偏愛
【お題内容】
「君に溺れるの番外編で、
兵長に内緒で旧調査兵団本部へ向かった夢主がリヴァイ班の訓練を見かけて、そこで兵長の隣で肩を並べて訓練するペトラの姿を見て嫉妬するお話が読みたいです。最後は甘々にして頂けると嬉しいです。」
「君に溺れるの世界線で何かお話を書いていただけると嬉しいです。出来れば2人が生きてる時の小話的なものを何か…!」
・兵長×分隊長
・『君に溺れる』第十六章と第十七章の間くらいの時間軸
(旧調査兵団本部でリヴァイ班が過ごしている時期)です。
・ペトラ→兵長表現有り、というかガッツリです。
ちょっと拙い感じになってしまった気がしますが、楽しんで書かせていただきました。
リクエスト、ありがとうございました!
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01
「エレンの様子を見てきて欲しいんだ」
エルヴィン団長にそう言われ、初めて旧調査兵団本部を訪れたのが一週間前のこと。
旧本部へ行くのは今日で二回目だ。
目的は、エレンのメンタルチェックである。
突如世間の興味と希望を一身に背負ってしまった、巨人化する少年、エレン。私はエルヴィン団長から彼のメンタルチェックを仰せつかった。
メンタルチェックは定期的に行うよう指示されており、前回のチェックが一週間前である。
女型の巨人の確保を真の目的とする第57回壁外調査まではあと三週間あるが、壁外調査までは、週に一度は旧本部へ通う予定だ。
現調査兵団本部から馬を走らせ、旧本部の古城に着いたのは16時過ぎだった。
厩舎に馬を繋ぎ、旧本部内へ足を踏み入れた。が、シンと静まりかえっている。城の中には誰もいなさそうだ。
リヴァイ班の姿も見えないし、
前回来たときも思ったが、石造りの古城はひんやりとしている。人がいないせいも相俟って、余計に冷えを感じた。
リヴァイ班は恐らく城外で訓練をしているのだろう。私は一人、城裏の訓練場へと向かった。
古城と言っても、ここは元々調査兵団の本部として使われていた建物だ。もちろん訓練場は併設されている。
森を模した訓練場で、リヴァイ班は立体機動での飛行訓練をしていた。
訓練が終わるまで、少し離れたところで待機することにした。今まさに飛行中の彼らに不用意に声をかけるのは危険だし、訓練を邪魔するのも気が引ける。
リヴァイ班の五人は、リヴァイ兵長を先頭に、グンタ、エルド、オルオの順で、隊列を崩さず飛行していた。
狭い木々の合間を縫うように、だがスピードは落とさない。完璧な隊列が奏でるワイヤー音は、鋭く律動的だ。
舌を巻いた。やっぱりリヴァイ班は伊達じゃない。
ペトラは隊列から少し離れた後方で飛んでいた。というのも、彼女の隣にはエレンがいるからである。
立体機動の腕前で言えば、ペトラはグンタ、エルド、オルオに引けを取らない。彼女もリヴァイ班の一員であり、精鋭中の精鋭だ。
だがエレンは違う。訓練兵団での成績は上から五番目だったらしいから同期の中では優秀なほうなのだろうが、それでも彼は新兵である。立体機動の技術はどうしたって先輩に劣る。
そもそもエレンがリヴァイ班に配属されたのは「監視」(という名目での「保護」)が目的であり、彼が精鋭として選抜されたわけではない。
エレン一人だけが隊列のスピードについていけていないのだ。ペトラは器用にエレンの隣を維持しながら、彼のサポートをしつつ飛んでいるわけだ。
ペトラの視線はほとんど横のエレンに向いているのに、彼女は前方からやってくる木々をすいすいと躱しながら飛んでいる。思わず唸ってしまった。
ペトラはリヴァイ班ではあるが、役職を持っているわけではない。階級としては単なる一兵士だ。
だが、立体機動の腕前や対巨人での戦闘力で言えば、分隊長である私よりも上だろう。リヴァイ班とはそういう班だ。
初陣で失禁していた少女はもういない。あの時15歳だった可憐な少女は、その可憐さを残したまま兵士として成長し、強く逞しくなった。
もう兵士としての力量なら、間違いなく私よりも上なのだ。
まったく悔しくないと言えば嘘になる。
リヴァイ兵長にその力量を認められ、いつも兵長のそばで任務に就いているペトラ。
恋人は自分だとわかってはいても、心の隅には羨ましいという気持ちがある。
訓練を眺め始めて、5分と経たない頃。
「あっ……!」
思わず声が出て、口を両手で覆った。
ペトラのサポートを受けて前方の隊列になんとか食らいついていたエレンが、飛行のバランスを崩したのだ。このままでは大木に激突する。
だが隣のペトラは早かった。咄嗟に彼を庇い、ワイヤーが絡まないよう器用に調整しながら、エレンを下方へと突き飛ばす。
