第十七章 女型の巨人





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本日、第五十七回壁外調査が実施される。

早朝から私達調査兵団はカラネス区の門前で待機していた。トロスト区の門は、巨人化したエレンによって岩で塞がれたため、今回は東のカラネス区からの出立となる。

「開門始め!」

門がギギギ……と低い音を立て、上がり始める。風が壁外から入り込み、私の前方にいる団長の外套を揺らした。自由の翼がはためく。
今回の壁外調査は、間違いなく相当に辛い物になるはずだ。
壁外調査の目的を調査兵団内で統一せずに出立するなど、私の知る限りでは今までになかったことだ。意思の統一をせずに一枚岩となれるわけがない。
だからこそ、何が何でも敵を捕獲しなくてはいけないのだ。結果を出さなければいけない。

ハンジさんは見事、対特定目標拘束兵器を完成させた。
あとは私達ナマエ班が、どこに潜んでいるかわからない敵を欺きながら拘束兵器を運搬し、目標地点で発動させる。
失敗は許されない。間違っても、この兵器を巨人に踏みつぶされるようなことがあってはいけない。敵に拘束兵器だということがばれてもいけない。

いつも以上に鼓動が速い心臓を落ち着かせるために、こっそりと深呼吸をする。動揺していると部下に思われたくない。

――私は、この自由の翼に心臓を捧げる。

団長の背負う自由の翼を目に焼き付け、ふっと息を吐いた。



「第五十七回壁外調査を開始する! 前進せよ!!」

エルヴィン団長の勇ましい咆哮を合図に、調査兵団は一斉に馬を走らせ始めた。

「進めええぇぇ!!」

ドドッドドッという馬の足音と共に、私達は進み続けた。



平地に出て長距離索敵陣形を展開した後、私は後方へ移動する。
三列一、通常荷馬車の運搬班が異常ないことを確認すると、更に後方に移動し、今回の持ち場である四列一、対特定目標拘束兵器の運搬班に合流した。エーリヒとカールに荷馬車を引かせ、私とダミアンは護衛だ。
私達四人は無言のままお互い目配せをし頷き合った。この拘束兵器を、命に代えても守る。

この四列一はエレンを護衛している五列中央に次いで陣形の中で安全な位置である。だから直接は巨人を目にしなかったが、右翼側から赤、黒の煙弾が上がっているのは確認していた。

緑の煙弾に従って馬を走らせていたところ、右側から伝達がやってきた。

「口頭伝達です!!」

伝達に来た兵士は汗を掻いている。馬の足音に負けないよう大声で叫んだ。

「右翼索敵壊滅的打撃!! 索敵一部機能せず!! 以上の伝達を左に回してください!!」

……来たか、右側からか。

この右翼側を壊滅状態に陥れたのが、エルヴィン団長の言うところの「兵士に紛れている敵」なのだろうか。
既に、死者多数……まだ往路だ。しかも目的地が見えてもいない。
やはり、予想通りだ。この壁外調査の犠牲は甚大な物になる。
私は舌打ちをしたい気持ちを抑えながら、ダミアンを伝達に行かせ、馬を走らせ続けた。



四列一は、巨人に遭遇しないまま、真の目的地である巨大樹の森に着いた。
森の中に侵入してからもしばらく馬を走らせていると、エルヴィン団長とその側近が二名、そしてハンジさんが私達の到着を待っていた。
ここで、四列一は停止。ここが対特定目標拘束兵器の発動ポイントになる。

「ナマエ、ご苦労だった」

エルヴィン団長に、無事に兵器を運搬したことを労われる。

「いえ、索敵班が命を賭して戦ってくれたおかげです。私達は巨人に遭遇しませんでした。
……敵は、右側からやってきている者でしょうか?」
「ああ……恐らくな。リヴァイ班が無事にエレンをここまで引っ張って来られれば、エレンに接触するために敵も来るだろう。
その時が、この拘束兵器で捕獲する最初で最後のチャンスだ」
「早く設置してしまおう、いつ来ても良いように」

