第二十七章 Intermezzo 4 ――間奏曲 4――





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ある晴れた日、エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさん、モブリット、私の五人は、正装用のコートを着て外出していた。
行先は墓地である。
やっと弔いのための墓碑が立ったのだ。

第五十七回壁外調査からこちら、本当に休む間もなく巨人と戦い、そして人間と戦ってきた。
ヒストリア女王が戴冠して一か月ほど経っただろうか。ようやく碑が準備できたので、幹部で揃って参上したというわけである。



調査兵団のための墓地は山奥にある。弔うための場所ですら圧力を受け、壁の端に追いやられてしまっていた。
墓地に到着した私達は馬から降り、持参した花束を持って今回建てられた碑の前へ向かう。

調査兵団が設立されてから今日まで、何人命を落としてきたかわからない。
壁外調査が終わるたびに新たな碑が立てられ、墓地を埋めていく。
当初は広大だと思われていた墓地も、今や残った面積は僅かであった。

「毎度毎度、こんな山奥に来ないと皆に会えないなんて、本当大変だよねえ」

ハンジさんは、良いとは言えない足場をよいしょと言う掛け声と共に進む。

「まあ、調査兵団がないがしろにされるのは昔からですからね」

私も答えながら進んだ。

「いいじゃねえか。皆まとめて、壁の近くにいてくれるんだ。いけすかねえ内地で豪奢に祀られるよりは、調査兵団らしいだろうよ」

兵長も答え、それもそうだね、とハンジさんや私は笑みを浮かべた。



今回建った碑の前に来た。
第五十七回壁外調査、ストヘス区での女型捕獲作戦、ウォール・ローゼ内地での戦闘、エレン奪還作戦、そして今回のクーデター、オルブド区防衛戦……。
僅かな間にこれだけの戦闘が行われ、その度に多数の死者を出した。こんなに大量の死者を一度に出したのは前代未聞である。
死者の名前が彫りきれず、今回、墓碑は三つも建てられた。
私達は三つそれぞれに白い花束を手向け、碑に向かって直立、敬礼した。

エルヴィン団長が、私達の仲間の所属と名前を一人ずつ読み上げていく。
まずは、第一分隊からだ。

「第一分隊長、ミケ・ザガリアス」

その名前から始まり、ナナバさん、ゲルガーさん、リーネさん、ヘニングさん達の名前が次々と呼ばれていく。

死者が大量故に、その名前を読み上げるだけでもなかなかの時間がかかる。
だが、エルヴィン団長は淀みない声で英霊達の名を読み上げ続けた。一度も噛まず。
私達も敬礼を崩さないまま、その場で明朗な声を聞き続けた。

「特別作戦班、グンタ・シュルツ。エルド・ジン。オルオ・ボザド。ペトラ・ラル」

リヴァイ班の名が呼ばれた時、ちらりと兵長の顔を見た。
表情に変化はない。
変化がないからと言って、何も感じていないわけではない。自らが選抜した自分の班の班員が命を落とし、何も思わないような人間ではない。
同じく、ニファ達ハンジ班の名が呼ばれた時、ハンジさんとモブリットの顔を見たが、二人ともやはり表情を変えなかった。
私だって、第三分隊の隊員の名前が呼ばれる際には、やはり思うところはある。胸が疼く。まるで古傷が痛むように。
だがやはり、顔には出さないのだ。

墓碑の下には、誰のものかもうわからなくなった骨が埋まっている。
持って帰って来られた遺体は、兵団の施設で火葬されるが、一人一人丁寧に焼くようなことはできない。遺体が大量すぎるからだ。皆まとめて焼かれる。
火葬が終わればそれぞれの骨は混じりあい、誰が誰のものかもうわからなくなっている。

それでも骨が残る者はまだ良い。
巨人に喰われ遺体が残らない者ももちろんいるし、ペトラのように遺体を壁の中に持ち帰れなかった者もいる。
彼らはこの墓碑の下に形の残るものは埋まっていない。ただ魂がそこにあると、私達は信じるのみだ。

どのくらい動かずいただろうか、エルヴィン団長はやっと死者達の名前を読み終わった。

「以上、二七四名。その自由を求めた魂は、我々に (しか) と受け継がれた。安らかに眠りたまえ」

エルヴィン団長がそこまで言って、一連の儀式は終わりだ。
私達は金縛りが解けたように、ふうっと息を吐きながら敬礼を崩した。
もう死んでしまった彼らに、私達は祈ることと、今ある生を精一杯生きることしかできない。

皆……自ら生を放棄しようとして、ごめんなさい。
命を捨てそうになった私を止めてくれてありがとう。嬉しかった。
もう絶対、絶対に、自ら命を投げ出すようなことしない。もう私は迷わない。

「……二七四名か、多すぎますね」

モブリットが呟く。そうだなとエルヴィン団長も言った。

「それにしても、ミケとナナバはほぼ同時期に死んだことになるのか? 偶然にも」
「そうですね……ミケさんの死亡時刻がわからないので推測ですが、同日中に亡くなっているのではないでしょうか。報告書を読む限りだと」

ハンジさんの問いに私が答える。

「そうか……不思議なもんだよね。
ミケもナナバも別行動してたから、お互いが死んだことなんて知らなかったのにね。相手の方には生きていて欲しいと思っていたんだろうし。
死後の世界で二人とも無事に会えていればいいんだけど。二七四人も一度に向こうに行っちゃったら、人混みで会えてないんじゃないか?」

