第三十二章 ウォール・マリア最終奪還作戦





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シガンシナ区内で、リヴァイ兵長を除くリヴァイ班、ハンジ班、そしてナマエ班の班員と合流する。
最後に、エルヴィン団長から指示を受けていたアルミンが飛び降りてきた。

「エルヴィン団長からの作戦を伝達します!!」

アルミンの振り上げた声に、私達は集まり耳を傾けた。

「ライナーは今、先に馬を殲滅させようとしています!
エレンを巨人化させ囮に使い、ライナーの目標を馬からエレンに移すんです!」

敵の最終目標はエレンの筈だ。馬を守るために、そのエレンを囮に使うことになるとは。
だがしかし、エルヴィン団長の指示だ。それはつまり博打でもあるのだが――今ここで打てるベストということだ。

今まで何度もエルヴィン団長は博打に打ち勝ってきた。
そして、その博打でクーデターまで成功させたのだ。団長の指示に間違いはない。

「よし! ライナーをシガンシナ区内で迎え撃つぞ!!」

ハンジさんの声に、私達は大きく頷き合った。



指示通りエレンはシガンシナ区内で巨人化した。巨人化する際の発光が辺りを照らす。
巨人化したエレンは、壁とは反対の南側へ向かって走り出した。
ウォール・マリア壁上に上っていたライナーはエレンのその姿を見て食いつき――いや、本当に食いついたかどうかはわからない。
ライナーも馬鹿ではない、私達の作戦は見抜いているかもしれない。だが、結果としてライナーはウォール・マリアを下り、エレンを追ってシガンシナ区内を南へ走った。
作戦通りである。

シガンシナ区の中心で、エレンとライナーが対峙する。

「アアアアアアアアアア!!」

エレンは咆哮し、獣のように鎧の巨人を威嚇した。

シガンシナ区はエレンの生まれ育った故郷だ。
怒りの込もった咆哮と共に、エレンは硬質化させた拳で鎧を殴り飛ばす。
ライナーの全身を覆っている鎧は砕け散り、硬質化を一部解かれたライナーは地面に向かって吹っ飛ばされた。

「!!」

私達はその様子を見て、喜びで息を呑んだ。
実験の甲斐があった。ハンジさんの実験と度重なる訓練でエレンが身に着けた「硬質化パンチ」は、ライナーの全身に張り巡らされた鎧をパキパキと砕いたのだ。
だがライナーも黙ってやられているわけではない。エレンの足首に掴みかかると、エレンの巨体を振り上げ地面に叩きつけた。そのまま殴りかかり、エレンを組み敷く。

「ハンジさん!!」

ミカサが叫んだ。「もう攻撃して良いか?」の意だ。

「まだだ!! 周囲を取り囲め!!
最初の攻撃にすべてが懸かってる!! 絶好の位置を取れ!!
何より、エレンが絶好の機会を作るのを、信じて待つんだ」

私達は立体機動で移動しながら、エレンを組み敷いているライナーの周囲を取り囲んだ。

「ナマエ分隊長……」

カールが震えた声を出す。
横を見れば、ダミアン、エーリヒ、カールが並んで私を見やっている。
私は笑みを浮かべて大きく頷いた。

「待ちましょう。ハンジさんの判断とエレンを信じて」

大丈夫。エレンは上手くやる。
散々ハンジさんと訓練したんだから。
人類の、私達の希望だ。

「あなた達三人は、優秀な兵士よ。私の自慢の部下。
必ず鎧を仕留めよう。私達、皆揃って帰るわよ!!」
「は……はい!!」

ダミアン、エーリヒ、カールの三人は汗をかき震えながらも、返事をして私に頷き返した。



エレンを組み敷いていた鎧が、エレンに関節技を決められる。二体の巨人はシガンシナ区の街中をゴロゴロと転がった。最後ライナーはエレンから手を放し、二体はとうとう距離を取った。

