第十六章 Intermezzo 3 ――間奏曲 3――





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私が旧調査兵団本部を訪れてから数日。

あの時の、エレンとの対話の内容及びその際の様子は、全て報告書にまとめエルヴィン団長に提出した。エルヴィン団長は私の報告書にご満足いただけたようで、これからも随時エレンの状態を報告してほしいと要望された。
リヴァイ班については、未だ旧調査兵団本部に拠点を置いた生活を送っているが、本日はリヴァイ兵長のみ現本部に来ている。
今日は幹部会議だ。

「ナマエ、廊下に誰もいないことを確認して鍵をかけてくれ」
「……? はい」

エルヴィン団長が、一番ドアに近い席に座っていた私に指示を出した。私は言われた通り、ドアの外に人影がないことを確認し、鍵をかける。
いつもは会議であっても鍵をかけることなどしない。ということは、つまり。

「重要会議だ。絶対に外に漏らすな」

団長の声は固かった。



エルヴィン団長の話を要約すると、こうだ。

壁を壊そうとする連中が兵団の中にいる。
彼らは、恐らく五年前、八四五年の超大型巨人の襲来と共に壁内に発生もしくは潜入したと考えられる。そして、先般のトロスト区の襲撃も彼らの仕業だ。
エレン同様巨人の姿をした人間である敵は、マリアに引き続きローゼも破壊した。その際、エレンが巨人になったことを知ったと思われる。
エレンの巨人化は恐らく彼らにとって重大事項だったようだ。ローゼの破壊を途中で止めている。エレンの巨人化を知り、壁の破壊どころではなくなったのだろう。
つまり、エレンが巨人になったことを知ることができた、トロスト区攻防戦に参加した人員の中に敵はいるはずだ。

また、敵が兵団の中に紛れているとすれば、トロスト区で捕獲した二体の巨人、ソニーとビーンを殺害した犯人が兵士だというのも辻褄が合う。
彼らは貴重な被験体を殺害し、我々の邪魔を試みたのだ。

今回の壁外調査は、表向きはエレンをシガンシナ区まで運ぶための試運転と位置付ける。
しかし、エレンを壁の外に出すことで敵をおびき寄せ、捕獲することが真の目的だ。

この真の目的は、五年前より調査兵団に所属している人間にしか伝えてはいけない。
兵団の中に敵が紛れている以上、確実に敵ではないと断言できるそのラインで容疑者を区切る他ない。それ以外の者には、表向きの目的のみを伝えることとし、敵が壁内に存在していると我々が考えている事も、その敵が知性のある巨人として現れると考えられることも、悟られてはいけない。

「……つまり、五年以上前から調査兵をやっている人間にしかこの目的は伝えないってことだね?」
「……作戦の真の目的を知らない者から、犠牲者が大量に出るだろうな」

ハンジさんとミケさんが静かに言った。
エルヴィン団長は机の上に肘をつき、両手を組む。

「覚悟の上だ。
これが上手くいけば……敵の炙り出しに成功し捕獲できれば、我々の悲願であるこの世界の真相を知れる情報が手に入るかもしれない」

会議室は静まり返った。

エルヴィン団長を私は本当に尊敬している。
その上で言うが――エレンなどではない、この人こそ化け物だ。

美しい外見からは想像もできない、とんでもない物を腹の中に飼っている。
目的のために自分の命も他人の命も、容赦なく切り捨てる。冷酷非道と世間から指を指されても全く意に介さずに。
それでも、私達はこの人についていくのだ。
この人なら人類の未来を変えられると本気で信じているからだ。

「……了解だ、エルヴィン。お前の判断を信じよう」

リヴァイ兵長が口を開いた。それは、その場にいた者の総意である。
私も、ハンジさんも、ミケさんも、兵長の言葉に頷いた。

それから、五年以上前より在籍している兵士にのみこの情報と作戦の真の目的を伝達する場を設けた。またそれ以外の兵士には、エレンの居場所を知られないようにするための偽の作戦企画紙を作成、配布することにした。
陣形の訓練は、ミケさんとその部下が中心となり、真実を知らせる兵士と、そうでない兵士にそれぞれに行った。もちろん、どこに敵が潜んでいるかわからないため、兵士を区切っている事を悟られるわけにはいかない。その辺はかなり慎重に事が進められた。

ハンジさんはこれを機に、兵器の開発と巨人の捕獲・実験に専念する隊として、第四分隊を設立・異動。引き続き分隊長に就任。もちろん優秀な副官であるモブリットもセットだ。
エレンの巨人化実験を行うと同時に、以前より開発を手掛けていた対特定目標拘束兵器も、壁外調査までの完成が必須とリミットが設けられた。

私は偽の作戦企画紙の作成を担当した。
ダミーで何枚も作るのはかなり骨が折れた。これは下手に人に任せられる仕事ではない。情報はどこから漏れるかわからないのだから。だから全て一人で行った。
更に、エレンの実験と拘束兵器の開発を同時進行している第四分隊へも、我が第三分隊からかなりの人員を回し協力した。
壁外調査前は毎度訓練や準備で忙しい物だが、今回はいつにもまして、幹部全員が奔走していた。



