第三十三章 幕切れ





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エルヴィンとナマエの遺体を火の中へ入れたのは、トロスト区へ帰ってきたその翌日だった。

普段の壁外調査後の火葬では、持ち帰れた遺体は全て同時に火葬する。何十という遺体を持って帰ってきた時に、一体一体火葬していたのでは時間的に無理があるためだ。
だから、火葬後の遺骨は入り混じり、誰が誰のものだかわからなくなる。
碑も個人の物ではなく、その時亡くなった者を皆まとめて一つの碑として建てるので、碑の下には複数人の遺骨が混じり合った状態で一緒に埋まっている。

だが、今回ばかりは無理を聞いてもらった。
エルヴィンとナマエの遺体を一人ずつ別々に火葬してもらったのだ。
持ち帰れた遺体が二体だけだったことと、人類の悲願ウォール・マリア奪還を果たした、時の英雄調査兵団からの依頼とあって、異例の申し出はすんなり受け入れられた。



火葬は、兵舎から少し離れた、山の中の施設で行われる。兵舎内では臭いの問題があるためだ。
俺とハンジ以外の七名の調査兵も、もちろんエルヴィンとナマエの火葬に立ち会いたかっただろう。だが、ガキ共は予想外に慎み深かった。

「自分達七名は碑に埋骨する際に改めてお別れを述べさせていただきます。
火葬はハンジ団長とリヴァイ兵長のお二人で行ってください」

俺達二人に、ゆっくりエルヴィンとナマエと別れる時間をくれたというわけだ。
後から聞いたらジャンの提案だったらしい。



ハンジと共に、火葬場で赤々と上る火を見ていた。
今、エルヴィンがこの火の中に入っている。

係員がエルヴィンの遺骨を出した。
俺達はそれを拾い上げ、瓶に詰めていく。
あんなにでかかったエルヴィンの身体は、今やこの瓶に納まるほど小さくなっちまった。

次はナマエだ。

エルヴィンの時もそうだったが、火に入れる際はやはり躊躇した。
この顔を見ることももう叶わないのかと思うと、なかなか覚悟が決まらない。

ハンジは、ナマエの遺体は俺の手で火の中に入れたほうが良いだろうと配慮し、手を出さなかったのだと思う。
だが、俺は一人ではナマエの遺体を火に入れることがどうしてもできなかった。
結局ハンジの手を借り、エルヴィンの時と同様に、二人でナマエを火の中へ入れた。

ナマエが火の中で骨と化すのを眺めながら、俺達は静かに語っていた。

「……モブリットも、連れて帰って来られれば良かったんだが」
「うん……でも、見つからなかったしね……。仕方ないね」

俺達の視線は交わらない。
二人とも火の方にしか視線を向けなかった。
互いがどんな顔をしているか、今は見ないほうが良い気がする。

「幹部の遺体だけ持って帰って来たのか、他の兵士の遺体はどうしたって騒がれる可能性もあるかと危惧してたけど……大丈夫だったね」
「それはねえだろ……二〇八人行って帰ってきたのが九人と二名の遺体だ。
残りの一九七名を連れて帰ってくるのは物理的に無理だ」

実際、まだ持ち帰れそうな状態の遺体はあったのだ。
あちこち欠けてはいても、個人が特定できる遺体はあった。
だが、その遺体を運ぶ馬も見つかるかどうかわからなかった状態で、エルヴィンとナマエ以外の遺体も持ち帰るという選択肢を俺とハンジは捨てたのだ。
現実的な選択だったが、エルヴィンとナマエを贔屓していると言われればそこまでである。
一つの命は等しく一つ。命は等価である。
そんなことはわかっている。だが、そのくらいの贔屓は許してほしかった。