「今だ!!」

ハンジさんの叫び声で、第一陣のミカサとハンジさんが飛び出した。
ライナーの両目めがけて雷槍を刺す。

「いけえええ!!」

ダミアン、エーリヒ、カールは叫んだ。

二本の雷槍は鎧の眼球に命中し、カッと稲妻のような光が走る。
次の瞬間、ドドオッという音と共に雷槍は鎧の眼球で爆発した。

「やった!!」

カールが叫ぶ。

「第二陣!! 飛べッッ!!」

私は第二陣として予定されていた、ナマエ班の班員に向かって叫んだ。自らも一緒に鎧に向かって飛び出す。

雷槍はその性質上、周囲に十分な立体物があり立体機動で飛び回れる時にしか使用できない。
まさに今、その条件を満たしている。ライナーはシガンシナ区の中心で、廃墟の中をうずくまっていた。
最高の立地条件だ。ここまで誘き寄せたエレンも見事だった。
眼球を抑えているライナーの背後から私達は飛んで近づき、その項めがけて何本もの雷槍を打ち込んだ。
次の瞬間、ドドドドドと凄まじい衝撃音を立ててライナーの項で雷槍が爆発する。
爆発時、項部分から破片が数多飛び散った。

「やっ……やったぞ!! 効果ありだ!! 項の『鎧』が剥がれかけてる!!」

家屋の屋根の上からジャンが叫んだ。

「もう一度だ!! 雷槍を打ち込んでとどめを刺せ!!」

ハンジさんが大声で指示を出した。だが、第三陣として予定されていたリヴァイ班の一〇四期生は、一瞬躊躇する様子を見せた。

「ライナー……」

サシャが小さな声でつぶやく。

仲間だと思っていた同期にとどめを刺す。
少年少女達には荷が重すぎたか。

私は自らが代わりに止めを刺そうかと、次の雷槍を装備する準備に入った。ダミアン達にも目線を配る。これ以上モタモタしていられないと思ったからだ。
だが彼らはやはりもうガキではなかった。

「お前ら……こうなる覚悟は済ませたハズだろ!? やるぞ!!」

真っ青な顔をしたジャンが、それでもサシャとコニーを奮い立たせた。
ミカサ、アルミンも含め、五人の鎧の同期は兵士としての本分を全うし、第三陣としての役割を果たす。
雷槍は見事項で爆発した。大きな爆発音が響き、黒煙が辺りに充満する。

煙が晴れ視界が開けてくると、私達の目に入ったのは、鎧の項から飛び出していた人体だ。

ライナーである。
彼の頭部は、上顎から上が全て吹っ飛ばされており、耳は下半分までしか残っていない。
鼻も目ももちろん頭蓋骨に当たる部分も残されていなかった。

「やったぞ!! 頭を吹っ飛ばした!!」
「『鎧の巨人』を仕留めたぞ!!」

兵士達は沸き、シガンシナ区中心には歓声が響き渡った。ダミアン、エーリヒ、カールも喜びを叫んでいる。

そんな中、歓声を上げずに座り込んでいるのはリヴァイ班の一〇四期生だった。
彼らを横目で見た私は、とてもとても歓声は上げられなかった。

ジャンが泣き崩れるサシャとコニーの胸ぐらを掴む。

「何泣いてんだてめえら!? オラ!! 立て!!
まだ終わっちゃいねえぞ!! まだライナーを殺しただけだ!!」

そうサシャとコニーに怒鳴り散らすジャンの目にも、うっすら涙が浮かんでいる。

「泣くな!! 俺達が殺したんだぞ!?」

見ていて胸が張り裂けそうな場面だったが、ジャンの言う通りここで泣き崩れているわけにはいかない。
敵はライナーだけではないのだから。まだ終わっていない。
私はサシャを立たせようと彼女の腰に手を回そうとした。
その時――。

「オオオオオオオオオッ」

鎧が、咆哮した。
頭を半分吹っ飛ばされて、まだ死んでいないというのか!?
断末魔の叫びだろうか。いや、何かが違う。

「雷槍を打ち込め!! こうなったら体ごと全部吹き飛ばすぞ!!」

鎧の咆哮を受け指示を出すハンジさんを、アルミンが止めた。

「ダメです!! ライナーから離れてください!! 上です!!」

私達はアルミンが指を指す空を見上げた。

空に小さく……あれは何だ? 何が飛んでいる!?
――樽か!?

