第二十四章 拘束





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突如やって来た上官に、三人の男達は下半身を露出させた間抜けな格好のまま敬礼をした。
私が今まで見てきた中で、一番みっともない敬礼だった。

「お前ら、誰の許可を得てここに入った?」
「はっ……犯罪者の、口を割らせようと……」

凄むナイル師団長に、男の一人はしどろもどろになりながら答えた。だが質問の答えにはなっていない。

「調査兵団を問い質すのも裁くのも、お前らの仕事じゃない! 勝手な真似をするな!」

そう一喝したナイル師団長はずんずんと歩みを進め、私に持ってきたタオルを被せた。

「早く服を着て、とっとと持ち場に戻れ!!」
「はっ、はいっ」

怒鳴られた男達は、あたふたとズボンを履き、牢からバタバタと出て行った。

「おい、大丈夫か? ……間に合ったのか?」
「……間に合いました、未遂です。ありがとうございます」

ナイル師団長は鍵で私の手枷を解く。

「あんたが水責めされて気を失ったと聞いて、一応タオルと着替えを持ってきた。着替えろ」

手首をさすりながら無言でナイル師団長を見つめる私に、師団長は言った。

「お前らはまだ裁かれていない。囚人に人権がないとは思っていない」

そう言って、ほぼ全裸の私を気遣ってか後ろを向いた。

「部下はよく指導しておく。悪かった」
「……いえ……」

私はありがたく、タオルで濡れた髪と上半身を拭かせてもらい、新しい服に着替える。

「今……何日の何時ですか」
「……お前らがここに来た日からまだ日付は変わっていないが、そろそろ変わる。夜の十一時半だ。
ここに来てから飯を食べてないだろう。冷めているが」

そう言って師団長は、盆に乗ったパンとスープを差し出した。

食べ物を見た途端空腹を感じ、すぐにでも手を伸ばしたかったが――私はスープを盆の上に載っていたスプーンでかき混ぜて、師団長に差し出した。

「飲んでみてください」

師団長は基本的に悪い人ではないし、敵対するべき人物ではないと思っている。
だが長い物に巻かれる傾向があるし、師団長の上の人物から命令されたらきっと背けないはずだ。毒物でも仕込まれていたら困る。
いや、毒物が入っていて自分が命を落とすのだったらまだ良い。
自白剤とか催淫剤とかそんな物が入っていて、調査兵団に不利になるような発言をしてしまうのが一番怖い。

ナイル師団長は、はあとため息をついて、スープに口を付けた。

「なんにも入ってねえよ、ほら」
「……すみません、疑うような真似をして」

私は再度差し出されたスープに口を付けた。
確かに冷めてはいたが、憲兵団の食事なのだろう、調査兵団の食堂で出されるスープよりも味付けが濃くて肉も多少入っていた。

パンは液体じゃないから混ぜることができない。
毒見をしてもらっても、食べていない部分に注射か何かで薬物を混入されている可能性がゼロではないので、パンには口をつけない。
その様子を見て、師団長は言った。

「お前は賢いんだな。それともエルヴィンの入れ知恵か? あいつもおんなじ食べ方をした」
「……え?」
「液体はかき混ぜてから毒見をさせる。かき混ぜることのできない固体には手を付けない。調査兵団じゃ人間を疑うことも訓練に入っているのか?」
「……まさか。私や団長が疑り深いだけです」
「だろうな。他の調査兵達はそんな食い方しなかった」

ほっとした。良かった。皆食事にはありつけているのか。
私の安堵した顔を見て、ナイル師団長は続けた。

「エルヴィンから頼まれたんだ。お前や他の調査兵に飯だけは食べさせろと。
お前のことは特に心配していた。尋問を受けていると知ってな……。
他の奴らは疑いもせずしっかり食ったぞ。大丈夫だ」
「皆私のような……尋問を受けているのですか?」
「いや、尋問をされているのはお前とエルヴィンだけだ。幹部から証言を取らなきゃいかんらしい。中央憲兵が動いていることだから、俺らはよく知らんが」
「女性の調査兵達が、さっきの私のような目には遭っていませんか?」
「それは大丈夫だ。お前は独房な上に見張りが上の階にしかいなかったから、あんな奴らの侵入を許してしまったが……他の奴らは大部屋だ。見張りもしっかりついている」
「そうですか、それは良かった……。それと……エルヴィン団長はご無事ですか?」

