第二十一章 団長と分隊長





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本隊としてトロスト区からやってきた調査兵、憲兵の他に、先遣隊としてやってきていた調査兵のうちモブリットのように軽傷だった者、そして穴の位置を探していた駐屯兵団先遣隊も加え、総勢百名ほどがエレン奪還のために出立することになった。
私達はリフトでウォール・ローゼの外に降り、ハンジさんの示した巨大樹の森に向けて馬で走り出した。

ローゼの中に巨人が発生して混乱したが、ローゼの外だってもちろん巨人の領域だ。通常の壁外調査と同様に長距離索敵陣形を展開し進む。
巨人との戦闘は目的ではない。だから信煙弾で方向を変えながらできるだけ巨人のいないところを走行するのだが、陣形の展開にも、そして巨人と遭遇した際の対処にも交戦にも慣れていない憲兵は、森に着くまでの間にかなりの数が喰われてしまった。
私達調査兵は、他の兵が巨人に喰われている場面に出くわしても、最低限の交戦は行うがもう無駄だと判断した場合、または交戦することによって足止めになると判断した場合は抵抗しなかった。
有体に言えば、喰われている人間を見捨てるということだ。

これはエルヴィン団長の指示だ。
そしてその意味を私達は理解している。

この作戦の第一目的はエレンの奪還だ。そのためには一刻も早く巨大樹の森に着かなくてはならない。
喰われている兵の救出がそれを阻害するのなら、私達は救出するべきではない。
ただ、喰われている人間がいることで巨人の足止めができ、それ以外の人間がその先に進みやすいことは事実だった。

「ぐわああああっ」

また憲兵が喰われようとしている。もう巨人の口に下半身を突っ込んでいる。

「くそっ!!」

近くを走っていたジャンがそれを助けようと、馬上からアンカーを巨人の頭に刺した。

「ジャン!」

馬で走りながら私は呼び止めた。

「止めなさい!」
「で、でも……」
「戦闘は目的ではない! 今は日没までに森に着くことのみを考えなさい!」
「ぐっ……」

ジャンは悔しそうに唇を噛みしめた。

そうだよね、悔しいわよね。辛いわよね。
十五歳の少年に、目の前で喰われている人間を見捨てろだなんて。

ジャンはアンカーを戻し、前を向いて走り続けた。
後方で憲兵の断末魔を聞きながら、私達は全速力で馬を駆けさせた。



巨大樹の森の手前で、発光が確認された。

「今、森の奥の方で……一瞬光が見えました! 巨人に変化した際の光だと思われます!!」

アルミンがエルヴィン団長に向かって叫ぶ。

「……間に合ったか」

エルヴィン団長はそう言うと、大きく息を吸い腹から声を出した。

「総員散開!!エレンを見つけ出し奪還せよ!
敵は既に巨人化したと思われる! 戦闘は目的ではない! 何より奪い去ることを優先せよ!」

その喊声を合図に、調査兵、駐屯兵達は森の中へ進入し、立体機動に移り散開した。残り少なくなった憲兵は森の入り口でまごまごしている。

「そんなところでモタモタしてると喰われるわよ!!」

私は走りながらもたついている憲兵に向かって叫んだが、遅かった。また一人喰われた。

「ひぃっ……!!」

自分の同僚が巨人に喰われる様を目の当たりにし、近くにいた別の憲兵が馬上で震え上がり叫び声を上げる。

「だから、モタモタしてると喰われるってば!!」

私はその憲兵の乗っていた馬の尻を蹴飛ばし、無理やり馬を走らせた。憲兵の乗った馬は森の中へと駆けて行った。

「ナマエ、君はこっちだ! ついて来い!」

エルヴィン団長は叫ぶと、森の中に進入せず森の外側を迂回した。エレンを連れた巨人が森から出るのを見逃すまいとしているのだろう。

「はっ!」

私は返事をし、自分の後ろに何名か従えて団長の後を追った。

迂回して森の終わりまでやってきた私達の前に、ちょうど森の中から現れたのは鎧の巨人だ。
エルヴィン団長の読みは絶対に外れない。ここにエレンが一緒にいる。
私も団長も目を皿のようにして鎧を隅々まで見た。

ユミルと思われる巨人を背中に乗せた鎧、その左肩部分にベルトルトと思われる少年がいた。
ベルトルトが背中に負ぶっているのは――エレンだ!!

