ジャミル先輩と花火をする話





【お題内容】

「ずっとすずめちゃんのジャミ監が読んでみたかったので是非是非是非是非是非お願いしますっ!!!!」


・ジャミ監
・時間軸謎のサマーホリデー設定



いつも仲良くしてくれて、ありがとう!!
ジャミ監慣れていないけれど、愛だけは詰めました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

リクエストどうもありがとうございました!!



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 ここNRCは、ただ今サマーホリデー真っ最中である。
 エースもデュースも帰省して不在だし、グリムも一人旅(一匹旅?)中。私は一人オンボロ寮で留守番だ。
 一人だけだと夕食を作るのも面倒だ。パンか何か買おうかと購買部へやって来たところ、「何でもIN STOCK!」が売りのここで見つけたのは、故郷の夏を思い出す懐かしいおもちゃだった。

「わ……こんなのあるんだあ!」
「Wow、お目が高いね小鬼ちゃん! Sparklers、ご存じかい? 東方のごく一部でしか嗜まれない玩具なのによく知っているね!
 他の小鬼ちゃん達には全く馴染みがないみたいで、見向きもされなくてね。物珍しいから売れるかと思ったんだけど」

 在庫過多だよ、とサムさんはオーバーに肩を竦めた。

 Sparklers――故郷の言葉で言うところの線香花火だ。カラフルな和紙の中に少量の火薬が詰められたアレ。火花が儚くてエモいアレだ。
 この世界にも手持ち花火があることは知っている。以前カリム先輩やジャミル先輩達と熱砂の国に遊びに行った時、打ち上げ花火ももちろん立派だったけれど、手持ち花火もとても豪華で華やかだった。
 だが、この世界線に線香花火があるとは知らなかった。
 派手さはないし、あの線香花火の独特な燃え方は何と言うのだろう、侘び寂び、とでも言うのだろうか。とにかくああいう文化は私の故郷特有の物な気がしていた。
 まあサムさんの言葉から察するに、このツイステッドワンダーランドで線香花火を嗜むのはごくごく少人数、マイノリティのようだ。
 なんとなく納得。この世界のみんなはとにかく華やかで派手だもん。

「じゃあ私一つ買います。この花火、私の故郷では一般的なもので、みんなで夏に楽しむんです」

 毎度あり! と景気の良い声とともに、私の手に線香花火の袋が渡る。
 無くなったらまた買いに来ておくれよとサムさんは最後まで営業を忘れなかったけれど、一人でこの線香花火を全部消化するのは、なかなか時間が掛かりそうだ。



 * * *



 菓子パンを半分齧って夕食を終わらせたことにした私は、さっそくオンボロ寮の外へと出た。
 日はとうに沈んでいる。快晴の星空、花火をやるにはうってつけだ。

 石造りの玄関ポーチに、蝋燭の蝋を溶かして少し垂らす。垂らした蝋の上に蝋燭を立てて固定した。ここで花火に火をつける。
 ――子供の頃、庭で花火をする時。いつもお父さんがこうやっていた。

 玄関ポーチへしゃがみこみ、ビニール袋から線香花火を一本取り出す。紙縒(こよ)りを摘まんで火をつけた。
 じじ、じじ、と控えめな音を出しながら、花火の先端は丸く膨らむ。
 やがて火の玉は、パチパチと勢いよく火花を散らし始めた。

「わ……」

 自然と出た声は、歓声に近かったと思う。
 これは、故郷の線香花火そのものだ。

 もしかしたら、故郷の線香花火とは似て非なるものかもしれないとも思っていたのだ。
 だって世界が違うし。ここは華やかで派手なツイステッドワンダーランドだし。
 例えば、火花がすごく大きいとか、火花が虹色だとか。あり得る。
 でもこの花火は、私が故郷でやっていた線香花火とまったく同じものだった。

 元気にはじけていた火花はやがて丸くなり、徐々に勢いを失う。
 最後はちり、ちり、と小さな音を立て、菊の花びらが散るように終わってゆく。この菊の花弁のような様を「散り菊」と呼ぶらしい。
 ――そう教えてくれたのは、お母さんだっけ。

 お父さん、お母さん、どうしているかな。
 懐かしい家族の顔が思い浮かび、ちょっとだけ胸が苦しくなった。



「……何をやっているんだ?」

 突然、上から降ってきた声に反射で首を上げる。
 立っていたのはジャミル先輩だった。

「ジャミル先輩! どうしたんですか?」

 燃え尽きた花火を、水を張ったバケツに放り込み立ち上がる。
 するとジャミル先輩は手に持っていた両手鍋をずいと差し出した。

「今日、スープを作りすぎてしまって……サマーホリデー中で寮に人も少ないし、余らせて困っていたんだ。君は学内に残っているはずだと思って持ってきた。良ければもらってくれ」
「わ、ありがとうございます!」

 常時金欠気味の私に、ジャミル先輩は普段からこうやっておすそ分けしてくれたり、あれこれと理由をつけてスカラビアの宴に招いてくれたりする。
 スープを余らせたというのも本当か嘘かわからない。ただどちらにしても、これはジャミル先輩の優しさだということは重々承知していた。だからいつも言葉通りに受け取っている。
 どっかーんとか言ってオバブロしておきながら、根のところで人が良い。私はそんなジャミル先輩に懐いていた。

