第二十二章 団長と分隊長 2





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ハンジさんが退院して、兵舎へ帰ってきた。
歩けるようになったからと言って、勝手に馬車を手配して帰って来たのだ。
どうして連絡を寄越さない、連絡もらえればこちらが馬を手配して迎えに行ったのに、どうせ退院前の診察もきちんと受けてないんだろう、と私はギャンギャン喚いたが、その半分は喜びである。
ギャンギャン喚いて、「ごめんごめんわかったってば」とハンジさんにあしらわれて、そして私達は抱き合った。喚くのもあしらうのも命あってこそできるものだ。

ハンジさんは、退院前に同じ病院に搬送されていたエルヴィン団長を見てきたという。
右腕についてはさぞかしショックだったとは思うが、兵舎へ戻ってきた時にはその衝撃をもう胸の奥底に隠してなんでもないような顔をしていた。
負った火傷はやはり深さとしてはそこまでではなかったらしく、肌にはまだ痕があるがいずれ消えるだろうと思わせるようなものだった。

ハンジさんの帰舎を受けて、二人も人員が減った幹部会議を急遽行った。主のいない団長室ではなく、兵士長執務室で行われた。
数日前まで動けなかったハンジさんに、壁内と兵団内の現状報告、私と兵長が進めている業務の内容と進捗報告、死亡者の確認を行い、そしてこの後の私達の行動を決める。
今エルヴィン団長は昏睡状態で、私達に指示を出せる状況にない。自分達で考えて動くしかない。

「とりあえず、エレンとヒストリアの警護が最重要だね」
「ええ、きっとエルヴィン団長もそう言うでしょうね」

ハンジさんの言葉に、私は返事をした。

「ナマエ、どこか人目につかない場所を手配しろ。川から離れていてもかまわねえ、とにかく人里から離れたところだ。そこにエレンとヒストリアを隔離して保護する」

リヴァイ兵長が口を開く。

「俺の班の新しい編成を決めた。エレン、ヒストリア、そしてミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャ、以上七名だ。
任務はエレンとヒストリアの監視、警護。同時にエレンにはウォール・マリアを塞ぐために、硬質化の能力を身につけられるか試す必要がある。実験はハンジ、お前の班に任せる」
「……はぁ!? エレンとヒストリアを一〇四期で固めるってこと!?」

ハンジさんは大声を出した。

「そうだ」
「なんで……確かにベテラン兵はかなりの数が戦死したけど、わざわざ新兵で固めなくたって、もう少し経験のあるヤツのほうがいいんじゃない? エレンとヒストリアを守るのは最重要任務でしょ?」

ハンジさんはそう言ったが、兵長は紅茶をずずずと啜り、黙る。
数十秒の沈黙の後、口を開いた。

「エレンには……死に物狂いになれる環境がふさわしい」
「……」
「……それはまた……残酷な……」

ハンジさんは黙り込み、私は天を仰いで言った。
兵長は変わらず紅茶を啜っている。
私とハンジさんの前にも紅茶が出されているが、静かに湯気を立てているだけだ。

私は上を向いていた首を元に戻し、視線を兵長に合わせた。

「賛成です」

言うと、ハンジさんはびっくりしたようにこちらを見る。
紅茶を飲むために俯いていた兵長も上目づかいでちらりとこちらを見ると、ティーカップをカチャリと置いた。

「エレンは、守る側に立つことで……今まで以上に必死になるでしょう」

私は兵長とハンジさんを見据える。ハンジさんはやはり黙っていたが、しばらくして諦めたように、ふうっと大きなため息をつく。

「……決まりだね」

そう言うと、もう冷め始めた紅茶に口をつけた。

「リヴァイ班の滞在場所ですが……兵長含めて八名が寝泊まりできれば問題ないですね? どこか適当な家屋を手配します。調査兵団の名前は隠して」
「ああ、頼む」
「私は……エレンの実験の前に、コニーを連れてラガコ村へ行ってくるよ。
コニーからの報告を聞けば、ラガコ村の様子は不自然な点ばかりだ。それにコニーはラガコ村の出身だし……。リヴァイ、コニーを借りるよ」

