第二十八章 家族





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突然の告白に私は面食らったが、ここが愛する人の家族の墓だというのなら、見下ろすのはふさわしくない。
私は慌てて兵長より少し後ろに下がり、膝をついた。

「報告書、読んだだろ? 中央第一憲兵団、対人立体機動部隊……今となっては潰れた組織だが、そこの隊長だったケニー・アッカーマン、そいつは俺の伯父だった。
お前がどこまで聞いてるか知らねえが、そいつとガキの頃一時期一緒に暮らしていた。母親が死んだ後にな」

報告書はもちろん読んだ。
ケニー・アッカーマンが対人立体機動部隊の隊長であり、今回の政変で中央第一憲兵団として大きく動いたこと、そして死亡寸前でリヴァイ兵長に発見され巨人化薬を託したことは報告書に記載があった。
だが、兵長と血縁関係があり、幼少期の兵長と生活を共にしていたことなどは知らなかった。

「一緒に行動していた一〇四期やハンジなんかには言っていたんだがな……お前はずっと牢の中だったしな」

兵長は、実の伯父と敵同士として刃をぶつけ合ったというのか。
ぐっと胸が掴まれたように痛くなる。

「ケニーは、母親が死んだガキの俺の前に、突然現れたんだ。
俺にナイフの使い方や……まあ詳しくは言わねえが、地下街で生きていくための力と技術を教えてくれた。
俺の母親は娼婦だった。俺は客との間にできた子供らしい。
母親の死後、突然現れたケニーを俺は父親じゃねえかと思ってたんだが……まあ、ただの伯父だったってオチだ。父親はどこの誰かもわからねえ。もしかしたら母親自身も、誰の子かわからなかったのかもしれねえな。
どうやら俺の姓もアッカーマンというらしい。今更、名乗る気はないが」

淡々と兵長は語ったが、なんて惨憺たる話だろう。
私は目に涙を溜めて聞いていた。この人は、母を亡くし、父代わりだった伯父と刃を交え、そして最後を看取ったのか。

「母親は、優しい人だった……少なくとも、俺にはな。
自分が満足に食べれなくても、俺だけには何とか食わせようと……かき集めたパンの屑を全部俺に寄越していた。
最期は骸骨のようにガリガリに痩せてたな。だが、そんな風に痩せる前はなかなかの美人だったんだ」
「……そうでしょうね、きっと……兵長のお母様なら美人だったんでしょう」

そう声を出したが、少し涙が混じった声になってしまった。

「母親の死後、ケニーが母親の骨をここに埋めたと言ったんだ。
嘘か本当かは知らねえ。ガキの俺を納得させるための嘘だった可能性は十分にある。
だが、俺はここしか母親に会いに来れる場所がねえんだ。
ついでに、ケニーもここに埋めた。ケニーを埋めたのは俺だから、やつは間違いなくここに埋まっているが」
「ケニー・アッカーマンの遺骨を……?」

ケニー・アッカーマンの遺体は政変後の憲兵団に引き渡され、憲兵団の施設で焼却されたと聞いていた。遺骨だけ引き取ったのだろうか。

「いや、遺体は憲兵団に処理された。遺骨は俺の手元にはねえ、多分憲兵団のどっかの施設に埋まってるんだろ。それかゴミ処理場だな。
俺が埋めたのは、ケニーの形見の帽子だ」

兵長はそこまで言って、黙った。
小鳥のさえずりがチチチチと響く。

私の愛する人の母と伯父が、この美しい丘に眠っている。
沈黙がしばらく流れた。

「もう……なんでお墓に行くって、先に知らせてくれなかったんですか?
知ってたらお花を準備してきたのに……」
「だからだ。花なんか要らねえよ。ここには野花がしこたま咲いてるから……これで十分だ」

兵長は後ろの方で跪いていた私を、来い来いと手招きで呼び寄せた。
私は立ち上がり、兵長のすぐ隣にしゃがみ込む。

「母さん、久しぶりだな。紹介する、ナマエだ」

兵長は、何もない木の根元に向かって話しかけた。
私を母親に紹介してくれているのだ。きゅんっと胸が締め付けられるようだった。

「美人だろ? 母さんとはちょっと違う顔だけどな。
肝の据わった……いい女だ。俺には勿体ねえくらいの」

そこまで言って、兵長はふう、とため息をつく。

「ケニー……てめえにもナマエを見せることになるとはな。
てめえを母さんと一緒の場所に埋めるんじゃなかった。いい女だが手を出すなよ」

前に、ファーランとイザベルが家族だったと兵長は語ってくれたことがある。
ファーランとイザベルは調査兵団の墓地に眠っているから、彼らの墓碑には私ももちろん行ったことがある。
だが、兵長には彼らの他にも家族がいたのだ。とても大切なその家族を紹介してくれたのだ。