ハンジさんは茶目っ気たっぷりに笑った。

「それは大丈夫です、二人は絶対会えてます!」
「なぜそう言い切れる?」

私が自信満々に言うと、エルヴィン団長は穏やかな口調で私に尋ねた。
私は牢に捕えられ水責めを受けた時と、池で溺れた時のことを思い出しながら説明した。

「信じてもらえるかわかりませんが……私は二人揃った彼らを夢で見たんです。それも二回も」

エルヴィン団長、リヴァイ兵長、ハンジさん、モブリットは興味深そうに私の方を見やる。

「私が生きることを諦めそうになった時に……二人揃って止めに来てくれたんです。ナマエ、まだ死ぬなって。
だから、二人は絶対に死後の世界でも一緒にいますよ。
あんなにお互いがお互いを思っていたんですから、向こうでも仲良くしているはずです」
「……そうか、そうだね、きっと……」

ハンジさんが優しい声で言い、私の頭をくしゃっと撫でた。

「そうか、ナマエの話からすると……俺がミケに会ったのは、まだナナバと合流する前だったのかもな」
「えっ!?」

突然そんな事を言い出したエルヴィン団長に私達は驚き、団長の方を見やる。

「団長も、ミケさんに会ったんですか!?」
「ああ、俺の幻覚かと思っていたんだが……ナマエの話を聞いて確信したよ。ミケは俺に会いに来てくれた」

エルヴィン団長は嬉しそうな顔をして、墓碑の前にしゃがみ込んだ。

「いつですか? もしかして、エレンを奪還した後に壁の中へ戻る時ですか?」

私は、自身が命を危うくした時にミケさん達に会えたことを思いだし、きっとエルヴィン団長も生命に危機が及んだ際にミケさんに会ったのだろうと勝手に解釈した。
だとすれば、団長の命が一番危うかったのは、腕を喰いちぎられた後に出血多量の状態で帰還している最中かと思ったのだ。
実際、あの時の団長は朦朧として、私を過去の想い人マリーさんと混同するくらいだった。

「いや、それよりももう少し前だ。丁度、巨人に腕を喰われた時だと思う。
ミケがな……刃で、俺の右腕を叩き斬ったんだ」

私達は誰一人声を出さず、エルヴィン団長の話に耳を傾けていた。
風が私達の間を通り抜け、静かな風音だけが聞こえた。

「ミケのその刃が痛くてな……。
恐らく俺は巨人に腕を喰われて、一瞬意識を失っていたんじゃないかと思うんだが、ミケの一太刀で目が覚めた。
あれでミケが起こしてくれなかったらと思うと、ぞっとする」

そうだ。腕一本は大きい損害だが、考えようによっては腕一本で済んで良かったのだ。
エルヴィン団長は今動く心臓と共にこの場に立っているのだから。

「その時はミケ一人しか俺には見えなかったんだが……あの後、ナナバと会えていたんなら良かった。ナナバが一緒ならミケも寂しくないだろう」

エルヴィン団長は立ち上がり、墓碑とその前の花束を見つめた。

「ミケは……腕一本で済むようにしてくれたんだろうよ、きっと」

ぽつりと言ったリヴァイ兵長の言葉に、私は納得した。
すっと腑に落ちた。きっとそうに違いない。
ミケさんはきっと団長のこと守ってくれたに違いない。



一しきり墓碑の前で過ごした後、私達は馬で兵舎へ戻った。

帰還中、私は馬上で考えていた。ミケさんとナナバさんのことだ。
お互いがお互いとほぼ同じ時に命を終え、そして死後の世界で再会できたとは。
私と兵長は、どちらが先に死ぬのだろう。誰にもわからない。
ただ、兵長より後には死にたくない。

先日の一連のことで、私はリヴァイ兵長なしでは生きていけないことがわかってしまった。
兵長が先に命を落とした場合、私はどうなるのだろう。
生ける屍のようになり、廃人として生きていくのだろうか。
それとも、先日のように錯乱して自ら命を放棄しようとしてしまうのだろうか。
そんなことは絶対あってはならない。先ほど墓碑の下の仲間達に誓ったばかりだ。

本当であれば、兵長がいなくても兵士として立派に生きていかなければならない。
それが当たり前だし、私はそれができるだけの愛情をもう既にもらっているはずなのだ。兵長の死後も、彼の愛情を感じながら残りの寿命を全うできるだけのものを。もう私は、一生分としても有り余るくらいの愛をもらっている。
だが、兵長の死後、真っ当に生きている自分をどうしても想像できなかった。
弱い人間だなとため息が出る。

大型で比較的長命の鳥は、番を持ちその番と生涯添い遂げるとされている。
だが、番を失った鳥はどうなるのだろう。
他の相手を見つけて、新しく関係を築き子孫を繁殖させるのだろうか。それとも、もう一生繁殖することもなく、一人寂しく生涯を終えるのだろうか。

私はどっちだろうか。
兵長は、どっちだろうか。

ミケさん、ナナバさん。もう、巨人のいない穏やかな世界にいるのでしょう。
これからはその穏やかな世界でずっと一緒ですね。

こんなこと、決して言ってはいけない。思っていることを勘付かれてもいけない。
私の心の中には本当に不謹慎な思いが浮かんでしまった。

ちょっとだけ――いえ、かなり、羨ましいです。

不心得なその思いを打ち消すように、私は馬の手綱を強く握り、愛馬を勢いよく走らせた。




   

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