「で、今君がやっていたのはなんだ? 花火……のようだったが、見たことないな」
「あ、ジャミル先輩も一緒にやりませんか? 今鍋置いてくるんで」

 キッチンのテーブルに鍋を置いて小走りに帰ってくると、ジャミル先輩は玄関ポーチにしゃがみ込み、物珍しそうに線香花火を検分していた。

「これ、私の故郷で定番の花火なんです。故郷の言葉では『線香花火』って言うんですけど。今日購買部で見つけて、つい買っちゃいました」

 私もジャミル先輩の隣にしゃがみ込み、袋から取り出した線香花火を一本手渡す。

「手持ち花火は色々やったことあるが、こういう形のは初めて見るな……」
「この世界では、東方のごく一部でしか使われない花火だそうです。ここ、この紙縒(こよ)りの部分を手に持って、こうやって下に垂らして先っぽに火をつけるんですよ。そうそう」

 初めに私の線香花火に、数秒後にジャミル先輩の線香花火に火が付いた。
 じじ、じじ、と火の牡丹が二つできる。やがて二つの並んだ牡丹は、ほぼ同時に勢いよく松の葉を散らし始めた。

 花火から視線を上げて横を見れば、ジャミル先輩の端正な横顔が線香花火のあたたかな橙に照らされていた。興味深そうに切れ長の目を見開いている。
 ……線香花火なんて、熱砂の国で見た手持ち花火よりも随分と地味な花火だけれど、なんだか楽しんでくれているみたい。良かった。

 やがて花火は、「散り菊」となり、じり、と私の火の玉が消えた。追ってすぐにジャミル先輩の火の玉も消える。

「……なるほど、こういう花火もあるんだな」
「NRCの生徒たちはみんなこの花火に馴染みがないみたいだって、サムさんが言ってました。私のいた世界では定番の花火で毎年のようにやってたんですけど」

 はい、ともう一本ジャミル先輩に線香花火を手渡すと、先輩はいそいそと蝋燭に花火を垂らした。今度は先輩が先に火をつけ、私が後から火をつける。
 再び二つの花火は並んで火花を散らし、そしてまた並んで散っていった。

「……なんだか……」
「え?」

 ぽつりと呟いたジャミル先輩に聞き返すと、先輩はほんのわずかに瞼を伏せて言った。

「なんだか、人の一生みたいだな」



 思わず目を瞠ってしまった。

 声もなく、目を見開いてじっとジャミル先輩を見つめる。
 私の視線に気づいた先輩は、怪訝そうな声を出した。

「なんだ、何か変なことを言ったか……?」
「いえ、違う、違います。変なことなんかじゃ……ただ、先輩、私達とおんなじことを思うんだなって……」
「は?」

 ジャミル先輩は遠慮なく思いっきり眉を顰めた。

 驚いたのだ。
 私と――あの故郷で生まれ育った私達と、この派手な世界で生きているジャミル先輩が、同じことを思うんだなって。

「あの……私の故郷でもこの花火はよく人生に例えられるんです。生まれて、花開いて、力強く舞って、そして散る。
 なんていうか……侘び寂びっていうか、儚いものを美しいと感じるような概念って私たちの故郷特有の物だと思っていたんです。
 この花火って地味だし、もしかして先輩にとってはつまらないかもって思ってたから」

 なんだか早口になっている。私、少し興奮している。
 だって、違う世界で生きてきたジャミル先輩が私と全く同じ感覚を抱いてくれたから。

 ジャミル先輩は左手を顎に当て、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「……確かにこの花火は地味だが、だが味がある。
 ワビサビ? というのはわからないが、儚いものを美しいと思う感覚は俺にもあるさ。同じ人間だろ。
 ……まあ、カリムなんかにはわかりにくい感覚かもしれないが」

 私達二人の脳裏に、生まれた時から豪奢なものに囲まれて育った寮長が思い描かれる。
 二人で同時に吹き出し、顔を見合わせて笑った。



 この世界に、一緒に線香花火を楽しんでくれる人がいた。
 一緒に儚さを眺めてくれる人がいた。
 それだけで、すうすうと冷たく感じられていた胸の穴が、甘い切なさで満たされてゆく。



 そうして私たちはしばらく並んでしゃがみこんだまま、一本ずつ線香花火を楽しんでいた。
 やがて、線香花火の袋は空になる。一人じゃ消化しきれないと思っていたのに、二人でやればあっという間だ。
 これもまた儚さなのかもしれない。物事にはいつか終わりがくる。楽しい時間にも終わりがくる。



 終わりだな、とジャミル先輩は呟いて、蝋燭を吹き消した。

「ナマエ、残りのサマーホリデーはずっとオンボロ寮にいるのか?」
「え、はい……」

 特に旅行の予定もないし、帰省もできない。
 返事をしながら立ち上がると、ジャミル先輩も立ち上がった。

「じゃあ、『センコー花火』、今度は俺が買っておく。またやろう」
「あ、はい、ぜひ! あと一週間くらいするとグリムも帰ってくるし、エースやデュースも多分帰省から帰ってくると」
「いや、そうじゃなくて……また、二人でやろう」



 かあっ、と顔に熱が走った。



 二人でやろう。
 そう言われた瞬間、嬉しいと思った。
 嬉しいと思った自分に気づいてしまった。

 暗いから……暗いから、きっと赤くなっている頬も見えていないはず。見えていないであって欲しい。



 じゃあちゃんと戸締りしろよ、と、ジャミル先輩はさっさと歩いてゆく。
 こちらを振り向かないまま行ってしまったから、今先輩がどんな顔をしているのかわからない。

 どんな顔、しているんだろう。見たかったな。

 私はオンボロ寮の玄関ポーチから、先輩の後姿をいつまでもいつまでも見ていた。



【ジャミル先輩と花火をする話 Fin.】





   

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