地面へ向かって飛んだエレンは大木への激突を免れた。だが、代わりにペトラが激突へのライン上に乗る。
「ペトラッ!」
後方の二人の様子に気づいたオルオの大声が響き、その直後、ドン! と鈍い衝撃音が鳴った。
ペトラは激突を免れなかった。
「ペトラッ!!」
「ペトラさんっ!!」
ペトラはそのまま落下し、べちゃりと地面に崩れる。グンタ、エルド、エレンの叫び声が聞こえた。
地面のペトラの周りに他の班員が群がり、兵長もすぐに飛んでくる。私もペトラの下へ駆け寄ったが、リヴァイ班の面々はここで初めて私が来ていたことに気づいたようだった。
だが、今はそれどころではない。一刻も早くペトラを介抱しなくては。
オルオがペトラを抱きかかえようと手を伸ばす。すると、土まみれになったペトラがむくりと起き上がった。
「ペトラッ!」
「ペトラさんっ!!すいません、俺!」
オルオが怒鳴るように叫び、庇われたエレンは半べそだった。
「……私は大丈夫。エレン、怪我はない?」
ゆっくりと声を出すペトラの視線はしっかりと定まっている。土まみれだが、見たところ大きな怪我もなさそうだ。
周りの空気が安堵でふっと緩む。打ち所が悪ければあわやというところだったが、最悪の状況を心配する必要はなさそうだ。
「俺は大丈夫です! でもペトラさんが、俺のせいで!!」
「だから私も大丈夫だってば」
目に涙を溜めて自分を責めるエレンに、ペトラが笑いかける。
ペトラは優しい。誰に対してもそうだ。
エレンに気を使わせまいと笑う彼女は、本当に人間ができていると思う。
しかし、立ち上がろうとしたペトラはぴくりと眉を顰めた。
一瞬の沈黙がその場を支配し、先ほどまでの緩んだ空気はビッと嫌なほうに引き締まる。
リヴァイ兵長をはじめ、班員達は彼女の異変にすぐに気がついた。もちろん私も気がついた。
ペトラは、立ち上がれないのだ。
「……おい、触るぞ」
リヴァイ兵長は冷淡な声で言うと、投げ出されていたペトラの足に触れ、兵団ブーツを脱がせた。白いズボンとソックスが現れる。
「いっ……!」
兵長がズボンの上からペトラの臑に触れた途端、彼女が食いしばった唇から声が漏れた。
落下の際に足を痛めたのだ。彼女の顔は痛みで歪んでしまっている。
兵長は彼女の足をあちこち触れ、その度にペトラは歯を食いしばった。
歪んだ顔には痛みがはっきりと現れていて、エレンはそれを痛ましげに見ていた。
「恐らく……折れてはいねえだろう。だが数日は安静だな」
はあ、とため息を一つ吐いた兵長は、左腕をペトラの背中に、右腕をペトラの膝後ろに回す。そして、彼女をお姫様のように抱きかかえて立ち上がった。
急に抱きかかえられたペトラはバランスを崩しそうになり、咄嗟に兵長の首にしがみついた。
――咄嗟、なのだろうと思う。……多分。
ペトラはそんなに器用な演技ができる子じゃないから。
「ちゃんと掴まっとけ、落ちるだろうが。とりあえず足を冷やす。次の壁外調査までには完治させなきゃいけねえからな」
低い声でペトラを睨み付けた兵長は、彼女を抱きかかえたまますたすたと旧本部へ向かって行ってしまった。後に残されたグンタ、エルド、オルオ、エレン、そして私の四名は、二人の後ろ姿をぼんやりと見送る。
しばらくして、グンタがハッと我に返ったように言った。
「さ、さあ! 訓練修了の時間だ、片付けるぞ」
エルド、オルオ、エレンの三人は返事をすると、各々訓練場の整備を始める。
リヴァイ兵長がいない際のリーダー役を務めるグンタは私を向き、恐縮して後頭部に手をやった。
「ナマエさん、いらっしゃっていたのになんかバタバタしちゃってすみません。夕食までまだ時間があるので、少し城の中でゆっくりしててください」
「あ、ううん、そんなことはいいの。私も片付け手伝うよ。ペトラがいない分、私やるし」
「なんかすいません、でも助かります」
グンタは微笑み、エルドが私に整備用具を手渡してくれた。
片付けの手伝いを申し出たのは、一人で古城に戻りたくなかったから、それだけの理由だ。
恐らく今、古城の中では、兵長がペトラの手当てをしている。二人っきりでだ。
その場にノコノコ顔を出して「ペトラ大丈夫?」と取り繕うことも……できる。
できるが、したくはなかった。嫉妬を顔に出さないよう隠すことはできるが、疲れないわけじゃない。
私は兵長の恋人で、兵長の恋人は私だ。それは事実。
だがペトラは兵長を想っている。兵長は部下としてペトラを大切にしている。それも事実。
私は事実を事実として消化できずに、しょうもないことでやきもちを妬く、小さな人間だ。
それは自分が一番よくわかっている。