第十七章 女型の巨人





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エルヴィン団長の指示で、巨大樹の森から西側の平地で、帰還のため陣形を再構築させることとなった。
まだ集合できていない者もいるが、生き残った兵士は続々とこの地に集まっている。

点呼を取り、人員を確認する。
往路よりだいぶ減っている。新兵達は生きていることに涙を流し、また死した者を思い、涙を流していた。
古参兵はもちろん涙を流している者も少なくないが、ベソベソ泣き崩れている場合ではないということがわかっている。涙を流していても手を止めることはない。
今のうちに馬に餌を与え、怪我人の手当てを行い、少なくなった人員で再構築した陣形を頭に叩き込まなければいけないのだ。

巨大樹の森から、遺体回収班が帰ってきた。
森の中及びその周辺で回収可能な遺体を回収し、荷馬車に積むよう指示があったのだ。

遺体回収班は精鋭で組織された。女型の巨人に群がってはいるが、まだ森の中には巨人達がいるためである。
精鋭達の動きはさすがに無駄がなく迅速で、数往復のうちに可能な遺体は全て回収してきた。戻ってきた遺体は氏名を確認され、麻布で包まれる。
私は部下と共に遺体の確認を行っていた。
所属と名前を記帳していく。記帳の済んだものから順に、部下が麻布に包んだ。

そこへ、遺体回収班が新たな遺体の山を持ってきた。顔が青ざめている。

「……どうしたの?」

こんなことは言いたくないが、遺体の回収なんて調査兵団には日常茶飯事だ。
決して慣れることがないし慣れてはいけない仕事ではあるが、彼らは古参のベテランだ。遺体の回収ぐらいで顔を青ざめさせる理由が思いつかない。何かあったのか? 

「ナマエさん……あの……」

彼らが積んできた遺体を見て、私も息を飲んだ。すぐにエルヴィン団長を呼ぶ。

「だっ……団長!!」
「どうした、ナマエ……っ」

エルヴィン団長もこちらにやってきて、声を失う。

遺体の山、その一番上に積まれていたのは、エルド、グンタ、オルオ、ペトラの遺体だった。

「リヴァイ班が……」

遺体を運んできた兵士の青ざめた顔の原因はこれだ。
精鋭中の精鋭、リヴァイ班の四人もの遺体。

団の中で一番死から遠いと思われていた彼らが四人揃って死を迎えるなど、想像していなかった。
そして、彼らが亡くなったということは、エレンの護衛がいなくなったということだ。

どういうことだ、女型の巨人を確保した時は、全員無事だったではないか。
エレンと一緒に捕獲を喜んでいたではないか。

「ちょっと……どういうこと!?」

無駄だとわかっていたが、私は思わず遺体を運んできた兵士に問うてしまった。

「エレンは!?」
「リヴァイは!?」

エルヴィン団長と駆け付けてきたハンジさんが口々に遺体回収班に問う。二人もその問いが無駄だとわかっているが口から出てしまっているのだ。

エレンを護衛していたリヴァイ班のうち四人が死亡、兵長の姿も見当たらない。
エレンはまだこの地には来ていない。まさか、エレンが敵に……!?

そこへ、エレンを抱きかかえた兵長と一人の新兵が、森から走ってきた。

「リヴァイ兵長!」

良かった……私はほっとして膝が崩れそうになるのをぐっとこらえた。

「エレンは!? 無事!?」

ハンジさんが怒鳴る。

「ああ……生きてる。汚ねえが……。
エルヴィン、お前の判断は正しかった。もう一度女型の巨人が出たぞ」
「は!?」

私とハンジさんは思わず声を出した。

「エレンが連れ去られたが、俺とこいつが気づいてすぐに追いかけることができた」

そう言って兵長は隣にいる新兵を親指で指した。

「だが、女型の始末と中身の確認は諦めた。エレンを回収するのでやっとだった」

兵長の隣の新兵……あれは確か、審議所にいたエレンの友人。
兵長がエレンを蹴りあげた時にすごい形相をしていたし、エレンが巨人化した際に彼女に拳を振り上げたかとザックレー総統から訊ねられていたから、覚えていた。
名は……ミカサ・アッカーマン。今頭は大混乱しているが、なんとか記憶を呼び起こして思い出した。

エレンは口の中に入れられたのか、女型の唾液……だろうか? とにかく何かしらの体液でぐちゃぐちゃに汚れている。
私は遺体保管用の麻布を一枚取り出し、エレンを拭くようミカサ・アッカーマンに指示した。
ミカサははいと頷いて、エレンを大切そうに拭きはじめた。

――犠牲は甚大だ。
そんなことは最初からわかっていたのだが、彼ら四人の死を目の当たりにし、その思いが強くなる。
だが、エレンが無事だったのは不幸中の幸いだ。
リヴァイ班は文字通り命の限りエレンを守ったのだ。

「兵長……」

遺体の山の中にリヴァイ班の姿を見つけしゃがみこんだ兵長に声をかける。
兵長は私の呼び掛けには答えず、ぺトラ達の胸の紋章を取ると自分のポケットに仕舞った。
その顔は一見無表情に見えるが、私にはわかる。深い悲しみが瞳の奥に覗いている。
自身が選んだ班員の死だ。一度に四人だ。

