01



 私は千葉君の恋人ではない。セックスフレンドでもない。
 千葉君は私をセックスフレンドだと思っているかもしれないけれど、私はそうは思っていない。
 だって私は千葉君が好きだから。そして、千葉君は別に私を好きじゃないから。
 互いに対等じゃないなら、セックスフレンドとは呼ばないと思うのだ。

 まあ呼称なんてどうでもいい。この世の中には名前の付かない関係だっていっぱいある。
 そうだな、敢えて言うなら、私は「都合のいい女」。
 うん、これが一番しっくりくる。



 大学四年生、一月。
 大学二年生の時に同い年の千葉君に出会った私は、もう二年以上も「都合のいい女」をし続けている。

 年明けすぐが締め切りだった卒論は、締め切り前日、無事に提出した。
 卒論を提出してしまえば、学部四年生のやることはわずかだ。週一回のゼミと、あとは講義がほんの少し。
 来月初旬には学部で卒論発表会があるが、それはまあおまけみたいなものだ。とにかく教授の指導を受けながら卒論を書いて提出したのだから、単位がもらえないということはないはずである。
 幸い就職先も決まっているから、就活に奔走する必要もない。バイトは、春からの新生活に備えて既に辞めていた。

 間もなく春がやってくる。私は大学を卒業する。
 四月からは、家庭用品メーカーで正社員として勤めることになっている。



 二年以上も続けていた「都合のいい女」を辞める。
 今がその最大の好機だと、きちんと認識していた。



 * * *



 私が内定した企業では、人事部主催で内定者懇親会が定期的に行われている。他の企業でもそういうものはあるらしい。
 この内定者懇親会、私達の代は今までに三回行われている。この後は四月の入社式まで、もう何もない予定だ。
 懇親会の内容は色々だった。夏に行われた一回目は、会社の工場見学。九月の二回目は、会社が開く新商品展示会の視察。十月一日の内定式を挟んで、十一月に行われた三回目は、まったく仕事は関係なく、ただ公園でバーベキューをした。
 内定者同士を仲良くさせ同期の絆を深めよう、というのが内定者懇親会の目的だろう。絆を深め、その結果として内定辞退をできる限り防ぐという目的もあるだろうが、それは私達学生側には公にされない。



 三回目の懇親会、バーベキューの時に、声を掛けてきた男の子がいる。
 彼は都内の有名大学卒で、学歴が飛び抜けて高いために周囲から一目置かれていた。

「俺達、配属先が同じ部署だったね。これからよろしく!」
「あ、うん。こちらこそよろしく」

 秋の木漏れ日の中、彼は爽やかな笑顔で右手を差し出してきた。彼と私は、十月の内定式で発表された配属先が一緒だったのだ。
 それにしてもおしゃれな人だなと思った。今回はバーベキューだからリクルートスーツではなく私服だが、カジュアルなのに品が良い格好をしている。無駄に飾り立てているわけではなく、シンプルな服をさらりと着ているだけなのに、ぱっと見で「おしゃれだ」と思ってしまうのだ。なんというか、育ちの良さが滲み出ていた。
 顔も整っていて、いわゆるイケメンの部類だろう。これはあれだ、天から二物も三物も与えられているタイプの人間だ。

「俺、君と一緒の部署で良かったよ。嬉しい」
「え?」

 今日を含めて三回の内定者懇親会と、一回の内定式。会うのはやっと四回目なのに、なんで? と戸惑っていると、彼はポリポリと頬を掻いた。

「覚えてない? 二次試験のグループディスカッションの時、同じグループだったんだよ俺達。
 あの時同じグループの中に、ちょっと変わった奴がいただろ? 全然議題と関係ないことを話し始めたり、突然激昂したりさ。最初の役割分担で進行役を買って出た奴も、まさかあんな変な奴がいるなんて思わなかったんだろうな、まったく議論が進まなくなってべそかいてただろ。
 でもその時、君がディスカッションを軌道修正してくれた。すごく穏やかに、誰を咎めるわけでもなく、笑顔でね。俺、心からすごいって思ったよ」