「いました! エレンです団長!!」

私は叫んだ。

エレンは気絶しているのか、目を閉じている。
拘束され猿ぐつわをされているが、生きているはずだ。
殺すわけがない、生かしたまま連れ去るのが目的だ。そもそも殺していれば猿ぐつわなど必要ない。

「各班!! 巨人を引き連れたままでいい!! 私に付いてこい!
『鎧の巨人』がエレンを連れて逃げる気だ!! 何としてでも阻止するぞ!!」

私達は鎧を追いかけた。

だんだんと日が沈みはじめ、夕暮れが近づいてきている。
鎧のような知性のある巨人が夜に動けるのかどうかはわからないが、どちらにしても私達には松明も何もない。
タイムリミットは近づいてきている。総員、全速力で追いかけた。
思いの外、鎧の巨人のスピードはそこまで速くはないようだ。間もなく追いつける。
後ろには一〇四期生や他の兵士達も迫っていた。

「ナマエ、このまま前進だ、鎧を追い越せ!」
「はっ!?」

エルヴィン団長の指示の意図が理解できかねた私は、疑問で返した。

「いいからついてこい! 君と数人でいい!」
「はっ!!」

同じ一文字だが、先ほどの疑問の意とは全く違う声色で返事を返した。

あなたがついて来いというならついて行く。
この人は目的を達成するために一番近い男だ。

「あなた達、ついてきなさい! エルヴィン団長に続け!」

自分の真後ろの兵士数人にそう呼びかけた。
自分の呼び掛けた兵士達のその更に後、一〇四期生達や他の大勢の兵士には指示は飛ばさない。彼らは対鎧だ。

一〇四期生達は鎧に追いつき、交戦を始めた。
エルヴィン団長は私達を率い、鎧を追い越し、進み続けた。何をするのかと思ったら――。

「……巨人!?」

エルヴィン団長が目指しているのは、鎧のことなど知らずただただ壁外で生息していた複数体の無垢の巨人だった。
近づき、信煙弾をその巨人に向けて放つ。

「!? エルヴィン団長!? 何を!?」

自殺行為ともとれるその行動に、引き連れてきた兵士数名が悲鳴のような声を出した。
エルヴィン団長は、敢えて巨人に自分達を気づかせたのだ。

「各人! 走れ!!」

そう言うとまた先陣を切って、転回し、元来た道を戻り始める。
後ろからは巨人がついてくる。初めは数体だった巨人が、その行動にどんどん引き寄せられ、いつの間にか群れとなっていた。
エルヴィン団長、私、兵士数名、そしてその後ろに巨人の群れ。
私達は全速力で馬を走らせた。

「ひっ……!!」

後方の兵士から必死の声が聞こえる。
一瞬でも気を抜けば、後方の巨人に喰われる。
向かう先は――鎧の巨人だ。

鎧の巨人のその肩周りには、一〇四期生が乗っていた。
左肩のエレンは鎧の巨人の手で覆われている。一〇四期生達は鎧の巨人とベルトルトに向かって説得をしているのだろうか。

エルヴィン団長は、このまま巨人ごと鎧の巨人に突撃するつもりだ。
巨人を巨人で攻撃するなど、常人では思いつかない。命がいくらあっても足りないからだ。
私はなぜかこの状況下で、出立前に兵長の言っていた「マジキチ野郎」という単語を思い出した。

ええ、兵長。言い得て妙ですね。
私達が忠誠を誓ったこの男は、間違いなくマジキチ野郎です。
自分の命も仲間の命も惜しげもなく賭ける。
でも確かに、この位のことをしないとあの鎧の足は止められない。あの硬い体には刃も刺さらないのだ。

だが、このままだと鎧に乗っている一〇四期生が危ない。もう私達が引き連れてきた巨人の群れは、間もなく鎧と正面衝突する。
すると私達の行動に気が付いた駐屯兵が、鎧の上の一〇四期生達に呼びかけてくれたようだ。一〇四期生達は必死の形相で一斉に鎧から飛び降りる。
それとほぼ同時に、団長、私、兵士達、そして巨人の群れの順に、鎧へ突っ込んでいく。
何人かは落馬したようだ。ぐえっというまるで蛙が潰れたような声がしたが、私は一瞬だけギュッと目をつむり、聞かなかったことにした。

「総員散開!! 巨人から距離を取れ!!」

エルヴィン団長の指示に私達は必死になって散り散りに逃げた。





   

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