「それに、エルヴィンとナマエはここまで調査兵団を引っ張ってきた偉大な功労者だ。文句を言う筋合いのある奴なんていない」
「……そうだね」

できました、と係員が出てきた。
俺達はエルヴィンの時と同様に、骨になったナマエを瓶に移していく。

俺は意識して何も考えないようにした。
何か考えれば、堰を切ったように思い出が溢れだすに決まっている。淡々と手を動かし、ナマエを瓶に詰めていく。

左手の指のあたりで、異物を見つけた。
俺がはめた指輪だ。

プラチナの部分は形状を残したまま綺麗に残っているが、埋められたダイヤモンドは黒鉛化していた。
係員の話によれば、炭化も始まっているためもう硬度はないそうだ。

「……指輪、どうするの?」

ハンジがぽつりと言う。

「ナマエの骨と一緒に埋める。……死んだあとまで纏わりついて、女々しい奴だと思われるかもしれねえが」

俺が答えると、ハンジは笑った。

「ははは、思わないでしょ。ナマエ、幸せなんじゃない?」

一つ一つ骨を詰めていって、最期に残った骨の欠片。
それを瓶に入れようとしたが、どうしても手が震えた。

ナマエ、お前と離れたくねえな。

俺は、骨を瓶に入れるのを止めた。
最後の骨の欠片を右手で摘み上げると、自らの舌の上に置く。
それをごくり、と飲み込んだ。

その様子を見たハンジは唖然としていたが、やがて、ははっと声を出して笑った。

「いいな、それ。私も……モブリットと一つになりたかった」

その目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「……すまねえな、俺だけ……」

ううん、いいんだ、とハンジは首を振った。

ナマエ、これで俺とお前はずっと一緒だ。
お前は俺の中で生き続けるんだ。

俺達は瓶を二つ持って、火葬場を後にした。



 * * *



ナマエの瓶もエルヴィンの瓶も、碑ができればその下に一緒に埋められることになる。
だが、碑ができるまでの間は俺が保管することになった。

「私の執務室なんかに置いてたら、どっかに紛れて失くしちゃうかもしれないでしょ? そしたらコトだから!」

ハンジの台詞は俺に押し付ける体だったが、多分俺に持たせてくれたのだと思う。

俺は執務室の机の中に瓶を二つ入れようとして、止めた。
瓶は二つ並べて窓際に置いた。

「ここなら日が当たるし、中庭が見えるだろ?」

もちろん返事はない。独り言だ。

中庭からはもう兵士の声は聞こえない。
以前は兵士達の憩いの場で、休憩時間や訓練後、調整日なんかは一日中、この中庭から声が聞こえていた。
今や調査兵団は九名だ。中庭に出て騒ぐ暇があるやつはいない。

窓際に並ぶエルヴィンとナマエを一しきり見つめた後、俺は机に向かった。
死者は莫大な数。書類仕事を処理する奴も皆死んだ。俺の机には書類が山積みだった。
今までは幹部や一定以上の役職者で書類仕事や事務仕事を回していたが、もうこうなっては背に腹は代えられない。
今まで例のないことではあるが、入団一年にも満たない一〇四期にも仕事をさせなければなるまい。
どの道今回生き残った奴らは、数年すれば調査兵団の中でも一定以上の役職に就くことになるだろう。なんせこれから入ってくる兵士は全員新兵になるのだから。

膨大な数の書類をとりあえず片付けねばなるまいと、山の上から順に手を付け始めた。
そこへノックがあった。

「兵長、アルミン・アルレルトです」
「入れ」

端的に返事をすると、アルミンが敬礼をして入ってきた。

「ハンジさんより書類を預かってまいりました」

そう言って、俺に書類の束を手渡す。

「なんだ、お前もうハンジにこき使われてるのか」

はっ、と笑ってしまった。俺が一〇四期にも仕事をさせなければならないかとグダグダ考えているうちに、ハンジはもう一〇四期を手足のように使っていたというわけだ。

「このくらい……お安いご用です。兵長も何かお手伝いできることがありましたら、仰ってください」
「ああ、そうだな」

俺は手を止めずにアルミンに答えた。
だが、用事の済んだはずのアルミンは、机の前から下がらない。

「……何だ、他に何か用か?」

俺は手を止め、書類に向けていた顔を上げる。
そこにあったアルミンの顔は、複雑な表情だった。

「……あの、……」

いつまでも話し始めないアルミンに、俺は苛立った声を出してしまう。

「何だ、はっきり言え」
「……ええと……ナマエさんのことなのですが……その、何というか……」

アルミンは、言いたいことが言い出しにくいというよりは、何と言ったら良いかわからないという様子だった。

アルミンの考えていることはわかる。
エルヴィンとアルミン、どちらに巨人化薬の注射を打つかでは、俺もハンジもエレンもミカサも大いに揉めたが、最終的にエルヴィンとアルミン、二つの選択肢から俺が一つを選んだ。
それがアルミンだった。

だが、ナマエの場合は違う。
既に一本しかない注射をアルミンに使ってしまった後に、瀕死のナマエを発見した。

正直に言えば、アルミンに注射を打つ前にナマエを発見してしまっていたら、ナマエに打ってしまっていただろう。
ナマエ自身が生を望んでいたことを知っていたからだ。
死を覚悟して特攻したエルヴィンとは少し状況が違う。いや、何より俺がナマエに生きていて欲しかったからだ。

ナマエを発見する前に自分に注射を打たれたことを、アルミンはやはり申し訳なく思っているのだろう。
だが「自分なんかに打ってもらって申し訳ない」と言うのも違うし、「自分じゃなくてナマエが生きれば良かった」というのももっと違う。

アルミンは既に、巨人化の力を手にした調査兵団の強力な戦力だ。
団員一丸となってこの難局を乗り越えなければいけない時に、そんな自覚のない事を口に出すようじゃ馬鹿な奴ではない。

「アルミン」

俺は立ち上がり、窓際へ進んだ。
ナマエとエルヴィンの瓶の前に立つ。アルミンには背を向ける形になった。

「ナマエが生前、お前の事を何と言っていたか知っているか?」
「……え? い、いえ……」

アルミンの声は戸惑っている様子だ。だがそのまま続けた。

「逸材だと」

背を向けたままでも、アルミンの周りの空気が変わったのがわかる。
俺はナマエの瓶を手に取り、言葉を続けた。

「ナマエは、お前の頭脳をとにかく買っていた。お前の言うことは無条件で信じるくらいにな」

ウミを信じるか、と尋ねた俺に、アルミンが言うから信じる、とナマエは即答した。

「将来の調査兵団を担う一翼に必ずなると……そう言っていた」

そうだろう、ナマエ。
俺はナマエの瓶をことりと窓際へ置いた。

「だからナマエは……お前を生かした俺の選択を認めてくれているはずだ。
お前は余計なことを考えてねえで、人類と調査兵団のためにその頭を使え」
「……はい」

アルミンはそう固く頷くと、トンと敬礼をした。





   

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