第二章 兵士長と分隊長





02





居住棟の居室も、幹部棟の執務室も、ハンジさんの隣だった。大して荷物は多くなかったので居室の引っ越しはすぐに済み、広い一人部屋でベッドに寝転んだ。
執務室は引っ越しも何もない。前回の壁外調査で亡くなった前任の第三分隊長の遺品は遺族のもとに返され、執務室の中にあるのは執務に使う書類や道具のみだ。これから自分の物が増えていくのだろうか……。

「アメリー……。私、分隊長になったよ……」

ベッドの上でそっとつぶやいた。



「ナマエっ?」

ドンドンというノック音と、私を呼ぶ声。ハンジさんだ。

「ハンジさん!」

ドアを開けると、私に飛びついてきて言った。

「ナマエっ! お隣だね! よろしく! それと、分隊長就任おめでとう」
「ハンジさんもでしょう! おめでとうございます!」

ハンジさんは私の部屋に入ってくると、テーブルにドンと瓶を置いた。

「二人でお祝いしよう?」
「お酒……いいんですか、まだ夕食前ですけど?」
「今日の訓練はもう終了したよ!」

ハンジさんは勝手に棚から今しまったばかりのグラスを出して、ワインを注ごうとする。私はワインのラベルを見た。

「……上等そうなやつじゃないですか」
「でしょ? 好きでしょナマエも」

三人掛けのソファに並んで座った私達はにやりと笑い、

「ナマエと私の分隊長就任に、乾杯!」

ハンジさんの声に合わせて、グラスをぶつけた。



「……ま、そんなこと言っても、私は別に分隊長なんてならなくても良かったんだけどねぇ〜。巨人の捕獲と実験さえできればそれで」
「地位があった方が、捕獲と実験についても進言しやすいと思いますよ。それに、エルヴィン団長がハンジさんの頭脳を放っておくわけないじゃないですか」
「それはナマエでしょ?」

えっ、と言葉に詰まる私に、ハンジさんは眼鏡の奥の瞳を優しく揺らし、こちらに向けた。

「ナマエがとんでもなく賢い子だってこと、エルヴィンはよくわかってる。私はナマエのこと後輩としてとても可愛いけど、本当に頭の回転が速いし、いつも客観的に状況を判断できるから、時々三つも年下だってこと忘れそうになるよ」
「……」

謙遜すれば良かったのか? 
私は何と言っていいかわからなくて、黙ってワイングラスを傾けていた。

「それでも、ナマエ、いつでも私に頼って。何でも一人でできちゃうんだろうけど、あなた一人で抱えるのが負担に感じた時は、一緒に背負わせてね。
あなたは聡いし兵士として優秀だ。でもそうは言っても十八歳の女の子なんだからね」
「……ありがとう、ハンジさん……」

小さな声でそう言って、ハンジさんの肩に頭を預けた。



私には家族がいない。同期もいない。
ハンジさんは数少ない心を許せる先輩だった。
ちょっと、もとい、かなり変わったところのある人だから、普通の若い女の子のように、一緒に洋服を選びに行くとか、甘い物を食べに行くとか……そんな付き合い方はしないけれど。
食堂で一緒にご飯を食べたり、時々部屋で二人で酒を飲んだりして、いつも気にかけてもらっている。

「私じゃダメな時は、誰でも良いよ。エルヴィンでも、ミケでも、リヴァイでも」
「エルヴィン団長とミケさんはもちろん信頼していますが……リヴァイ……兵士長だけは、話したことがないのでよくわかりませんね。
もちろん彼の実力と右肩上がりの人気については承知してますが」

入団時期でいえば完全に私の方が先輩だが、明らかに自分より年上であり、分隊長の上の兵士長という役職の彼をどのように呼ぶべきか迷い、とりあえず失礼のないように「リヴァイ兵士長」と呼んでみた。

「はは、そうか。リヴァイ……面白いやつだよ。
まあ確かに、彼の人気はすごいことになっているね。今年入ってきた女の子達の視線ったら、可愛いよねぇ! もう」
「ほんと……皆十五とか十六とかですもんね。それは……あの顔とあの動き見せられちゃ、無理もないかも」

自分だって十八だからそんなに変わらないのだが、入団時の自分を思い返すと今より大分子供だったと思う。なので、この発言は許してほしい。

「まあ、それはナマエも同じことが言えるけどね。変な男の子にまとわりつかれないよう気を付けてね」
「あはは、私は大丈夫ですよ」
「でもとにかく、リヴァイは悪いやつじゃないよ。
これから業務上も関わること多くなると思うから、きっとそのうちわかると思うけど」

ハンジさんはそう言って、私のワイングラスにおかわりを注いでくれた。



次の日の朝、エルヴィン団長の予告通りに朝礼で人事が発表された。
次期分隊長候補と噂されていたハンジさんはもちろんだが、私とリヴァイ兵士長の人事についても大きな不平は出なかったようだ。
「兵士長」は呼びにくかったのか、団内では「兵長」という呼称が浸透していった。
名実ともに調査兵の頂点となったリヴァイに心酔する者は、更に増えていった。



そして、その日はあまりにも突然やってきた。



超大型巨人と鎧の巨人が出現し、ウォール・マリアが突破された。
人々の弛みきっていた意識は、迅速な行動を妨げ大変な騒乱状態を招き、調査兵団にウォール・マリア突破を知らせる早馬が着いた時には、既にシガンシナ区が陥落していた。

翌年行われたウォール・マリア奪還作戦では大敗。
人類はウォール・マリアを放棄し、領土の三分の一と人口の二割を失った。





   

目次へ

小説TOPへ




- ナノ -