ナイル師団長は私をじろりと上から下まで見た。

「お前のその姿を『無事』というなら……奴も無事だ。命はまだある」

拷問はされているけど、命までは落としていないということだ。

「……私達は、なぜこんな目に遭っているのですか?
調査兵がリーブス商会の会長を殺すなんて、有り得ません。ナイル師団長もそう思いませんか?」
「……俺にはわからん。中央憲兵が動いていることだ。俺達には何も降りてきていない。
本来なら俺もこんなところで油売ってるのがバレたらまずいんだが」

そう言って、師団長は私に新聞を寄越した。

「……!」

その新聞は本日付の号外だった。

調査兵団がディモ・リーブスを殺害したこと。
全調査兵に出頭を命じたが、一部の調査兵が出頭を拒み、指名手配されていること。
団長のエルヴィン・スミス、分隊長のナマエ・ミョウジをはじめとした調査兵約三十名は拘束され、王都で憲兵の管理下に置かれていること。
そんなことが書かれていた。

指名手配中の調査兵として、リヴァイ兵長の似顔絵があった。
ひどい似顔絵だった。全然かっこよくない。本物の兵長はこの千倍かっこいい。
だが、兵長の特徴はよく捉えていた。
何より、こんな似顔絵がなくても兵長は市民に顔が割れている。
似顔絵はなかったが、他に未出頭の指名手配調査兵として、リヴァイ班やハンジ班の人員の名前があった。

「リヴァイ兵長……ハンジさんも……指名手配なんて、馬鹿げてる……」

新聞を持つ手が、怒りで震えた。
ナイル師団長は私から新聞を取り上げる。

「こんなもん見せたってバレたら俺もただじゃいられない。見なかったことにしておいてくれよ」

そう言って、ナイル師団長は立ち上がり、牢から出て行こうとした。

「ナ、ナイル師団長……」
「なんだ?」

呼びかけた私に、師団長は足を止め振り返る。

「……明日からも、尋問はあるのですか……?」

私は恐怖で聞かずにはいられなかった。

本当に苦しかったのだ、水責めは。
またあの苦しみを味わうかと思うと、怖くて怖くて堪らなかった。

恐怖に怯えた私の表情を見て憐れんだのか、師団長の顔は同情の表情だった。

「……それも、俺にはわからん。悪いが」

師団長はそう言うと、牢から出て行った。



* * *



「ナマエ!」

声がする。誰だ? 懐かしい声……。
ぼやけた視界の先に見えるのは、茶色の三つ編み、それとそばかす。
アメリー? アメリーなの? 

「ナマエ! しっかり!」

なんでアメリーがここにいるの? ねえ、アメリーに伝えたいことがいっぱいあるの、聞いて……あなたがいなくなってからの六年間、色々ありすぎたの……。



「ナマエ!」

また違う声……次に見えたのは、ショートカットの美人。ナナバさん? 

「ナマエ! まだこっちに来るな!」

ナナバさん、でももう……限界かもしれない、苦しくて……。
またナナバさんと一緒にお酒が飲みたいの。そっちに行けば、飲めますか? 



「ナマエ!」
今度は男の人の声がする。誰だ……目を凝らすと、髭が見えた。
ミケさん? ミケさん! 
ねえミケさん、そっちでナナバさんと一緒なのね? 良かった、本当に……!
私ももうそっちに行っても良いですか? ここは独りだし、暗いし冷たいし苦しいし……皆のいるところに行きたいです……。

「……ナマエ、リヴァイはいないぞ?」

……。

「お前はリヴァイのいない世界に来れるのか? あいつを独りにするのか?
あいつは……まだ戦ってる」



「ナマエさん!」

今度はまた女性の声……ペトラ! ペトラだね! 

「ナマエさん、約束したでしょう!?」

……。

「ねえ、私を裏切るんですか!? 兵長の隣で一緒に歩いてくれるんじゃなかったんですか!?
あなたがこちらに来たら……あの人は、もう戦えません!!」




   

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