 今の今まですっかり忘れていたが、確かにそういうことがあった。
 今なら、いろんな学生が集まる場だからそういうこともあるだろうと思える。だが当時はかなり焦った。内定の欲しかった私は、ディスカッションを破綻させてはいけないと必死に軌道修正したのだ。
 そのディスカッションを破綻させようとした本人や、泣き出してしまった進行役は強烈に印象に残っていたが……そうか、彼も同じグループだったのか。

「あの時、君を本当に尊敬した。
 その後の内定者懇親会や内定式でも、君をつい目で追ってしまって……。ええと、とにかく俺は、君と一緒に働けることを嬉しく思ってる。それに……あの、君と仲良くなりたいと思ってる。同僚としても、えっと、個人的にも」

 最後、彼は少し頬を赤らめてはにかんだ。
 一拍置いて、私の顔にも熱が籠もった。
 好きだとか、そういうはっきりとした言葉を言われたわけじゃない。けれど彼は自分を好ましく思っているのだと、そう理解した。
 自惚れじゃないと思う。「個人的にも」って、そういうことだと思うから。

 正直、嬉しかった。
 自分のことを見ていてくれていたことも嬉しかったし、アプローチしてくれたことも純粋に嬉しかった。
 男の子にアプローチされることなんて、久しくなかったのだ。



 * * *



 千葉君と出会ったのは、私が大学二年生、彼も防大二年生の時。数合わせで参加した合コンだった。
 後から聞いたら、千葉君のほうも数合わせだったらしい。それもそのはずだ、千葉君は合コンなんて参加しなくとも女の子に困っていなかったのだから。もちろん、後から知ったことだが。
 今よりもずっと初心だった私は、その合コンで千葉君に一目惚れした。彼からしてみれば、私が惹かれていることなんて一目瞭然だったのだろう。その日のうちに連絡先を尋ねられて交換し、あれよあれよという間に「都合のいい女」のできあがりだ。

 彼と付き合っていた……いや違う、付き合ってはいない。
 彼と関係を持っていたこの二年間、楽しいことがなかったと言ったら嘘になる。
 千葉君は、今までの人生にはなかったときめきを味わわせてくれた。それは事実だ。
 一人の男性にここまで夢中になるのは、生まれて初めてだった。初めて彼と寝た日、世の中にはこんなに幸せなことがあるのかと、本当に夢のような心地だった。

 好きだった。
 そして、溺れていった。

 時が経つにつれて、他の女の子の存在を隠さない彼に傷つくようになった。自分は決して特別じゃないという事実にも傷つくようになった。
 傷つけば傷つくほど、傷の分を取り返そうと躍起になる。傷ついた分、どこかでまたあの幸せがやって来るはずだと、運命に縋る。
 好きの気持ちが膨らむに比例して、心の傷は深くなり、そして膿んでいった。
 盲目的に縋るような、まるで何かに洗脳されていたような期間は、しばらく続いた。今だって、まったく何にも縋っていないとは言い切れない。
 こんな状況になって尚、私はまだ千葉君が好きなのだから。



 関係が不健全だということにも、止めたほうがいいということにも、とっくに気がついている。気がついていても止められなかったのだ。
 千葉君がどうしても好きだった。
「いつかは自分だけのものになって欲しい」。
 表向きは諦めていたその願いを、真に手放すことはできなかった。

 でも、それももう終わりにしよう。

 春からは、新しい生活が始まる。私は就職し社会人になる。
 私に興味を持ってくれる男の子もいる。きっと新しい恋愛だってできる。
 それに千葉君は、春から広島の呉に行くらしい。今までよりももっと会えなくなることは間違いがない。
 だったらここで一度けじめをつけるべきだ。さもなくば、私はきっと会えない千葉君をダラダラと想い続けることになる。そういう自分が容易に想像できる
 この非生産的で痛いだけの関係から抜け出すには、今が一番の好機なのだ。





   

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