特別で特殊な彼女





【お題内容】

「お付き合いしている女の子に対していつも余裕で飄々としている千葉様が、ふとした時に自分は本当に愛されてるなと感じて自分も女の子に好きをたくさん伝えたくなって珍しくデレてしまうみたいなお話いかがでしょうか!
鈴女さんの千葉様、通常時でも破壊力凄まじいので、デレ千葉もぜひ見てみたいです」


・防大三学年千葉×一般大同い年夢主
・ネームレス。


これで合ってる? と何度も自分に問いただしながら笑、
でも楽しんで書かせていただきました!

リクエストどうもありがとうございました!!



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 中期が始まって三日。
 夏休み気分なんて、防大(ここ)では中期初日から否応なしに吹き飛ばされる。三日もすれば休暇の余韻はすっかり影を潜め、学生舎内は怒涛の平常運転だ。



 風呂を終え部屋に戻ると、一学年の部屋っ子がさめざめと泣いていた。同部屋のもう一方の一学年がその背中をさすって慰め、その半歩後ろに二学年の二名も気づかわしげに立っている。

「……どうした?」

 人前で泣いている男を正直面倒くさいと思いつつ、だが部屋っ子のケアは上級生の勤めである。四学年二名と、俺と同期の三学年一名が不在の今、この部屋の最年長は俺だ。無視するわけにもいかず、取り敢えず声を掛けた。

「こいつ、夏季休暇で帰省した時に、高校時代から付き合っていた彼女に振られたらしくて」
「別れたなんて知らなかった俺たちが彼女のことを聞いてしまって、思い出して泣き出しちゃって……」

 振られた当事者はえぐえぐとしゃくり上げていて言葉にならない。代わりに周囲のやつらが説明した。

「……そーか、まあ元気出せよ」

 としか言えない。失恋したやつに言うことなんて何もない。
 だってもう終わった恋だ。恋なんていつかは終わりが来るもんで、この一学年はそれがこの夏だったってだけの話だ。

「……ぐすっ……千葉さんも、彼女いらっしゃいましたよね? 高校時代から付き合ってる……」

 べそべそと泣いていた当事者が顔を上げる。雨の日の捨て犬みたいな目を向けられても困る。

「……ああ……まあ……」
「どうしたらっ、どうしたら二年半近くも持つんですか!? 俺なんて防大に来てまだ半年も経ってないのに、『もう寂しくて我慢できない、別れて』って……! 結局近場の男……同じサークルの男に乗り換えられたんですよ!!」

 自分で言いながら感情に火がついてしまったのか、振られたそいつはわああと大声を上げて泣き崩れた。周りを囲む者は為す術なく、ただおろおろとしかできない。



 かわいそうにな、とは思う。
 失恋なんて辛いことの筆頭……なのだろう。あんまり失恋をした経験がないからぼんやりとしかわからないが。
 だが彼女が他の男に乗り換えたのなら、そこまでだ。復活はない。
 振られた側に選択肢はない。諦める一択だ。



「まあ……そうだな、あの……千葉さんの彼女は特別だからな。あまりお前の参考にはならないかもしれないぞ」
「ああ、千葉さんの彼女は特殊だから」

 二学年達が、大号泣のそいつを慰めるように言う。

 特別? 特殊? どういうことだ?
 正直に疑問を顔に出して二学年達を見ると、二人は眉尻を下げて笑った。

「だって千葉さんの彼女は特別ですよ。高校から付き合っているのに、入校してから一度も別れを切り出されたことないんですよね? 俺たちの同期だって、高校時代の彼女なんてみんな別れちゃってるのに」
「そうですよ、千葉さんだってすごく忙しくしているのに。校友会もレギュラーだし、部屋会だって頻繁に計画してくださるし、勉強だって……。全然彼女のこと構っている様子が見られないじゃないですか。そうだ、去年の冬なんて、忙しいからってクリダンも呼んでませんでしたよね? それで文句も言わずに二年半近く付き合い続けるって、本当、女神としか……」

 自分の目が丸く見開かれたのがわかった。
 ――そうか。あいつは、特別で特殊なのか。



 高校二年から付き合い始めた同い年のナマエは、都内の私立大学3年生だ。

 一般大の彼女と防大の俺。御多分に洩れず、すれ違い生活だ。
 俺からメッセージを送ることはほとんどないし、向こうからは送られてくるが既読スルーが多い。
 寂しい、とか、別れたい、とか。二学年達が言うように、普通は言われるものなのだろう。
 だが防大に入校してからの二年半、ナマエからその類の言葉を言われたことは一度もない。

