第四章 壁外調査





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壁外調査。
本日、朝より予定通り決行される。

ここ一か月は、正体のわからない視線に悩まされたりしていたが、最近は視線を感じても気にしないように努めてきた。
具体的な被害がないまま時間が過ぎていくので、もうこれ以上気を付けようもない。
それよりも何よりも、壁外調査だ。
今日、また私達は己の命を賭して、壁外へと向かう。余計なことに手間をとられている場合じゃないのだ。



「開門三十秒前!」

エルヴィン団長の後方で、リヴァイ兵長、ミケさん、ハンジさんと共に馬上で待機する。
今日の配置は三列一、運搬。出立時は幹部のため前方に位置しているが、陣形展開後は三列まで下がり、班員と共に荷馬車を護衛する。
何回経験しても、この瞬間は特別だ。恐怖と緊張が身体を支配しようとするが、私は天を仰いで深呼吸する。

ふと後ろを見ると、初列に配置される索敵班の兵士が、ガタガタ震えていた。後ろを振り向き、小声で言った。

「落ち着きなさい。深呼吸して」
「はっ……はいぃ……っ」

新兵と思われる兵士は、すーはーすーはーと深呼吸をする。

「開門!」

ローゼの門が、ギギギ……と低い音と共に上がっていく。
風が門から入り込み、団員達の外套を揺らした。

「これより! 壁外調査を開始する!! 前進せよ――――っ!!」

エルヴィン団長の喊声を合図に、馬の腹を蹴り、一斉に走り出した。



平地に出た後は三列まで下がり、運搬班と合流した私は班員が全員揃っていることを確認し、皆の顔を見て頷き合った。
運搬は、荷馬車で壁外拠点に設置する補給物資や帰路で用いる物資を運ぶ、壁外調査時の生命線だ。
物資が被害を受ければ、ガスや刃の補給が出来ず、丸腰になってしまう。馬の食料もなければ、馬を走らせられなくなる。
そのため荷馬車は陣形の比較的安全な中央に位置しているが、もしここまで巨人が侵入してきた場合、文字通り死守しなければならない。

初列のほうで、巨人発見の合図を示す赤い信煙弾が上がり始めた。しばらくすると進行方向を示す緑の煙弾も上がり始める。
私達は煙を頼りに、馬を走らせ続けた。ドドッドドッという勇ましい馬の足音が響き渡る。
班員は誰も口を開かず、前だけを見つめて懸命に馬を走らせ続けた。



何回かの補給を経て、夕刻。
今日は運が良いのか、索敵班が優秀なのか、陣形に巨人を侵入させることなく目的地に着いた。
運搬護衛として配置されていた私達は、結果的にほとんど活躍の場がなかった。何よりだと思う。
残念ながら初列索敵班から死者四名……しかし、かなり少ないほうだ。

荷馬車で運んできた補給物資を、いずれ来るウォール・マリア奪還時のために、この拠点に設置する。
後は翌朝無事に帰還するだけだ。



* * *



往路の順調さが嘘のようだった。
復路は天候に恵まれず、雨が降り出した。それは次第に強くなっていき、信煙弾も見えにくくなる。

「まずいわね……これは……」

土砂降りと霧の中、私はつぶやく。
視界が悪く、巨人がいても気づけないかもしれない。加えて冷たい雨は外套をびっしょりと濡らし、体温を奪うと共に、その重みで体力も奪っていた。