「初めまして、ナマエ・ミョウジです」

私は木の下で眠っている兵長のお母様と伯父様に挨拶した。

「リヴァイ兵士長とお付き合いさせていただいています。とても……大切にしていただいています」

そこまで言うと、兵長は突然すくっと立ち上がる。

「ちょっと、まだ終わってない……」
「もう止めろ、かゆい」
「……かゆいって……」

全くもう、と仕方なく私も立ち上がって気づいた。
兵長の顔が赤い。照れているのだ。
可愛いところありますよね、と心の中だけで思うに留めた。

「じゃあな、母さん、ケニー。また来る。次はいつ来れるかわからねえがな」

兵長は大木を後にして馬へ向かう。
小鳥の囀りの中、私も後に続いた。

馬に乗りながら、兵長は言った。

「どうする、まだ時間あるが……このまま街に寄ってみるか?
それかシーナの方まで行っても良いな。せっかく遠出したんだからなんか美味いものでも……」
「兵長」

私は兵長を遮り、言った。

「私も、兵長を連れて行きたいところがあるんです。シーナ内なので少し走りますが……お連れしてもいいですか?」 



 * * *



私が後ろから道を指示し、兵長が手綱を握る。
目指すのは、ウォール・シーナ東区だ。

今日このタイミングで旦那様の夢を見た。そしてリヴァイ兵長が、家族に私を紹介してくれた。
偶然ではないと思う。旦那様はきっと、私に言いたいことがある。
今までの私は、非現実的なことは考えない主義だったし、故人の魂は実態のないものとして扱ってきていた。
だが夢でミケさん、ナナバさん、アメリー、ペトラに会ってから、私は死者の魂の存在をするりと受け入れるようになっていた。
彼らは確かにいる。私達が見えるところに。



到着したのは、ウォール・シーナ東区にある、整備された霊園だ。ここは貴族や大きな商家御用達の霊園で、美しく整えられている。
確かに美しいのだが、リヴァイ兵長のお母様と伯父様が眠っている丘とは種類の違う美しさだ。あちらの丘はもっと牧歌的な美しさだった。

「おい、お前も墓かよ」

馬から降りた兵長は霊園の中を歩きながら言った。

「はい、兵長が大事な家族を私に紹介してくださったので。私も家族を兵長にご紹介しようかと」

私は広い霊園の中を進み、一つの墓の前で止まった。
大きな、立派な墓碑だ。ミョウジ家の墓碑である。
この中に旦那様が眠っている。

「おい、なんだこの豪奢な墓は。俺の方こそ花を用意したかっただろうが。
こんな立派な墓に手ぶらじゃ格好つかねえだろ」

私は後ろを振り返り、文句を言う兵長を見てふふと笑った。
ミョウジ家の墓碑は立派で大きくて、立ったままでも見下ろす位置関係にはならない。もう一度墓碑に向き合い、兵長には後頭部を向けたまま、私は言った。

「これはミョウジ家の墓です。私を娼館から身請けしてくださった旦那様が、この中に眠っています。
もちろん、この墓は私が立てた物ではありません。ミョウジ家の物です。
旦那様は、ご自身のお父様お母様を含めた親族とはかなり疎遠でいらっしゃいましたが、旦那様の死後、身内だと名乗る方がぞろぞろといらっしゃいまして、旦那様の遺体を引き取って行かれました。
私は娼館から身請けされた女中、という位置づけでしたし、まあその前に子供でしたから何もできず……ただただ連れて行かれる旦那様を見ているだけでした」

旦那様が病院で亡くなったあの時。
二年間旦那様と一緒に生活していた中で、一度も会ったことのない、名前すら聞いたことのない大人達が、急に現れた。そしてあれよあれよという間に、遺体を引き取っていったのだ。
結局私は、葬式にも参列できなかった。




   

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