よこしま





【お題内容】

「新兵で調査兵団に入った夢主に
一目惚れしたリヴァイ兵長
どうにか近付きたくてそちらの事に関しては全く不器用な兵長はあれやこれやと試すものの
一向に振り向く気配もなく
ましてやエルヴィン団長に恋心を抱いていたという
夢主が好きで好きでたまらないリヴァイ兵長
最終的にはハピエンで結ばれたらいいなあと
普段余り見た事のない夢主が
好きで好きでたまらないリヴァイ兵長を
見てみたいです」


・兵長×新兵
・ペトラ→兵長表現有り
・ハピエン……??


お題に添えているかどうかとても心配ですが
(特にハピエンのところ)
一生懸命書かせていただきました!
鈴女的ハピエンということでご容赦下さい。

リクエストどうもありがとうございました!!



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01



 調査兵団の新兵が集められ、朝礼で紹介されたその日。
 十数人の新兵の中に、リヴァイにとって特別となる一人がいた。

 ナマエ・ミョウジ。
 壇上でそう名乗った彼女を見て、リヴァイの身体には電流が走ったようだった。
 身体に電流なんて使い古された表現だが、それ以外の表し方をリヴァイは知らない。瞬間的に身体が痺れたような、まさしく電流そのものだったのだ。
 彼が一目惚れを経験したのは初めてである。初めてなのにどうしてか、これは一目惚れだと、恋だと認識できるのだ。不思議なことだが、人間というのはそういう風にできているらしい。

 リヴァイは、新兵として真面目に訓練に励むナマエを遠くから見つめるだけだった。
 兵士長権限でもなんでも使って近づけばいいものを、リヴァイにはそれができない。如何せん恋愛の経験値が少なすぎるのだ。
 衣食住が十分でない過酷な環境に生まれ育ったせいか、それとも巨人と対峙するという現在の特殊な環境のせいか、リヴァイは今まで恋愛というものに縁遠かった。成り行きで女を抱いたことはあれども、まともな恋愛感情を抱いたのはナマエが初めてだったのだ。

 ナマエも自分を好いてくれたならば。ナマエと恋人という名の関係になれたならば。恋をした人間の大半がそう思うように、リヴァイもそう思った。
 だが具体的にどう行動すれば良いのか、彼にはわからない。

 どう動いたものかと考えあぐねているうちに、月日は矢のように過ぎ去ってゆく。
 ナマエに惚れて一年以上が経ったところで、ようやっとリヴァイは口を開いた。
 ナマエにではない。彼がもっとも信頼する側近の一人で、稀代の色男(とリヴァイが勝手に思っている)、エルドにである。



「おいエルド」
「ハッ、何でしょう?」

 兵士長室で書類の整理をしていたエルドは、機敏にリヴァイのほうへと向き直る。
 リヴァイは腕を組み窓際の壁に凭れ、窓の外を眺めていた。なんでもないような顔を装って。

「お前は女に惚れたらまず何をする?」
「……は?」

 バサバサッ。エルドが抱えていた書類が床に舞った。

 エルドが知るリヴァイからは、あまりにかけ離れた質問だったのだ。まさか、まさかリヴァイ兵長が色恋沙汰を持ち出すとは。
 動揺したエルドはわたわたと書類を拾いながらも、そっと窓際のリヴァイを見やる。窓の外を眺めていたリヴァイは、ゆっくりとエルドのほうへ振り返った。
 エルドは、振り返るリヴァイの背景にゴゴゴゴゴという擬態語を見た。見えた、気がした。

「……その、そうですね……まず……お、お近づきになりますかね……?」
「……お近づきになる具体的な方法を聞いてるんだが」
「ヒッ」

 怒られているわけではないはずなのに、圧がすごい。
 窓際からツカツカとブーツを鳴らしてやって来たリヴァイは、グイとエルドの胸ぐらを掴んだ。再び書類が宙を舞う。
 エルドはリヴァイの眼力に押し潰されそうになりながら、それでもしどろもどろに言葉を紡いだ。

「そ、そうですね、例えば、菓子なんかを贈ったり……」
「……菓子?」
「女は総じて甘い菓子が好きなもんですし、もらって嫌な気持ちになることはないと思いますが……」
「そうか……なるほど」

 回答に納得したリヴァイは、パッとエルドの胸ぐらを解放した。
「ありがとうな」と呟くと、エルドを置いて一人さっさと執務室を出て行く。心なしか、その足取りは軽い。

 執務室に取り残されたエルドは、颯爽と歩くリヴァイの後ろ姿を呆然と見て、大きなため息を吐いた。

「……リヴァイ兵長って本当、尊敬できるお方なんだが……なんというか、こういうことに対してだけは、」

 ポンコツだよなあ、という言葉はぐっと呑み込む。

 だが、リヴァイがいなくなった執務室で、エルドははたと気がついた。
――いやいやいや、待て待て。これはまずいかもしれない。

「……だって……リヴァイ兵長が好きなのって、ナマエ・ミョウジだろ?」



 * * *



 リヴァイはもともと表情が乏しく、感情が表に出にくい。だから彼がナマエに好意をもっていることを、周囲の人間全てが承知していたわけではない。
 だが、例えばリヴァイ班の班員など、極々近しい人間達の間では周知の事実であった。
 もちろんリヴァイが自らの気持ちを他の人間に打ち明けたことなどない。ナマエへの恋心は誰にも吐露することなく、一年以上も彼の内だけで秘めていたものだ。
 それでも、秘めていたはずの想いが綻びることはある。