ハンジさんの声に、私達ナマエ班は頷く。

この拘束兵器の製作者であるハンジさんの指示に従い、東西南北に拘束兵器を設置する。
四方向から敵を取り囲み捕獲用の網を射出させ、一気に動きを封じるのだ。
私、ダミアン、エーリヒ、カールは、それぞれ四つ配置した兵器に一人ずつ待機した。

待機しているうちに、ミケさん、モブリットなど、五年前というラインで区切られた「真の目的」を知る兵士達が集まってきた。ここで敵を待ち構える。
私達四人は誰も言葉を発さず、ただひたすらに待った。



そして、合図は来た。
キイイイイイィィィィン……
――リヴァイ兵長の音響弾だ。
これからやって来る。私達は手に汗を握りながら待機を続けた。

そのうち、ドドッドドッという馬の足音と、それとは違う低い音……恐らく、敵と思われる巨人の足音、そして人間の叫び声が聞こえてきた。

「うわあああああっ」
「ああ――――っ」

遠くに聞こえる、最期の絶叫。兵士が殺されている。
クソ、と心で思うのみに留め、決して声を出さない。
皆悔しそうな表情をしているが、誰も声を発しなかった。ただひたすらに敵がこのポイントに足を踏み入れるのを待つ。

「目標加速します!!」
「走れ!! このまま逃げ切る!!」

来た! グンタと兵長の声が聞こえた。
遠くに五人固まって、エレンを護衛しながら走るリヴァイ班の姿が見える。

その後ろに、私は初めて敵の姿を見た。

なんだ、あの巨人は……女型? 巨人にしては珍しい体型をしている。
女性の持つ乳房のような物を持っている。顔も女性らしいし……。
そして、なんだあの移動速度! 速すぎる! 
私はゾッとした。こいつに何人殺されたのか……。

リヴァイ班はどんどん近づいてくる。その後ろに女型の巨人もどんどん迫ってくる。

「兵長!」
「進め!!」

ペトラと兵長の声だ。

早く、早く駆け抜けて……無事に逃げ切って……! 
私は震えて祈りながら、エルヴィン団長の合図を待った。

「撃て!!」

今だっ! 
私、ダミアン、エーリヒ、カールは四人同時にエルヴィン団長の声に合わせ、兵器を発動させた。

ドドドドドドッ!!

対特定目標拘束兵器は、予定通り敵に対して網を射出し、その巨体を捕らえた。

兵器が巨人を捕らえる音が鳴りやむと、リヴァイ班の馬の音だけが遠くに響いた。
その音も徐々に小さくなり、辺りは静まり返る。

やった。捕えた。敵の捕獲に成功した! 
私は、班の全員と顔を見合わせ、大きく頷いた。カールはペタリとその場にへたりこみ、ほっとした顔をしている。

「やった……」

私の後方で待機していたハンジさんが呟いた。私は後ろを振り返り、ハンジさんと目を合わせ、二人で力強く頷き合った。

「どーだエレン! 見たか!!」
「これが調査兵団の力だ!!」

少し先のところで、リヴァイ班が騒いでいる声が小さく聞こえてくる。どうやら捕獲に成功したことを認識したようだ。

しばらくすると、兵長が立体起動装置で飛んできた。ここからは兵長とミケさんの仕事だ。
この女型の巨人の項を削ぎ「中の人間」を引きずり出す。
知性を持つ巨人だ。エレン同様、項の中に人がいるはずなのだ。
しかし、兵長とミケさんならすぐに済むだろうと思っていた仕事だったが、苦戦しているようだ、えらく時間がかかっている。

「肝心の中身さんはまだ出せないのか? 何やってるんだよ、リヴァイとミケは……」

ハンジさんが呟いた。

見ると、女型の巨人は両手で項を守っている。
その両手は硬化されているようで、兵長もミケさんも刃を通すことができずにいた。
しかし、捕獲はできたのだから焦ることはない。なんとか中から引きずり出す方法を見つけさえすれば……そう思っていたところだった。