ハンジさんは頭をガリガリとかきながら言った。フケがぽろぽろと落ちる。

「問題ない。だがな……ナマエ、ハンジを風呂に入れろ。火傷ももう問題ないんだろ? こっちのほうが問題だ」

兵長は机上に落ちたフケを汚い物を見る目で指さした。

「承知しました。問題ですね」

私も真顔で冷たく言い放つ。

「ええー? もう……たった四日風呂に入ってないだけだって……まあ髪の毛は多分十日間くらい洗ってないけど」
「……!!」
「……十日間!?」

兵長は息を呑み目を見開き、私は悲鳴に近い声を上げ、ハンジさんを凝視した。
みるみるうちに尖る兵長の気配に、今日は絶対にハンジさんを風呂に入れると私は決意した。



* * *



エルヴィン団長は壁に戻ってからずっと、ほぼ昏睡状態だった。
医師と看護師の話によると、時々起きて水を飲んだりはしていたらしいが、私達が病室を訪れた時はいつも眠っていた。
眠りから目を覚まし、意識がしっかりとして喋れるようになったのは、団長が壁に戻ってから一週間後の事だった。



団長が目を覚ましたと知らせを受けて、私とリヴァイ兵長はエルヴィン団長の病室へ向かった。
ピクシス司令も参謀のアンカさんと共にいらっしゃった。ハンジさんはコニーと一緒にラガコ村へ向かっていたが、帰舎した後にやはり病室へ来た。

エルヴィン団長が峠を越え話ができるほどに回復したのは、それはもう喜ばしい。知らせを受けたリヴァイ兵長の安堵した顔と言ったらなかった。
しかし、病室に着いた私達は、団長の回復を喜ぶのもそこそこに、辛い報告ばかりをしなくてはならなかった。
旧地下都市にいた不法住民が憲兵と衝突したこと。
避難民を食べさせる食料の備蓄は一週間で底をついたこと。
ヒストリアの凄惨な生い立ちとその母が過去に殺害されたこと。
ニック司祭からはエルミハ区で明かしたこと以上のものは出てこず、今はトロスト区の兵舎内で匿っていること。

そして、ハンジさんとコニーが病室へやって来てからは、ハンジさんの口から更に惨憺たる報告が披露された。
ラガコ村の家屋が全て、家の内側から何かが爆発したように破壊されていたこと。
また破壊痕があるにも関わらず血痕が全く見られないこと。
ラガコ村の住人の数と、今回壁内に出現し討伐された巨人の総数が一致したこと。
以上から、今回出現した巨人はラガコ村の住人である可能性が非常に高いとハンジさんは結論づけた。
――つまり、巨人の正体は人間であるということが、ほぼ確定してしまった。

あまりの内容に、私は絶句した。
絶句する他ないではないか。

ピクシス司令は、さすが通ってきた修羅場の数が違うのか冷静な様子であったが、それでもしばらく何も喋らなかった。参謀のアンカさんにおいては、開いた口が閉じないまま顔色が真っ青だ。
兵長は椅子に座り俯いたまま、静かに声を出す。

「じゃあ……何か?
俺が必死こいて削ぎまくっていた肉は実は人の肉の一部で、俺は今まで人を殺して飛び回ってた……ってのか?」
「……確証は無いと言っただろ?」

ハンジさんの顔は暗い。
その言葉がただの気休めであることは、その場にいる全員がわかっていた。

しかしながら、その中でエルヴィン団長だけが子供のように目を輝かせ――その笑顔を見た私達は引き攣った。
殊にリヴァイ兵長は、自らの最も信頼している男のその様子に愕然とした様子だった。三白眼を四白眼にさせ、血の気も引いている。

「……てめぇが調査兵団やってる本当の理由はそれか?」

兵長が団長に向けて発した言葉の意味は、私もハンジさんもよくわからなかった。
が、どうやらエルヴィン団長はその答えをはぐらかしたらしい、ということだけはわかった。




   

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