私は四人の遺体とその前に跪く兵長の背中を見て涙がこみ上げそうになった。
しかし決して泣かない。本当に泣きたいのは私ではなくこの人だ。

兵長は紋章を取り終えると立ち上がり、私の肩にポンと手を置いた。
その足の動きに私は違和感を覚える。

「兵長、足を……?」
「……ああ、エレンを取り返す時に粗相をした。多分ヒビだと思うが。医療班はどこだ」
「あちらです、肩をお貸ししますか」
「いい、歩ける」

そう言って、一人で医療班の下へ歩いて行った。

この人も、私も、涙を流さない。
ハンジさんも、ミケさんも、エルヴィン団長もだ。
今は泣いている場合じゃない。これ以上の犠牲を出さないために、これ以上部下が涙を流さないために、今すべきことは泣くことじゃない。
私は喉の奥で悲しみを押し殺し、遺体の確認に戻った。
黙々と遺体の名前を確認し、記帳していく。部下達も一言も喋らず遺体を麻布に包んでいく。
包んだ遺体を積んでいる者も、馬に餌をやっている者も、周囲を警戒している者も、無駄口を叩く者は一人もいない。
これだけの犠牲者を目の前にして、騒げる神経を持ち合わせている人間はそうはいないだろう。
生き残った調査兵は既に全員がこの場に集まっているはずなのに、異様に静かだった。

その静かさを大声が打ち破る。

「納得いきません! エルヴィン団長!」

声の方向を見ると、騒いでいるのは自分の分隊の人間だった。
第三分隊のディターとユルゲンだ。

「回収すべきです! イヴァンの遺体はすぐ近くにあったのに!」

イヴァンというのも第三分隊の兵士であったが、今回の壁外調査中に亡くなった。
イヴァンの遺体が回収不能だったらしく、そのことをエルヴィン団長に食い下がっているようだ。
部下が騒ぎを起こしていると知った私は記帳を他の兵士に任せ、ディターとユルゲンの元へ駆け寄った。

イヴァンの遺体のすぐ近くに巨人がおり、二次被害に繋がる恐れがあるため回収はできないと説明する先輩兵士のペールさんに対し、ディターは噛みついた。

「巨人が襲ってきたら、倒せば良いではありませんか!」
「やめなさい、ディター」

私は走り寄ってディターを制した。

「しかし、ナマエ分隊長……」
「イヴァンは、同郷で幼馴染なんです。あいつの親も知っています。せめて連れて帰ってやりたいんです!」

ディターと一緒にユルゲンも声を上げた。

「我儘を言うのはやめなさい。あなた達もう新兵でもないでしょう、これがどういう状況かわからないの!?」

私は二人に対して思わず声を荒げた。そこへ無機質な声が割り込む。

「ガキの喧嘩か」
「リヴァイ兵長……」
「死亡を確認したなら、それで十分だろう。遺体があろうがなかろうが死亡は死亡だ。何も変わるところはない」
「そんな……」

ユルゲンは絶望した様子で声を震わせた。

ディターとユルゲンの気持ちがわからないわけではない。
せめて遺体を持ち帰りたいという気持ちは皆が持っている。

しかし、それがきっかけで二次被害を引き起こすようなことがあってはならないし、今まで遺体を持ち帰れなかった兵士もたくさんいる。
巨人の胃の中に入った後に吐きだされ、顔を見てももう誰だかわからなくなってしまった兵士もたくさんいる。
イヴァンだけが特別なわけじゃない。
そう思えるのは、私が調査兵団に長くいるからなのだろうか。それとも人の上に立つ幹部だからなのだろうか。
いや、仮にもしそうで、まだ若手のディターとユルゲンにはそれがわからないとしても、今、わからせなければならない。

「イヴァン達は行方不明として処理する。これは決定事項だ、諦めろ」

そう言ってエルヴィン団長とリヴァイ兵長は去って行く。

「……」

ユルゲンは悔しそうに唇を噛みしめていたが、ディターは黙っていられなかったらしい。

「お二人には……人間らしい気持ちというものがないのですか!?」

ぱしんっ
その言葉を聞いた私は、カッとなり、ディターの頬を平手打ちした。

人間らしい気持ちがないだって? 
本当にそう思うのならお前の目は節穴だ。
二人がどれだけの覚悟と責任を背負い、この場に立っているのかわからないのか。

調査兵団の命を(なげう) ってでも、人類を救うために女型の巨人を捕獲しようとしたエルヴィン団長の決意がわからないのか?
リヴァイ班の胸の紋章を取り、それを大切にポケットに入れた兵長が人間らしくないというのか?

言いたいことは山ほどあったが、今は便々と説教している場合じゃない。
だいたい、長々口を開こうものなら私の口から嗚咽が出てしまいそうだ。それだけは避けねばならない。

「口が過ぎるわよ、ディター」

頬を抑えているディターを睨みそう言うに留め、私もその場から立ち去った。
エルヴィン団長とリヴァイ兵長が部下を平手打ちした私をちらりと見たが、二人ともすぐに視線を元に戻し、歩みを進めた。




   

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