第三十二章 ウォール・マリア最終奪還作戦
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シガンシナ区に辿り着く前に完全に日が落ちた。
私達は、レイス卿領地の地下から発掘された光る鉱石を灯りとし、馬を下りて歩みを進めた。
光る鉱石はエネルギーを消費しない優秀な光源ではあるが、明るさの面で言えば、私達が持って歩けるサイズの鉱石だと従来のランプの代わり程度にしかならない。
夜間に森の中を馬で駆けるのは無理だ。
夜を徹して歩き、なんとか日の出の直前でシガンシナ区へ到着した。日が差してくると同時に私達は馬へ移り、ウォール・マリアへ向かう。
「これより作戦を開始する!! 総員立体機動に移れ!!」
エルヴィン団長の掛け声で、壁の下まで馬で進んだ私達は立体機動に移り、ウォール・マリア壁上へ飛んだ。
敵に誰がエレンか悟らせないよう、全員フードを深くかぶり顔を隠す。
ハンジさんやリヴァイ兵長らは壁上に留まったが、私は壁の向こう側へ下りて周囲を確認した。
……おかしい。ここはウォール・マリアだ。
まだ奪還していない、巨人の領域だ。
なのに巨人が一匹も見当たらない。有り得ない。
これは恐らく、私達は既に敵の手の内ということだろう。
だが、作戦は続行するしかない。
私は「作戦続行に支障なし」の意を示す信煙弾を発砲した。他からも同色の信煙弾があがる。
信煙弾が上がったのを確認したのだろう、エレンはウォール・マリア壁上から飛び降りると、手の甲を噛んで巨人化した。そして訓練通り硬質化で外門の穴をしっかりと塞いだ。
「――成功です!! しっかり塞がっています!!」
穴を検分して塞いであることを確認し、私は作戦成功の信煙弾を発砲した。
ハンジさんの実験と訓練の賜物である。もちろん、エレン自身の努力は言うまでもない。
穴の反対側からも同じく、穴が問題なく塞がれていることを示す信煙弾があがった。
これで外門の穴は塞いだことになる。あまりにスムーズだが、逆に怖い。
だがここまでは、作戦通りに事は進んでいる。
私達は壁の上に飛び上がりハンジ班やリヴァイ班らと合流した。
ハンジさん、リヴァイ兵長と顔を見合わせ頷き合い、私は声を張る。
「では内門へ向かう!! 移動時を狙われぬようしっかり顔を隠しなさい!!」
フードをかぶった兵士達は壁の周りを立体機動で飛びながら内門へ移動していたが、その時エルヴィン団長から信煙弾が上がった。
作戦中止の色だ。
「総員壁の上に散らばって待機だ!!」
ハンジさんが叫ぶ。
私達は壁上で次の指示を待ち続けた。
何やらよく見ると――クラース班、ディルク班らが壁を剣でカンカン叩いている。壁の内部を検分しているようだ。
更に目を凝らして様子をしばらく眺めていると、どうやらこの動きはアルミンが指揮を取っているようである。
アルミンが無駄にこんなことを指示するはずはない。
何か考えがあるはずだ。
その時、壁を検分していた兵士の一人が突然信煙弾を発砲した。
「ここだ!! ここに空洞があるぞ!!」
――そうか、アルミンはライナー達が壁の内部に潜んでいると踏んでいたのか!
