第八章 Intermezzo 1 ――間奏曲 1――
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「ああ、いたか」
「兵長」
もう秋も終わりで、夜になるとかなり冷える。
でも私は屋上に通い続けていた。正確には通うのを再開して、それからずっと通っている。
兵長はずっと通い続けていたのかどうかは知らないが、私が再び屋上に現れるようになったら、何事もなかったかのように、以前のように話しかけてきた。
私が失礼を働いたことも、屑野郎に凌辱されたことも、その後私が泣いたことも、それを兵長が抱きしめてくれたことも――何事もなかったかのように。
全部なかったことにしてくれるのであれば都合が良かったので、私も敢えて触れず、それに便乗して今に至る。
三か月前の、私が兵長を好きだと認識する前の関係に戻れたような気になる。
「お前、何飲んでるんだ」
「これですか? グリューワインです」
「なんだそれ? ……なんか良い香りがするが」
「これは、ワインにスパイスと砂糖を加えて温めたものなんですよ」
飲んでみますかと勧めると、兵長は少しだけ口をつけた。
「……」
あまりに微妙な顔をしたので、笑ってしまう。
「お気に召しませんでしたか」
「まあ、人の好みはそれぞれだからな」
兵長は、はっ、と笑った。
そんな、他愛もない――言葉遊びのような。
本当の気持ちをなかったことにして繰り広げる、上っ面だけの会話は、楽だし、楽しい。
* * *
エルヴィンとミケと酒場で飲んでいた時だった。
「リヴァイ、ナマエとはどういう関係なんだ」
突然のミケの質問に、俺は眉を顰めた。
「あ?」
エルヴィンは薄ら笑いを浮かべている。
「どういうって、俺は兵士長であいつは分隊長だ。上官と部下、そういう関係だろ」
ぶっとエルヴィンが吹き出し、笑いを堪えている。胸糞悪い。
「……じゃあ、質問を変える。業務時間外にお前ら二人でいる時の関係はなんだ?」
ミケはそう言ったが、俺は答えられなかった。
「……わかんねえな。いちいちどういう名称の関係かなんて考えた事ねえからな」
そうだ、わからない。俺達の関係がどのような物かなんて。
「俺はただ、あいつと一緒に酒を飲んだり話したりするのは悪くないと思っている。
実にならないくだらないことを話したり、仕事の愚痴を言い合ったりする仲だ。
その関係がどんな名前かなんて気にしたことなかったが、お前らならこの関係をどう呼ぶんだ?」
俺はミケとエルヴィンに尋ねた。
答えは――俺も知りたい。
「……お前とナマエがお前の言葉通りの関係で、それ以上のこともそれ以下のことも何もなかったとすれば、お前らの関係は『友達』だな」
「――『友達』か」
それもいいじゃねえか。ナマエと一緒にいるのは楽しい。
その関係が友達という名前なら、それでいい。
「リヴァイ、枕詞は聞いてたか?」
「……あ?」
エルヴィンの言葉に、再び眉を顰める。
「『友達』の前には枕詞がついていただろう? 『お前の言葉通りの関係で、それ以上のこともそれ以下のこともなかったとすれば』だ」
俺は視線をグラスに落とした。
こいつらと飲むと時々こんな風に、酒が一気にまずくなる。
* * *
ハンジさんの部屋で、二人で飲んでいた時だった。
「ナマエ、リヴァイとはいったい今どういう関係なの?」
「……え?」
ふざけているわけでもなく、真剣な質問なのだと思う。だから、正直に答えることにした。
「……わかりません。ただ、一緒に他愛ないお話しをして、お互いにくだらない冗談を言い合ったりしながら、一緒にお酒を飲む関係です」
そう、わからない。私達の関係がどういう物かなんて。
「ナマエの気持ちは、どうなったの?」
「以前にも言ったはずです。自分の気持ちは自分で始末すると」
そうだ、始末した。
なかったことに――小さな瓶の中に詰めて、蓋をして、紐でぐるぐる巻きにし、胸の奥深く深くに沈めた。二度と取り出せないように。
「私達の関係って、どんな名前なんでしょうね?」
敢えて明るい声色で問うと、ハンジさんは答えた。
「ナマエの言うとおり、他愛ない話と冗談を言い合う関係なら、『友達』だろうね」
「――『友達』ですか。いいじゃないですか、それ」
私はハンジさんに向かって微笑んだ。が――
「ナマエ、私は人間関係の専門家じゃない。
……今の答えは、君の奥底に眠っている気持ちを全く考慮しないで導き出した物だと思ってもらった方がいいな」
私は視線をグラスに落とした。
ハンジさんはいつも私に甘いくせに、時々こんな風に急に手厳しくなるのだ。