第二十四章 拘束





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一旦風呂に入り休憩させてもらい、少し冷静さを取り戻した私は、エルヴィン団長からの報告を受けに団長室に向かった。
そこで団長から聞かされたのは、寝耳に水の話ばかりである。

エレンの硬質化実験は上手くいかず、今のところ硬質化の能力を得るのは難しいと判断したこと。
よって、ウォール教とレイス家およびその周辺の秘密の追求を今まで以上に進めることに決めたこと。
中央憲兵がエレンとヒストリアを手にするために、民間人を使って動いていること。
そのためリヴァイ班は隠れ家を既に離脱していること。
現在のフリッツ王は偽りの王で真の王家はレイス家であり、ロッド・レイスがこの壁の中の実質的な統治者だということ。

そして――現在の王政中枢が真実を隠すのは、人類存続のためでも何でもなく、自らの利権を失いたくないためだとエルヴィン団長は判断したこと。
よって、クーデターを起こし、ヒストリアを真の女王として擁立させ、新王政と兵団との協力体制を目指すこと。

風呂上がりの私は、そんな話を聞かされて唖然とした。

「正気でないと思うか? 私は正気だ。とんでもないことを言っているのはわかっている。
私について来るか来ないかは、ナマエ、君が決めろ。
ついて来ないことを選んでも、君を責めることはしない」

エルヴィン団長はそう言って、団長室の机上で両手を組んだ。

「……お得意の博打ですか?」

私の口はカラカラに乾いている。

「ああ、博打だ」

エルヴィン団長は顔色一つ変えず、静かにそう答えた。

「……わかりました」

私は団長の前で敬礼をした。答えなんて決まっている。

「私は人類の救済に心臓を捧げた兵士です。
そしてエルヴィン団長のご判断が、人類の救済に一番近いと信じています。最期までお供します」
「……ナマエ、ありがとう」

エルヴィン団長はそう言って、薄い笑みを浮かべた。



翌日、私は突然の調整日とされた。エルヴィン団長に勝手に決められたのだ。

久しぶりの兵服をしっかり着込んで、ベルトもばっちり締め、久々の訓練に精を出そうとしていたところを止められた。
十日間ほぼ不眠不休で任務に携わっていたため、一日しっかり休めとの指示である。
最初は部下が訓練しているのに申し訳ない気持ちだったが、正直体調もまだ本調子ではなかったため、ありがたく休みを頂戴することにした。
しかし、目は覚めてしまったし、もう一度寝る気にもならない。
さて突然降って湧いた休日をどうしようかと思っていたが、ふと鏡台の鏡が目に入った。

そこに移っていたのは、ダークブラウンの髪色、ボブカットの私。
それはナマエではなくローゼマリーだ。
――見ていて楽しい姿ではなかった。

私は、美容院に行き髪色を戻すことにした。
髪色だけでなく長さも戻せたらいいのだが、そういうわけにもいかない。
まあ、髪色を戻したところで自分のした行いが無かったことになるわけではないのは、重々承知している。

調整日なのだから私服に着替えようかと思ったが、着替えるのも面倒だったので兵服のまま兵舎を出て街の美容院へ向かった。
昨日風呂で傷つけた肌がまだ少しひりひりするが、兵服を着ていれば必要以上に肌を露出することはないから安心だ。

薬の副作用と思われる吐き気はだいぶ治まったが、まだ頭痛はする。
だがかなり楽にはなった。このまま副作用はだんだん治まっていくのだろう。

リヴァイ班は隠れ家を出て、どこへ行ったのだろう。兵長は無事だろうか。
兵長に会ったら、私がどうなるのかはわからない。
何を伝えたいのか、何も伝えたくないのかもわからない。
だが、大前提として兵長には無事でいてもらわなければ困る。
あの人には無事でいて欲しい。
それだけははっきりとわかる、私の本音だ。

そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、いきなり両腕を両側から取り押さえられた。

「お前! 調査兵だな!」

は!? と遠慮会釈ない声が出た。
両側から私を捕らえているのは二人の中年の憲兵だった。

「け、憲兵!? どういうこと!?」
「お前、所属と名前は!」
「ちょっとなんなんですか!? 無礼極まりないわね!?」
「うるさい! 調査兵が!」

私は腕を捕らえていた憲兵の片方に、後手で両腕をまとめて拘束された。
もう片方は所属と名前を答えなかった私の胸ぐらを掴み、左胸の紋章下に記載してある所属と名前を確認した。

「第三分隊長……ナマエ・ミョウジ」

胸ぐらを掴んだ憲兵がそう読み上げる。

「お前、あのナマエ・ミョウジか? 金髪の長い髪はどうした」

もう一人の兵士がそう続けた。私は腕を掴まれたまま、顔を上げてギッと憲兵を睨み付ける。
とりあえず、こんな犯罪者のような扱いをされる謂れはない。
いくら私が貞操を捨てようと人間性を捨てようと、この壁の中の法を犯したわけではないはずだ。

「……私がいつイメチェンしようが勝手でしょ? それとも調査兵にはおしゃれする権利もないと?」

見上げて睨み付けたまま、怒りを顕に皮肉をぶつける。

「ああ、ないな」

憲兵はそう言うと、私の両手にガチャンと手錠をかけた。

「これは調査兵団第三分隊長、ナマエ・ミョウジだ!! 幹部のため情報を知っている可能性が高い!
こいつは他の調査兵とは一緒にせず独りで馬車にぶち込め!」

もう一人の憲兵が高らかに叫んだ。
なんと楽しそうなのか。
状況が全然把握できない。一体どうなってる? 