私は執務室で作戦企画紙を広げていた。
「真の」作戦企画紙である。

今回の壁外調査の運搬は、我が第三分隊に任せられた。三列一、及び四列一だ。
運搬に関わらない分隊員は、三列と四列の伝達に回ることになる。
三列一では、通常の物資や食料を乗せた荷馬車を運搬・護衛。四列一で、ハンジさんが開発した対特定目標拘束兵器を運搬・護衛する。
四列一は、五列中央・エレンのいるリヴァイ班に次いで、陣形の中で安全な場所だ。この対特定目標拘束兵器がいかに手厚く扱われているかがよくわかる。

対特定目標拘束兵器は、一見では通常の荷馬車と見分けがつかないような形状になる。
しかし、目標地点に着いた後に実際にこの兵器を使用するのも運搬をする人間だ。よって四列一の人間は、真の目的を知る五年以上在籍している兵士で、かつ絶対に兵器を守り切れる優秀な者でなければならない。

四列一は、私自ら――我がナマエ班が担当することに決めた。
私、ダミアン、エーリヒ、カールの四名だ。全員五年以上前から在籍している古参の兵士である。
カールは……まあ、天然が玉に瑕だが、兵士としてはかなり優秀だ。ダミアン、エーリヒについては私の右腕・左腕と言ってよい。

対特定目標拘束兵器の開発には多額の資金が動いている。ここで成果を持ち帰らなければ、出資者が黙っていないだろう。
開発に携わっているハンジさんはもちろん責任重大だが、敵を欺きながら、且つ巨人から守りながらこの兵器を目標地点まで到達させ、然るべきタイミングで発動させるという任務を負う私達も、同様に責任重大だ。
重責に押しつぶされそうだが、弱音を吐いている場合ではない。
人類の未来が変わろうとしている。今はそういう状況だ。

ふうとため息をついていると、執務室のドアがノックされた。

「はい? どなた?」
「モブリットだ」
「どうぞ」

ガチャリとドアを開けてモブリットが入室してきた。

第四分隊の副長であり、ハンジさんの優秀な副官であるモブリット。
入団で言えば私より一年遅いのだが、生まれ年は一緒である。
同い年ということもあり、私とモブリットは互いに敬語を使わず呼び捨てで呼び合う間柄だ。

「どうしたの? モブリット」
「ナマエ……頼みがあるんだ……」

モブリットもハンジさんと一緒に徹夜が続いているのだろう。目が充血しており、隈も見える。

「何?」
「ハンジ分隊長を……」
「……何?」

モブリットは拳を握りしめていたが、次の瞬間、バッと腕を上げたかと思うと私の肩をぐっと掴んで叫んだ。

「風呂に入れてくれ!!」
「……は?」

私は唖然とした。風呂? 

「俺は……ハンジ分隊長については、なんでもサポートしたいし、あの人をサポートできるのは俺だけだとも自負している! 何日徹夜しようともついていくし、どれだけ書類を丸投げされようとも全てこなしてみせる! 
だが……だが……風呂にだけは入れられない!!」

モブリットに肩をガタガタと揺さぶられ、その勢いに圧倒される。

「お、おう……」
「もう限界だ! あの人はもう四日風呂に入っていない! 肩にフケが積もっているし、なんだかちょっと臭い! あのニファですら閉口している! 君のとこの分隊から駆り出されている奴らも多分、いや絶対引いている!」
「わ、わかった。とりあえず落ち着いて?」

もはや涙目になりながら捲し立てるモブリットを肩から引きはがし、椅子に座らせた。

「お風呂ね……わかった、入れるから。今日夕食後、引きずり出すわ。身体あっためて、少し仮眠もさせたほうが良いよね?」
「ああ……助かるよ。分隊長以外の人間は、多分睡眠不足で効率落ちてるし、分隊長が寝ている間に休んでもらおう」

私はモブリットにハーブティーを入れた。
兵長は紅茶が好きだが、私はどちらかというとハーブティーやジャスミンティーのほうが好きで(紅茶も嫌いではないが)、執務室と居室に常備している。

「ああ……落ち着くな、この茶は。ありがとう」
「それ、いいでしょ。今日はもうハンジさんにコーヒーも紅茶も与えないで。カフェインで眠れなくなる。この茶葉持って行っていいから、何か飲み物頼まれたらこれ淹れてあげて」
「わかった」

モブリットはお茶を飲み干すと、

「ありがとう、頼んだよナマエ」

と言って執務室を出て行った。

そう言えば、ハンジさんの顔をしばらく見ていない。食堂で一緒になることもとんとなかった。
私も忙殺されて食べたり食べなかったりだったし、食べても食堂でではなく執務室に運ばせることもままあったので、最近顔を合わせる機会がなかった。

その日は私もきちんと食堂で夕食を食べたあと、ハンジさんの執務室に向かった。




   

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