ぎいやあああああああっ
ぎいやあああああああっ
ぎいやあああああああっ
ぎいやあああああああっ

思わず耳を塞いだ。
周りを見ると、その場にいた全員が両手で耳を塞いでいた。女型の巨人が四度叫んだのだ。

「断末魔……ってやつですか? 迷惑な……」

モブリットが言い――しかし、それは断末魔の叫びでは無かったのだ。

「エルヴィン! 匂うぞ!」

ミケさんが突然叫ぶ。

「方角は?」
「全方位から多数! 同時に!」

ミケさんの怒鳴り声と同時に、すぐに巨人が三体、東から走ってやって来た。

「荷馬車護衛班、迎え撃て!!」

エルヴィン団長の指示を聞き、私、ダミアン、エーリヒ、カールは立体機動で三体の巨人の目の前に飛び出した。
やつらの注意を引いたうえで、眼を潰し踵骨腱を削ぎ項を……と思っていたら、目標の三体は私達を無視し、前方に向かって走り続けた。

「は!?」
「無視だと!? 奇行種なのか!?」

三体は女型の巨人に向かってまっしぐらに走り――最後は女型の巨人の項に立っていたリヴァイ兵長に、三体とも項を削がれた。
しかし、それで終わりではなかった。周囲から音がする。
……嫌な音だ。あってはいけない音だ。
ドドドドド……
巨人の、足音だ。

「全方位から巨人出現!!」

誰かが叫んだ。
すぐに大量の巨人が私達の目の前まで走ってやって来る。その数……二、三、五、七、十……ここまで数えて止めた。無駄だ。数えきれない。

「全員戦闘開始!! 女型の巨人を死守せよ!!」

女型を死守!? この大量の巨人は女型を狙っているのか!?
エルヴィン団長の張り上げた声に、私達は目を剥いた。

私を含む五年前より調査兵団にいた古参の兵士達は、全員立体機動で飛び出した。
女型の巨人に群がる大量の巨人を調査兵団が削ぐ。
一体何体いるのかわからないが、とにかく片っ端から眼を潰し、足を削ぎ、項を削いで、削いで、削ぎまくった。
皆巨人の返り血にまみれ、周囲には巨人が絶命し蒸発する際の蒸気が立ち込めた。
それでも巨人が多すぎる。始末してもしてもしきれない。
始末が間に合わなかった巨人は、女型の巨人に齧り付いた。
女型の巨人の腕がもげ、足が千切れる。
――巨人が巨人を、喰っているのだ。
まるで、地獄絵図だ。

「全員一時退避!!」

エルヴィン団長の声に、私達は一旦樹上に戻る。
皆五年以上生き残っている百戦錬磨の兵士達だ。しかしその兵士達が全員、汗をかき、息を切らし、肩で呼吸を整えている。

「やられたよ……自分ごと巨人に食わせて、情報を抹消させてしまうとは……」

そう言ったエルヴィン団長の顔色は悪い。真っ青だ。
もう女型の巨人はほぼ蒸発してしまっている。

私達を散々甚振ったあの女型の巨人は、筋肉はもうほとんど無く、骨を残すのみとなっていた。
それでも大量の巨人達は、わずかに残った肉を奪い合い最後の一かけらまで喰い尽くそうと、蒸気を上げる女型の巨人「だったもの」に未だ群がっていた。

「総員撤退!! 巨人達が女型の巨人の残骸に集中している内に馬に移れ! カラネス区へ帰還せよ!!」

エルヴィン団長の声が響いた。苦渋の決断だった。

まさか、こんなことになるとは誰が予想できたであろうか。
捕獲には成功した。それなのに……自分を喰わせるなんて……。
私達は、大きな犠牲を払ったにも拘らず、敵の情報を何も引き出すことができないまま帰還することになってしまった。




   

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