そう合点が行った瞬間、信煙弾を上げた兵士は壁の内部から刃で一突きされた。
「!!」
私達は息を呑む。瞬間、リヴァイ兵長が飛び出した。
「ライナー!!」
壁の中から兵士を刺したのはライナーだった。
私達がその姿を確認し名を叫ぶと同時に、リヴァイ兵長は舞うようにライナーの首と心臓を突いた。
「やった!?」
首と心臓だ。生きてはいまい。
そう思ったが――。
「クソッ!!」
兵長の罵声が響いた。
命を絶てなかったということだ。
地面に落下したライナーは発光し、鎧の巨人と化す。
ライナーの巨人化を受けて、エルヴィン団長は壁上から声を張り上げた。
「周囲を見渡せ!! 他の敵を捕捉し――」
だがそれを打ち消すように、マリア領内で無数の衝撃音が発生する。
ドドドドドド……。
衝撃音と同時に、巨人化する際特有の発光も確認できた。
マリア領内の広い草原に現れたのは、数多の無知性巨人と獣の巨人。
ミケさんやナナバさんらを亡き者とした獣の巨人の登場に、私達は声を失った。
獣の巨人は、草原にあった岩石を右手で掴むと、ぶんっと勢いよくこちらに向かって投げつけた。
「投石来るぞ!! 伏せろおおおお!!」
誰かが叫ぶ。誰だかはわからない。
すごい勢いで飛んできた岩石は、幸いにも兵士には当たらなかった。
だが、どおおんという轟音と共に、ウォール・マリアの内門扉を塞いだのだ。
これでは馬が通れない。敵は、まず私達の退路を断つために馬を狙ったということだ。
そうこうしているうちに、地面に落下した鎧の巨人は起き上がり、ウォール・マリアをよじ登り始めていた。こちらへ向かっている。
「総員『鎧の巨人』との衝突を回避しろ!! 奴に近寄るな!!」
エルヴィン団長から出た指示はそれだけだ。私達は為す術なく、壁上で待機するしかできない。
痺れを切らしたエレンがハンジさんに詰め寄った。
「攻撃命令はまだですか!? 団長は何を!?」
「敵の動きを見ているんだ。どうもライナー君達は、手の込んだ催しで歓迎してくれるようじゃないか」
自分の故郷を奪われ、蹂躙された仇を前に急くエレンの気持ちはわかるが、今これから私達がとる最初の動きに人類の未来がかかっているのだ。下手な行動はとれない。
それに、超大型巨人、ベルトルトもまだ見つかっていない。
奴は必ずここにいる。更に言えば、他にも敵勢はまだいるかもしれないのだ、私達が知らないだけで。
私達が壁上でエルヴィン団長の次の指示を待っていると、獣が拳をゆっくりと振り上げた。
そして勢いよく振り下ろす。
それを合図に二、三メートル級の巨人が一斉に駆けだし始め、こちらへ接近してきた。
「動いた!!」
ハンジさんが叫ぶ。だがまだ団長からの指示はない。
私達は変わらず待機し続け、小型の巨人が駆け寄ってくる様を眺めていた。
それからさらに数十秒。やっとエルヴィン団長は、息をスウと吸い腹から声を出した。
「ディルク班並びにマレーネ班は、内門のクラース班と共に馬を死守せよ!
リヴァイ班、ハンジ班並びにナマエ班は!! 『鎧の巨人』を仕留めよ!!
各班は指揮の下雷槍を使用し、何としてでも目的を果たせ!!」
兵士達は再び武者震いした。
獣の巨人は、どうやらその力で無知性の巨人を操ることができるらしい。
だが、私達の頭は、人間だ。
巨人の力などなくても、私達を立たせ、奮わせ、走らせることができるのだ、エルヴィン・スミスという男は。
「今この時!! この一戦に!! 人類存続のすべてが懸かっている!!
今一度人類に、心臓を捧げよ!!」
「ハッ!!」
兵士達は咆哮にも似た返事を返し、次々に壁から飛び降りた。
「リヴァイ、アルミン、待て!」
団長は壁から飛び降りようとしていた二人を引き留め、リヴァイ兵長の肩に手を掛ける。
「リヴァイ班と言ったが、お前だけはこっちだリヴァイ。『獣の巨人』は、お前にしか託せない」
「……了解した。さっき鎧のガキ一匹殺せなかった失態は……そいつの首で埋め合わせるとしよう」
リヴァイ兵長はそう返事をするとツカツカと歩み、壁上から飛び降りる寸前の私の元へやって来た。
私は自分の班の班員が順に壁から飛びシガンシナ区側へ下りていくのを確認しており、最後に私も飛び降りるところだった。
「ナマエ」
「はい」
簡潔に返事をして、兵長の方へ向き直る。
すると急に胸ぐらを掴まれ、唇と唇がぶつかった。
突然のことで私はびっくりし、歯が兵長に当たってしまった。
キスと言うにはあまりに粗雑なその行為を、周りの兵士はほとんど壁上から飛んだ後だったので見ている者は少なかった。アルミンや団長にはしっかり見られていたが。
「命令を遵守しろ。わかったな」
胸ぐらを掴んだまま、兵長は言った。
命令。朝、出された命令の事だ。
『必ず生還しろ』
私達の瞳に迷いはなかった。
私は目を見開き、口元には笑みすら浮かんだ。
怖くはない。私達の将来は、きっと明るい。
「はっ!! 兵長も、ご武運を!!」
私はそう言って敬礼すると、シガンシナ区側へ勢いよく飛び降りた。