第十八章 恋敵と紅茶 2





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* * *



ナマエさんへ

ナマエさんがこの手紙を手にしているということは、私はもうこの世にはいないでしょう。
この手紙は、第五十七回壁外調査の前日に書いています。
私達リヴァイ班の使命は、エレンを命の限り守ることです。私が死んだということは、他の皆は無事でしょうか。エレンを守りきれているでしょうか。それだけは気になります。
いえ、でもきっと、何があってもリヴァイ兵長ならエレンを守りきってくれるはずだと信じています。

ナマエさん、私とナマエさんの関係をどう思いますか? 何と呼びますか? 
上官と部下? 先輩と後輩? 
それとも、恋敵? 

ナマエさん、私はあなたのことをすごく尊敬しています。
私が初めての壁外調査で漏らしてしまった時、汚れるのも気にせず自分の外套を私の腰に巻き付けてくださいましたね。そして、壁外で粗相をするのはよくあることだからと、私が気にしないようにさらりと言ってくださいましたね。あの時から、優しい方なのだと思っていました。

その後あなたのことをよく観察するようになりました。なぜかって、それは、リヴァイ兵長があなたのことを良く見ていたからです。
観察すればするほど、あなたが優しくて兵士として優秀なだけではない人間だということがよくわかりました。
とにかく頭の回転が速いあなたは、エルヴィン団長に頼られていましたね。部下のことも良く見ていて、士気を鼓舞するのも上手かった。
聡明なあなたは上手く人心を掌握し、常に調査兵団の為になるよう立ち回っていました。

私もそんな風になりたいと思いましたが、残念ながら私はあなたほど頭が切れない。
だから私は私のやり方で調査兵団の為になろうと思いました。
私にできることは、仲間と共闘し一体でも多く巨人の項を削ぐことぐらい。でもそれが評価されてリヴァイ班に選出された時は、とても嬉しかったです。

リヴァイ兵長とあなたが特別な関係であることに気づくのは、そう時間がかからなかったように思います。だって、兵長があなたを見る時の目が、他の人を見るそれと違いましたから。
私は兵長のことを良く見ていたので、兵長が誰を良く見ているか、どういう目で見ているかはわかります。

兵長の執務室で二人だけで話したことを覚えていますか?
あの時あなたは、兵長と付き合っていることを私に隠さなかった。
それは、私の事を恋敵として認めてくださったからだと思っているのですが、私の自惚れでしょうか。

でもナマエさん、私は到底あなたにはかないません。
兵長のあなたに向ける目を見ればわかります。私に望みがないことなど。
だから、私は兵長に自分の思いを告げることはしませんでした。振られるのがわかっていますから。
だったら私は兵長の腹心の部下として、一生お傍で仕えようと決めました。
兵長への遺書も書きません。死んでからまでも振られるなんて、まっぴらごめんです。

ナマエさん、あなたが兵長の隣にいること、私は多分嬉しいのです。
リヴァイ兵長は、背負っている物が大きすぎる。
倒れてしまわないか私はいつも心配していました。

本当なら、自分がそれを一緒に支えてあげたかった。重さを分かち合いたかった。
でもそれは叶いませんでした。
隣で一緒に重さを分かち合いながら歩んでいくのは、私ではなくてあなただったのです。

その役割が自分だったらどんなに嬉しいか、考えなかったわけではありません。
ですが、それでも、あの大きすぎる荷物を一緒に支え合ってくれる女性がいて、それが自分の尊敬するナマエさんであるのなら、やはり私は嬉しいのです。

ナマエさん、私、兵長のことが大好きでした。
そして、ナマエさんのことも大好きでした。
私の大好きな二人が愛し合っているのは、当然で必然な気がします。

私は一足お先に行っています。こちらへ来るのはゆっくりで構いません、決して急がないでください。
あの世には巨人もいないと思いますので、またお会いしたら今度はゆっくりお話ししましょう。
きっと私達、楽しくお話しできると思います。

お元気で。



* * *



私はニファも誰もいないのをいいことに、涙をボタボタと落し続けた。膝の上に水跡がいくつも滲んだ。

――ペトラ。ペトラ。
私もあなたを尊敬していた。

そして羨ましかった。私のように腹黒くなく、純真なあなたが。私にはない素直さが。
ええ、私はあなたに兵長をとられるのが怖かった。いつも怖かった。
あなたが魅力的だから、いつ兵長の気持ちがあなたに靡いてしまわないかと心配だった。あなたは私の恋敵だった。
きっとリヴァイ兵長がいなければ、私達はすごくいい友達になれたと思う。お互いに自分には無い物を持ちあわせて、お互いを埋め合わせることができたと思う。
私もあなたが大好きだったんだよ。

ペトラ、安心して。
リヴァイ兵長が倒れてしまわないように、私が隣で見ている。約束する。
あの重い荷物を一緒に支えて、兵長が倒れないようにする。
いつかいつか、あなたやオルオ、エルド、グンタに会う時に怒られてしまわないように。あなた達、兵長のこと大好きだったもんね。

一つ謝らなければいけない。私の失態で、あなたの遺体を壁外へ置いてきてしまった。
エルド、グンタ、オルオの遺体は兵長の手で火に入れられたけど、あなたはそうしてあげることができなかった。本当にごめんなさい。
いつかウォール・マリアを奪還した時には、あなたの体を探しに行く。兵長と一緒に。
それまで、どうか待っていて欲しい。



突然、ノックもなくドアがガチャリと開いた。ボロボロと泣いていた私はぎょっとして、慌てて手で涙を拭う。
入口に立っていたのは兵長だった。

「……なかなか戻って来ねえから、様子を見に来たんだが」
「……すみません」

私は立ち上がり、涙をハンカチで拭き鼻を啜る。
兵長でまだ良かった。ニファやエレンにはこんなにボロボロ泣いているところを見られたくない。

兵長は入室すると、すっかり片付いたペトラの部屋を眩しそうに見回した。

「……懐かしいですか?」
「いや、俺はこの部屋に来たことはなかったからな……懐かしいとか、そういう感情じゃねえな」
「……そうですか」

私の涙が止まったことを確認すると兵長は言った。

「何をしてたんだ?」
「ペトラと、お喋りしていました」
「そうか……何を話していた?」

私はふふ、と笑って答えた。

「女同士の秘密です」
「はっ……そうか」

兵長は小さく笑うと、部屋の中をゆっくりと歩く。
机の上を白い手ですうっと撫でた。

「あと、謝りました。私のせいで身体を持って帰って来れなくてごめんなさいって」

私が言うと、兵長は私の方を振り返る。

「……あれは、あいつが自分から降りたんだろ」

私は目を見開いた。
兵長はゆっくりと首を元に戻し、ペトラの机に目を落としながら口を開く。

「あいつはそういう……優しい奴だった」

止まったはずの涙が、また込み上げてくる。
こぼれないように耐えた。

「……そうですね、本当に……そうだと思います」

私の出した声は、少し掠れていた。

兵長は一しきり広くもない部屋を歩いた後、私に向かって尋ねる。

「……お前とペトラは、どういう関係だったんだ?」
「恋敵です」

私は涙をこぼさないようにしながら、にっこりと微笑んだ。

「……そうか」

兵長も笑顔とは言い難いが、満足そうな顔をする。
そして私達は二人でもう一度ペトラの部屋を見渡した。

ペトラの部屋の窓からは真っ青な空と真っ白な雲が覗いていた。




   

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