辺りを見回すと、少し離れたところに人垣ができている。
中心にいるのはやはり憲兵だ。何やら叫んでおり、地面には人の体が横たわっているように見える。
……遺体か? 

「調査兵団が民間人を殺害した! 被害者はリーブス商会の会長、ディモ・リーブス!
調査兵団団長エルヴィン・スミスをはじめ、全調査兵に出頭を命じる!」
「んな……っ!?」

人垣の中心にいた憲兵の発した理解不能な言葉に、思わず絶句してしまう。

どういうことだ? 何が起こっている? 
何が仕組まれている? 

俄かに人だかりがざわつきはじめた。
続いて人垣がゆっくりと二手に割れ、そこへザッザッという足音と共に長身の男が現れる。
――エルヴィン団長だ。

団長は、腕に手錠をかけられている私を一瞥すると、目を合わせてきた。

『抵抗するな』

そう言っているように見えた。
私は団長の意を汲んで、抵抗せずに黙った。

団長が人だかりの中心で歩みを止めたところで、憲兵は口を開く。

「エルヴィン・スミス、彼が誰かわかるな?」

遺体を上から見やりながらの不躾な質問に、エルヴィン団長は丁寧に答えた。

「リーブス商会の会長、ディモ・リーブス氏だ」
「エルヴィン? 何か知っていることはあるか?」
「知っているのは今調査兵団が彼らを殺したと疑われていることだ。余計な言い回しをする必要はないから、その根拠を教えてくれ」
「……二日前にここで、調査兵団が二名何者かに襲われたのを住民が目撃している」
「ああ……憲兵団に報告し捜索を依頼した通りだ」 

ここで襲われた調査兵二名というのは、エレンとヒストリアに扮したジャンとアルミンだ。
しかし二人は無事にリヴァイ班の元へ戻ったはずだ。伝令のニファから聞いている。

その時、リーブス商会が調査兵団への協力を了承したはずだが……まさかそれが中央に漏れていたというのか。
寝返ったリーブス商会は中央に始末されたということか。

私は憲兵達の左胸を見た。こいつら……中央憲兵だ。

「丁度我々の操作でリーブス商会の関与が明らかになったところだった。
それにいち早く気付いた調査兵団は捕らわれたエレン・イェーガーを奪還するため、リーブス会長らに襲いかかった……実行犯はエレンを連れて逃亡中と思われる」

なんと、上手く話を作ったものか。
私は湧き上がる怒りを抑え、ただ黙っていた。

「よって調査兵団は直ちに活動を停止、団員全てに出頭を命じる」

辺りはシンと静まり返る。
民衆も誰も何も話さなかった。
エルヴィン団長もただ静かに黙っていただけだった。
その眼は冷静だが――いや、冷静ではない。
一見冷静なようだが、奥底には怒りの色が見える。

「まあ……我々の推測が間違っているならそれでいい。全団員が揃って無実を証明すればいい、それだけの話」

エルヴィン団長は、馬車に乗るよう指示されたが、馬車に乗る前にディモ・リーブスの遺体に近づいた。
リーブス氏の家族と思われる女性二人に罵られている。しかし団長は、その女性二人に語りかけた。

「八年前はこの街にのけ者にされ……家族や仲間を守るため手段を選べなかった男が、今度はその街を救おうとした。だが……何者かの手によって……その想いは潰えた。
この無念……私が必ず」

そう言い残すと、団長はおとなしく馬車に乗り込む。
もう一度私と目を合わせると、小さく頷いたように見えた。

後ろを見やると、兵舎からは後手に縛られた調査兵達がぞろぞろと出てきているところだった。
――なんなのだ本当に、こんな風に犯罪者のように扱われる謂れはない。
連行されている調査兵達の中に、ナマエ班の班員の姿も見えた。

「ダミアン、エーリヒ、カール……!」
「ナマエ分隊長!」

三名は私を見つけると、私の名前を叫び悲痛な表情を向けた。
カールなどは今にもべそをかきそうだ。

「大丈夫よ! 大丈夫だから心配しないで!」

何が大丈夫なのか全然わからないが、私は三人に向かってそう声を張り上げた。

「うるさい! 乗れ、ミョウジ!」

憲兵にそう言われ、私は両腕を掴まれ無理やり馬車に押し込まれた。




   

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