「上から超大型が降ってきます!! ここは丸ごと吹き飛びます!!」

アルミンの叫び声に私達は急いで立体機動で飛び出した。

「全員鎧の巨人から離れろ!! 『超大型巨人』が!! ここに落ちてくるぞ!!」

ハンジさんの怒鳴り声と共に兵士達は散り散りに逃げた。

正直、もう間に合わないかと思った。私達が逃げ切るより、ベルトルトの入った樽がこちらに到着するのが早いだろうと。
ただ、私達が鎧から十分な距離を保った後も、超大型は出現しなかった。

「ひとまずは助かった……ベルトルトがライナーの状態に気づいて、攻撃を中断したんだ」

ハンジさんは冷や汗をかきながら、ふうとため息をつく。

「目標、前方より接近!! ベルトルトです!!」

モブリットが叫ぶ。ベルトルトは人間の身体のまま、こちらに向かって立体機動で飛んできた。
ハンジさんは再び怒鳴り散らした。

「作戦は以下の通り!! リヴァイ班はアルミン指揮の下、エレンを守れ!!
その他の者は全員で目標二体を仕留める!! 鎧に止めをさせ!!
『超大型巨人』は作戦通り!! 力を使わせて消耗させろ!!」

リヴァイ班とエレンを残し、私達は立体機動で飛び出したが、私とハンジさんの行く手をアルミンが塞いだ。

「待ってください!! これが最後の、交渉のチャンスなんです!!」

そう言ってアルミンは私とハンジさんに目線を向ける。

「……!」

私達はアルミンの意図を理解し、一旦止まる。
アルミンのみにベルトルトの方へ向かわせた。

アルミンの意図とは、アルミンがベルトルトと交渉する体で近寄り、その隙にベルトルトを兵士で囲うことと、未だ息のあった鎧に止めを刺すことだ。

「ナマエ、君達は鎧を頼む。私達は超大型だ」
「はっ!」

ハンジさんは小声で私に指示を出し、私の肩をポンと叩いた。
私はそれに頷くと、ナマエ班を従えて全速力で鎧の元へ飛ぶ。

「急ぎなさい!! 鎧は虫の息よ!! 早く止めを――」

ダミアン達にそう声を掛けながら、鎧の元へ急いだ。

しかし、私達が鎧の元へ着いた時には状況が変わっていた。
先ほどまでうつ伏せだった鎧は、あの瀕死の身体でどうやったのかは知らないが、仰向けになっていたのだ。

「これじゃ、止めが……」

ダミアンが絶望の声色で言った。

「なんとかしてうつ伏せにするしかないでしょう!? 項しかないんだから!!」

私は雷槍を装着する。他の班員も慌てて装着を始めた。
その時、カールが声を上げた。空を指さす。

「ナマエ分隊長!? あ、あれ……ベルトルトですか!?」

アルミンとの話が終わってしまったのだろうか。ベルトルトがこちらへ向かって飛んできた。私は空を見上げ、ベルトルトを睨み付けた。
クソ、鎧にまだ止めを刺せていないっていうのに、ベルトルトも同時には無理だ。鎧が近くにいるから、巨人化して爆発はしないだろうが……。

そう思った瞬間、ベルトルトの身体がカッと光った。



え、まさか、これって



それは、まるで時間が止まった様だった。

辺りは白い閃光に包まれた。
私の視界は色を失い、光の当たっている真っ白の部分と、当たっていない影の真っ黒の部分、二色に分かれる。
ダミアン、エーリヒ、カールに、物陰に隠れなさいと言おうとした。
が、多分その言葉は間に合わず、口から出ていなかった。

ダミアンはこちらを向いている。口が大きく開き、恐らく「ナマエ分隊長」と私を呼ぼうとしていたのではないかと思う。私の方に右手が伸びていた。
エーリヒは空を見上げ、突然の閃光に目が眩んだのか、片手の甲で目を覆っている。
カールも同じく空を見上げていたが、こちらは驚きで目が丸く見開いたままだ。

音はなかった。熱さも、痛みも感じなかった。

ただ、ベルトルトが、私達の頭上で巨人化し、その際の爆発が私達を襲ったということは理解できた。

私の視界はダミアン、エーリヒ、カールを映していたはずだが、彼ら三人の姿はだんだんぼやけて見えなくなっていく。
黒い影の部分もなくなり、後に残ったのは白い閃光のみだ。

――ここまでか。

『必ず生還しろ』

兵長の命令がリフレインする。

私の意識は、ここで途絶えた。




   

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