 休養日には、ふらりとナマエのアパートへ行くこともある。
 時間が空いたら。思い立ったら。俺はほとんど自分の都合だけでナマエのアパートを訪れる。
 連絡なしの訪問ゆえ時々家主が不在のこともあったが、合鍵を持たされていた。不在時に勝手に家に上がってもナマエは嫌な顔一つせず、帰宅するなり手料理を振舞ってくれる。俺が疲れていると思っているのか、自分からどこに行きたいだとか、あれが食べたいだとか、ねだることはほとんどない。
 ナマエはいつも、ベッドで寝転がる俺に「食べたいものある?」だとか「ブルーレイでも借りに行く?」だとか、そんなことばかりを言っていた。にこにこと、笑みを絶やさないまま。

 特別で、特殊。女神。
 確かにその通りかもしれない。



 次の休養日、久々に事前連絡をした上でナマエのアパートを訪ねた。

「どうしたの、連絡してから来るなんて珍しいね」

 笑顔で俺を出迎えたナマエは驚いた様子で、だが笑顔だった。

「ナマエ、出かけないか? 久しぶりにデートしよう」



 * * *



 水族館を見た。薄暗い館内を、手を繋いで歩いた。
 ナマエはくらげに夢中で、白く発光するくらげを俺の手を引いて熱心に見ていた。
 昼食はブラッスリーに行った。肉と魚どちらを頼むか迷っているナマエに、二人で違うものを頼んでシェアしようと提案したら、頬を桃色に染めて喜んでいた。
 ナマエの見たい映画を見た。ショッピングモールではナマエの服を選んだ。
 夕食は何が食べたいか尋ねると、ナマエは「和食」と答えた。急いでホテルの和食レストランを予約した。
 特外を出していたからそのままホテルの部屋に宿泊するのもありかと思ったが、アパートに帰ろうと言ったのはナマエだった。



「ねえ、周一」

 駅からアパートは近い。防大生の足なら徒歩5分だが、今日はナマエに歩調を合わせているから徒歩7分といったところだ。

「今日、何かあったの?」
「……なんで?」

 夜風がナマエの髪を撫で、柔らかい髪がさわさわと揺れる。
 乱れた髪を手で押さえながら、ナマエは穏やかに笑った。

「だっていつもの周一じゃないもん。デートしよう、とかさ。
 いつもは私の家でだらだら映画見て、ごはん食べて、って感じじゃん。こんな風にリードしてデートしてくれたのなんて、いつぶりかな?
 食べ物だってラーメンとかじゃなくておしゃれなところ選んでくれたし、映画も私の趣味に合わせてくれたでしょ? 恋愛映画なんて周一は退屈だったかもしれないけど」
「なんだ、俺は今ダメな恋人であることを詰られてるのか?」

 ハッと笑って言うと、ナマエもけらけらと声を上げる。
 一頻り笑うと、繋いだ手はそのままに、ナマエは目を細めたまま穏やかな笑みを俺に向けた。

「……詰ってるんじゃないの。心配してる。何かあった?」



 何もない。何もないさ。
 ただ、ただお前が。



「ナマエ、お前が好きなんだ」

 ちょうど、大通りから路地に入ったところだった。
 俺よりも二回り小さい身体を掻き抱く。ナマエはすっぽりと俺の体躯に収まってしまった。

 胡坐を掻いていた自覚はある。
 俺が今享受している幸せはいつでも崩れる可能性があると、後輩たちに思い知らされた。

 お前は特別で特殊なんかじゃない。女神なんかじゃない。
 普通の女の子だってことを、俺はよく知っていたはずなのに。

「好きで……好きで、どうしてもお前と終わりたくない」

 ぎゅ、と抱きしめると、ナマエの柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
 月も星も雲に隠れた重い夜空。ぬるい夜風が二人を撫でる。
 俺の胸に埋もれたままのナマエは、くぐもった声で呟いた。

「終わらないよ。私も終わりたくないから」

 吐息混じりのナマエの声が、俺の胸へじんわりと染み込んでゆく。

 無性に涙が出そうで、だが涙を瞳の奥に閉じ込めたまま。
 俺はナマエの頭のてっぺんに口づけした。



【特別で特殊な彼女 Fin.】

   

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