 例えば、訓練中。
 ナマエが兵士長の見本を見学する時にだけ、リヴァイの十八番である回転斬りの回転数が増えるということがままあった。ナマエがいる時にのみいつもより多く回るリヴァイに、側近だけは気がついていたのだ。
 だがリヴァイの側近達は皆優秀だ。気づいたことを吹聴する者などいない。例え兵士長の秘めたる恋心に気づいたとて、各々が各々の胸の中にだけ、そっとしまい込んでいたのである。

 ナマエのほうは言うと、まさか自分の前でだけリヴァイの回転数が増えているなんて知る由もない。ナマエがリヴァイの気持ちに気づくことはなかった。
 それに、ナマエには他に想いを寄せる人物がいる。
 エルヴィン・スミス。調査兵団の第十三代団長である。

 ナマエが入団したその日、壇上に立ったエルヴィンを見て、ナマエは彼に首ったけになった。
 金髪碧眼の見目麗しいご尊顔、そして逞しい身体、雄弁で勇ましい口振り。兵士とはかくあるべきだと、ナマエは一瞬にしてそう思い込み、そして恋に落ちた。
 リヴァイがナマエに一目惚れした日に、ナマエもまた、エルヴィンに一目惚れをしていたわけである。

 ナマエは入団当初、十五歳だった。
 若い……というより幼いナマエは、自らの感情を制御する術を知らない。
 エルヴィンが現われればうっとりと見つめ、視線からはハートが飛ぶ。エルヴィンに呼ばれれば、返事の声は三オクターブくらい高くなる。暴れ馬のような恋心を隠す術も知らず、そのまま暴走させていたわけだ。
 よって、周囲は誰もがナマエの恋心に気がついていた。恋愛沙汰にてんで弱い、リヴァイを除いては。



* * *



 エルドのアドバイスを受け、リヴァイはさっそく菓子を買いに走った。
 内地まで赴き、有名な菓子屋で一等高価な砂糖菓子を買う。見目も香りも申し分ないものを調達した。
 リヴァイは兵士長権限をようやく用い、ナマエを兵士長室へと呼び出した。



「第三分隊、ナマエ・ミョウジ参りました!」
「入れ」

 ナマエの入室を確認したリヴァイが執務机の引き出しから取り出したのは、ビジューの散らされた美しい缶だ。中には砂糖菓子が入っている。
 何を差し出されているのかわかっていないナマエは、執務机の前で缶とリヴァイを交互に見つめた。

「お前にやる」
「……えっ!?」
「開けてみろ」

 戸惑いながらも、ナマエは言われたとおりに缶の蓋を開ける。
 缶の中身も、外側と同様に美しかった。色とりどりの四角形や星形の砂糖菓子は、まるで宝石のようだ。

「えっ、あの、これを私に? どうしてですか?」

 しどろもどろに尋ねるナマエに、素直に「お前に惚れているからだ」と言えれば良かったのだろう。
 だがリヴァイにはそれができなかった。
 経験値のなさが災いして、いざ言おうとしたら、喉で声がつっかえて出てこなかったのだ。

「……………………兵団支援者からのもらいもんだ」

 不自然に間が空いた後、苦し紛れに吐いた嘘だった。
 だがナマエは疑うこともなく、パッと顔を輝かせる。

「わあ、ありがとうございます!!」

 ああ、この笑顔だ。この笑顔が見られただけで、内地まで馬を飛ばした価値はある。
 表情にこそ出さないが、リヴァイは胸の内で大きくガッツポーズを決めた。

「綺麗……こんなに素敵なお菓子……あっそうだ、このお菓子、エルヴィン団長にもお裾分けして良いですか!?」

……は?
 エルヴィン?

 リヴァイの顔が、ぴしりと硬直する。

「こんなに美しいお菓子なら、団長にもお見せしたら喜ぶかと……調査兵団の支援者からのいただきものなら、きっとそのほうが良いわ!」

 ナマエの満面の笑みに、リヴァイは何も言えなかった。
 ああ、とか、そうだな、とか、そんな生返事を一つ二つ返す。そうして、兵士長室を跳ねるように去って行くナマエを、リヴァイはぼんやりと眺めていたのだ。



 ナマエが兵士長室を出て数十秒。そこでやっとリヴァイは理解した。
 ナマエはエルヴィンが好きだったのか。

 ナマエの気持ちは理解できた。
 リヴァイだって、ナマエの笑顔が見られて嬉しかったのだ。ナマエもまた、エルヴィンの笑顔を見たいと思ったのだろう。素直にそう思えた。

 全身から力が抜ける感覚がリヴァイを襲う。
 そうか、これが失恋というものか。
 リヴァイは傷つくと同時に、妙に納得もしていた。奇妙な解放感がある。
 恋というのは存外疲れる物なのだと、リヴァイはこの日、初めて知った。




   

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