番外編 微熱ワルツ





02




* * *



一週間、空き時間は全てダンスの練習に当て、そして夜会当日。



いつの間にか手配されていたシャンパンゴールドのドレスが私の居室へ運び込まれていた。背中が大きく開いたスタイルは、普段兵服ばかり着ているせいか、そわそわむず痒い。
だが問答無用だ、夜会に向かうのだからこれを着るしかない。
コルセットをグッと締め、私には少し豪華すぎるドレスを纏った。手持ちのジュエリーもつけ、髪の毛もアップに整える。
壁外調査ほどではないにしても、私の意識はほとんど戦地へ赴くそれだった。

15時。内地へと向かう馬車が兵舎の正門前へ到着する時刻だ。
私が正門前へ着いた時には、エルヴィン団長とリヴァイ兵長、ミケさんは既に正装で待機していた。

「お待たせしてしまいましたか」

慌てて駆け寄ると、エルヴィン団長は片手で私を制した。

「走らなくて良い、転んだら大ごとだ。
ドレスよく似合っているよ、ナマエ。それだけ着こなしてくれると作らせた甲斐があるというものだ」

団長は流石スマートに褒めてくださる。いえとんでもない、とかなんとか、通り一遍の謙遜を返した。
団長だって、正装姿はどこの王子様かと思うほどに美しい。黒いタキシードと金髪のコントラストが華やかだ。ミケさんも、ガタイの良さがタキシードに映えている。
とは言っても、彼ら2人の正装を見るのは初めてではなかった。夜会に向かう前の馬車を何度かお見送りしたことがある。
私が驚いたのは、団長の隣に立つ兵長だ。
団長やミケさんと同じく黒いタキシードに身を包み、いつものクラバットは蝶ネクタイに。
兵団のブーツではなく黒い革靴の兵長は、端正で、洗練されていた。
この美しく都会的な男が地下街出身だと誰が思うだろうか?

「わーごめんごめん、待った!?」

ワインレッドのドレスを着たハンジさんが駆けつけ、参加者は全員揃った。
私たちは順に馬車へ乗り込み、夜会という名の魔物の巣窟へ向かう。



* * *



到着すると、早速エルヴィン団長は人に囲まれ始める。私たちは団長から方々へ紹介された。

「こちら、リーネルト伯爵だ」
「こちら、トレーガー子爵の御子息……」

一度に大量の顔と名前を提示され覚えるだけで一苦労だが、覚えねばならない。挨拶の度、私はドレスを摘み上げ恭しく頭を下げた。
今日は、敬礼はしない。美しいドレスと勇ましい敬礼が重なると些か不格好だ。



「兵士長殿、ダンスをご一緒しても?」

私たちが挨拶をしている隙間に声をかけてきたのは、確か二番目に紹介された、貴族の御令嬢だ。兵長へ向かって媚びた視線を投げている。香水臭いな、と思ったがもちろん顔には出さない。
私は自分のドレスがやや派手すぎるのではないかと心配していたが、そんなことはなかったらしい。彼女の着ている宝石が散りばめられたドレスと比較すれば、私のドレスなんて質素も質素だった。

「……ああ」

兵長の返事はいつも通りの無愛想な表情と声だった。
だが、断りはしない。団長の命令は兵長にとって絶対なのだろう。
ここは壁外ではないが、ある意味前線なのだ。前線での上意下達は基本中の基本である。

兵長は、すっと腕を女性の方へ伸ばし、彼女の手を取った。
彼のエスコートで二人はフロア中央へ進み出で、優雅なホールドを組んでスムーズに踊り始めた。

「ああ、目立ってるね」
「良いことだ。あれは黙っていれば気品があるからな」

ハンジさんとミケさんが口々に言う。
同意だった。兵長が踊る様は、あまりにも人目を惹く。

リヴァイ兵長は踊っている男性の中で、一番美形で一番素敵だった。背が低いはずなのにそれを忘れさせて、いや、それすらも彼のチャームポイントに見えてくるのだろうか。
とにかく、正装で女性の肩を抱きステップを踏む彼は魅力的だった。同じくフロア中央で踊っている女性達はもちろん、踊っておらず壁側でお喋りを楽しんでいた女性達も、目を輝かせて兵長を見ている。
私は黙って、兵長と、兵長に肩を抱かれている女性を見ていた。