早く帰還したい。被害が出る前に……。

そんな願いもむなしく、それは突然出てきた。
左翼側の索敵が取りこぼしたと思われる、十四メートル級の巨人。

「ひぃっ……!!」

荷馬車を引いていた部下のカールが声を上げた。荷馬車を護衛していたダミアンとエーリヒも息を飲む。

だらしなく口を開けた巨人。頭部には髪の毛がなく禿げあがっており、そしておぞましい顔。
その口の周りには夥しい血痕。もう喰ってきたのか……。

「カールは全速力で前進!! ダミアンとエーリヒは立体機動に移って剣を抜きなさい!!」

私は班員に向かって叫んだ。

荷馬車は速度が通常の馬よりも落ちる。全速力で走ったとしても巨人に追いつかれる可能性が高い。まだ荷馬車の中にはこの後使う補給物資と食料が入っている。
土砂降り、平地と条件は最悪だが……もう逃げ切れない。
やられるわけにはいかない、やるしかない。

「ナマエ分隊長!! 後ろも!!」

エーリヒが怒鳴った。
同じく左翼側から来たのだろうか、十四メートル級の後ろに更に二体、十メートル級と八メートル級が見えた。
十メートル級の口からは、ブーツを履いた足が一本覗いて見える。誰の足か……もうわかりはしない。

「畜生……喰い散らかしてんじゃねぇよ……」

ダミアンは怒りに震え、そう口に出した。

「ダミアンとエーリヒは後方の二体! 私は十四メートル級をやる!!」
「はっ!!」

私はアンカーを巨人の額に刺し、飛び上がった。

ガスを吹かすが雨で濡れた外套のせいでいつもより体が重い。
巨人の額から飛び降ナマエまに切りつけ、両眼を潰す。血飛沫が舞い、私の髪の毛から腰まで、上半身を汚した。
巨人は呻き声を上げ目元を押さえながらのたうちまわる。その隙に首の後ろに回り――白刃一閃。刃は項に深く切り込み、十四メートル級は倒れ、蒸発を始めた。

ダミアンとエーリヒはどうかと見ると、十メートル級を相手していたダミアンは踵骨腱を切り足止めし、これからとどめを刺そうというところだった。
エーリヒは……と見て息を呑む。

「ぎゃああああっ」

エーリヒは巨人の右手に収まり、叫びながらじたばたともがいていた。

「エーリヒっっ!!」

私はアンカーをエーリヒを握っている巨人の肩に刺し、飛び上がった。
エーリヒを掴んでいる右手を手首から勢いよく切り落とす。エーリヒは、巨人の右手と共に尻餅をついた。

「ひっ……分隊長……ありがとうございます……」

巨人の右手が蒸発し始める。
エーリヒは涙を流しながら私を見上げたが、腰が抜けて動けないようだ。更に股のあたりが、雨が原因ではない濡れ方をしている……失禁したのか。

「早く立ちなさいエーリヒ! 死にたいの!?」

私はエーリヒの右手をグイと持ち上げ、無理やり立たせ、そのまま尻を蹴飛ばして巨人から離れさせた。

その瞬間、先ほど落とした右手ではなく反対の左手で、私は掴まれた。

「ナマエ分隊長――――っ!!」

十メートル級を始末し駆け付けたダミアンと、四つん這いになったままのエーリヒが同時に叫んだ。

「ぐっ……」

私は掴まれたまま持ち上げられ、巨人の顔の真ん前で呻いた。
胸部から膝辺りまで、胴を握られていて身動きがとれない。
巨人の手に力が入る。肋骨がミシッと鳴る。

「ああああああっ!!」

私は激痛で叫んだ。

――ここまでかもしれない。
きつく握られたままの身体は部下達のほうへ向けることもできない。キッと巨人を睨み付けたまま、全力でダミアンとエーリヒに怒鳴る。

「ダミアン!! エーリヒ!! この隙に逃げなさい!! カールと共に荷馬車を死守せよ!!」
「分隊長っ!!」

二人の悲鳴のような声が聞こえた。

「逃げなさいっ!!」
「できません!!」

ダミアンが立体機動でこちらに飛んで来ようとしているのが見えたが

「逃げなさい!! 行けっ!!」

と怒鳴った。

ダメだ。ここまでだ。とにかく、部下と荷馬車だけ救えれば……。
私は覚悟した。




   

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