第二十一章 団長と分隊長





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黄昏の草原では、数多の巨人と兵士達が入り混じっていた。

立ち向かう兵士達の叫び声、
立体機動のアンカーが射出するパシュッという音、
喰う者が肉を喰いちぎる音、
喰われる者の断末魔、
誰の者かもわからない泣き声、
そんなものが、この美しい夕暮れの空を満たしていた。



誰がどう見たって、状況は絶望的だ。果たしてここから生きて帰れる者がいるのか。
これが、カタストロフなのだろうか。ここで終わりなのか。

私は死を覚悟した。

ああ、遺書――やっぱり何とかして書いておくべきだった。
兵長、あなたに伝えたいことがたくさんある。

ごめんなさい、私はここまでです。
あなたに愛してもらって幸せでした。いい人生でした。
あなたのこれから歩む道が、どうかどうか幸せでありますように……。

私はいつの間にか目の前にやってきていた巨人にアンカーを刺すこともせず、エルヴィン団長の前でとうとう膝をついた。

『いいな、必ず連れて帰ってくるんだ』

兵長の声がした。

『君自身と、エルヴィンを守れ』

ハンジさんの声がした。

『隣で一緒に重さを分かち合いながら歩んでいくのは、私ではなくてあなただったのです』

ペトラの声がした。



バシンッ! 
私は自分の右手で右頬を思いっきり引っぱたいた。

何を勝手に諦めている。私は約束を守らなければならない。
ぐっと膝に力を入れ立ち上がる。目の前の巨人に向かって剣を構えた。

「ナマエ……」

エルヴィン団長は膝を折ったまま声を出した。

「団長! あなたはエレンと共に帰らなければいけません!
私が連れて帰ります!! 絶対です!!」

私は団長に向けて怒鳴り――その時だった。
周囲の巨人が一斉に動きを止め、エレンが対峙していた巨人の方へ顔を向けた。
次の瞬間、巨人達はすごい勢いでエレンの前の巨人に向かって走り出し、襲いかかった。そして、喰いちぎる。

「……は? え? なんで……」

思いがけない巨人達の行動に、私の口から間抜けな声が出た。

エレンは自身の対峙していた巨人が他の巨人に喰われている隙に、一先ずミカサを負ぶって巨人から離脱した。だが、離脱したエレンに向かって今度は鎧の巨人が走ってくる。
この鎧の巨人は他の巨人と同じ行動はしないのか? 私の頭の中を疑問が埋め尽くすが、それを処理する時間も余裕もない。

「来るんじゃねえ!! てめぇら!! クソ!! ぶっ殺してやる!!」

エレンはミカサを負ぶったまま、鎧の巨人に向かって叫んだ。すると今度は、他の巨人達は全て鎧の巨人のほうに走り始めたではないか。

「……」

奇妙な光景を私は呆然と眺めていた。

「……この機を逃すな!! 撤退せよ!!」

張り上げたエルヴィン団長の声で、私や他の兵士達ははっと我に返る。
私は、エレンがアルミンから渡された馬にミカサと共に乗ったのを確認してから、団長を振り返り言った。

「エルヴィン団長は、私の後ろに!!」

私は団長を自分の馬の後方に乗せ、紐で馬と団長を括りつける。
もうエルヴィン団長は意識を保つので精一杯だ。よく撤退の号令をかけられたものだと思う。紐で括りつけでもしないと、間違いなく落馬する。
兵士達は皆、急いで馬に乗り全速力で退却した。
一目散に逃げる私達の後ろでは、鎧の巨人に他の巨人達が群がっており、そこはまだ間違いなく、地獄絵図だった。

「団長! エルヴィン団長!!」

私は馬を走らせながら、エルヴィン団長に呼びかける。

「もうすぐ壁ですよ! 意識飛ばさないでくださいね!」

団長からは返事はない。だが、まだ生きている。背中にエルヴィン団長の額が当たっており、荒い息遣いを感じる。

何人残っているのだろう。兵士も、馬も、減った。
点呼など取る間ももちろんなく逃げ出した私達は、行きよりもかなり――半分以上は人数が減っているように感じた。
とにかく、エレンとエルヴィン団長を壁内に入れなければならない。
エレンの意識はしっかりしているようで、自ら馬を走らせている。私は視界の隅に常にエレンを置き確認しつつ、エルヴィン団長の息も確認しつつ、必死に馬を走らせた。

「……たい……」
「へっ!?」

後方のエルヴィン団長が声を出した。何と言ったか聞き取れず、私は聞き返してしまう。

「……抱きたい……」

だきたい、……抱きたい?
抱きたいとは女のことだろうか。
団長は独身だ、もちろん子供もいない。子供を抱きたい、というわけではないだろう。まさかこの状況で猫や犬を抱きたいなどと言うはずもない。
それにしても女を抱きたいなどと、普段の団長であれば絶対そんなこと私の前では言わないはずだが、これはもしかして死を間際にして生殖本能が働いているのではないだろうか。
私はそう思い至ると、ざっと血の気が引いた。

「抱きたいって、女のことですか!?」

怒鳴って言ったが、返事はない。私は肯定とみなした。

「わかりました、エルヴィン団長! どなたか……決まった方がおられますか!? 必ず私が探し出して、団長の前にお連れします!
もし、決まった方がおられなければ、私が口の堅い女を手配します! 内地で一番の高級娼婦を手配します! なんならリヴァイ兵長に奢らせましょう!
だから……だから、もう少し、耐えてください……!! 壁はもうすぐですから!!」

油断すると涙が溢れそうだった私は、大声で捲し立てる。すると、エルヴィン団長の手は私の腰に回り、私にしがみつくような格好になった。

「……君を……抱きたい……」
「……へっ!?」

また間抜けな声が出た。が、この場合は出ても仕方がないと思う。思いもかけない言葉が団長の口から飛び出したのだ。
まさか自分のことかと一瞬頭をよぎったが、次にエルヴィン団長の口から出たのは聞きなれない名だった。

「……マリー……」
「……!!」

私は息を呑み、右手は手綱を掴んだまま左手で腰の団長の手を握る。

「マリーさんですね!! わかりました、必ず!! お連れします!!」

その後、エルヴィン団長は声を出すことはなかった。
私は団長の手を握りしめたまま、ひたすらに壁に向かって走り続けた。





   

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