「……妬ける?」
「……は!?私!?なんでですか!?」

突然私に向かって尋ねてきたハンジさんにぎょっとして、大声を出してしまった。

「いや、そういう風に見えたんだけど、違った?」
「全然違います」

妬けるだなんて。私が彼に妬く理由も必要もない。

「ただ、すごいなとは思って見ていました。
人目をあんなに惹きつけて……多分、寄付金も得てくるんでしょうね」

声を低めてハンジさんに言えば、そうだねと同じく低い声で簡潔な返事があった。



「失礼、あなたが調査兵団の新しい分隊長殿ですか」
「は、はい、第三分隊長、ナマエ・ミョウジと申します。以後お見知りおきを」

突然声をかけてきた中年男性に、ドレスを摘まんでお辞儀をする。
慌てて頭の中の情報を掘り起こすが「該当なし」だ。確かこの人は初対面、まだ挨拶していない。

「申し遅れました、私はテールマンと申します。
このようなお若くて美しい方が分隊長だとは……いや、一曲ご一緒していただけませんか」

私に手を差し出す彼の身なりをチェックする。胸にじゃらじゃらとつけているバッジやら紋章やらを見れば、彼の爵位が分かった。

「喜んで、テールマン公爵」

腰を落とし彼の手を取れば、テールマン伯爵は分かり易く満足げな顔をする。私はそのまま彼に付いてフロアへ進み出た。



* * *



「リヴァイ、すごいじゃない。引っ切りなしだね?」

やっと女どもの相手が一段落したところで、俺は壁のハンジの元へ戻った。
エルヴィンはなにやら偉そうな豚共の相手をしているし、ミケはその隣でまるで護衛のように立っていた。

「エルヴィンが『夜会で役に立て』というならば、俺はそれに従うのみだ」
「いや実際めちゃめちゃ役に立ってるからびっくりしてるんだけど」

ハンジが手渡してくれたシャンパンを煽る。慣れない場で喉が渇くのだ。

貴族の女どもはどいつもこいつも香水臭い上にションベン臭い。自らの財力を誇示するようなドレスは心底悪趣味だと思うし、ハンジやナマエのドレスのほうがよっぽど品がある(どうせエルヴィンが用意したのだろうが)。

「あなたがこんなにモテるとはね。まあ兵舎内でもモテてるか、リヴァイは」
「うるせえなメガネ。てめえも巨人話でも披露して、寄付金の一つや二つふんだくってきたらどうだ」

こんなお上品なシャンパングラスじゃ小さすぎて、俺は二口で飲み終えてしまった。テーブルからもう一つグラスを手に取る。

シャンパンを煽りながらふとフロアに目をやると、真ん中で人々の注目を集めていたのはナマエだった。
驚いた。
ナマエは至極堂々と、優雅に、それでいて謙虚に舞っていた。

「あれにもびっくりしちゃうでしょ。一週間前までステップも碌に踏めなかったとは思えないよね」

俺の視線を察して、ハンジが親指でナマエを指す。

まったくだ、一週間前の団長室でのあいつは今まで見た中で一番無様な姿だった。
ダンスとはとても呼べないステップだったし、ミケの足を踏んづけていた。
だが今はどうだ。

ドレスを翻してフロアを舞うナマエは、美しいというか、麗しい。
ダンスは完璧で、多分難しいステップは使っていないのだろうが十分に華やかだった。
ホールドを組んでいる中年の貴族は鼻の下を伸ばしている。周りの女どもと比較すればややシンプルなドレスが、却って彼女の造形を引き立てていた。
ナマエはとても兵士には見えない。どこぞの令嬢かと思うほど、いや、令嬢なんかよりもよっぽど品があり美々しかった。

「……大した化け方だ」
「化けるのはナマエの得意分野じゃない」
「はっ、そうだったな」

あいつは常に化けている。面を被ったり、変装をしたり、鎧を纏ったり。
俺はきっと、本当のあいつの顔を知らないのだろう。

「妬ける?」
「……あ!?何で俺が」

突然俺に向かって尋ねてきたハンジに、声を荒げてしまう。

「いや、そういう風に見えたんだけど、違った?」
「寝言は寝て言えメガネ」

俺がナマエに、妬く理由も必要もない。
だが。

「まあ……あれだけ踊れなかったのに、あそこまでやるとは素直に感心するがな。
あの様子なら、きっとあいつは資金を引っ張ってくるだろう。結果、それは幹部としての任を全うしたことになる」

俺はグラスを片手にしたまま、フロアで回るナマエを見つめた。グラスの中の液体とよく似た色のドレスは神々しく、隣のジジイは霞んで見える。
一曲終わって互いに礼をし合っていると、ナマエの元にはすぐに違う男が寄ってきてダンスを申し込んでいた。

「……貴方たちってさあ」

ぽつりと呟いたハンジに、視線だけで疑問の意を投げかける。ハンジは俺の意図をくみ取った上で、頭を小さく横に振り苦笑した。

「いや、なんでもない」

ナマエはしばらくの間引っ切りなしに男どもから誘われ、その後何曲も踊り続けていた。




   

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