昔の日常 12.子供副隊長と雨 8/11
それは、綱吉が十一番隊に配属されてまだ日が浅い日のことだった。
「しょ、書類が終わらない…」
執務室にいるは、沢田綱吉と綾瀬川弓親。二人の前には大量の書類の山が出来ていた。
「……僕、用事が…」
「逃がさないよ弓親。一緒にこの地獄を乗り切ろうではないか」
「この書類地獄終わるの?」
「訊かないで」
目の前にあるこの書類達。終わるのか甚だ疑問の一言だ。
「「……はぁ」」
綱吉と弓親は同時に溜め息をついた。
この量を今日中に?終わらせるしかないのだが、無理だ。普通に考えて無理だ。
二人だけではなく、せめてあと四人、いや、二人いれば話は別だが、他の者にも仕事があるだろうし、どうしたものか…。
二人が悩んでいると、目の前の窓の外に、見覚えがある顔が通る。
「あっ、副隊長」
「あれ、ツッ君だ!何やってるの?」
「仕事ですよ」
十一番隊副隊長、草鹿やちるは窓から執務室に入ってくる。彼女の顔はいつも笑顔で、何がそんなに楽しいのかと思う。
「今日は更木隊長一緒じゃないんですか?」
「うん!今日はこれから十三番隊に遊びに行くの!」
十三番隊と言えば、確かやちると浮竹隊長は仲が良い。恐らくお菓子でも貰いに遊びに行くのだろう。
「ツッ君はどうしたの?浮かない顔だけど」
「仕事が明らかに終わりそうになくて…困っているんです」
「ツッ君困ってるの?」
やちるは首をこてんと横に倒して言う。くそう、可愛いな。こんな仕事ばかりじゃなかったらゆっくりと見ていられるのに。
綱吉がそんなことを考えていると、やちるが良いことを思い付いたと言いたそうに手をぱんっと合わせた。
「じゃぁ、そのお仕事手伝ってあげる!」
「へ?手伝うって?」
「この紙束だよね?」
そう言ってやちるは綱吉の机の上に置いてある書類の山の半分を持ち上げた。
「うっきーの看病している人にやって貰えば良いんだよ!」
「え、でも良いんですか?」
「うん!いつもうっきーの看病してる暇な人達だから大丈夫!」
嗚呼、そう言えば、彼処の隊には隊長が大好きな男女が二人いたか。副隊長が優秀だから問題ないのかもしれないが、それで良いのか。
「ありがとうございます」
いきなり仕事を押し付けてしまうのは申し訳ないが、今日の書類は本当にヤバイ。手伝って貰えるのならそれに越したことはない。此処は副隊長に甘えておこう。
「副隊長にはお礼しなくちゃですね…」
書類をやってくれる方々には後日お礼をしに行くとして、直接頼んでくれるやちるにもお礼をしなければ。
「お菓子が良い!」
「んー…今はお菓子の持ち合わせはないですね…」
やちるにも後日お礼をするのも手だが、出来ればすぐにしたいものだ。せめて簡単なのをすぐにしたいのだが……。
「うーん…」
そして、綱吉はふと、窓の外に広がる空を見た。
嗚呼、今日は――。
綱吉は立ち上がり、自分の荷物が置いてあるところまで歩く。
「ツッ君?」
やちるは綱吉が何をするのか分からず、目で彼を追う。弓親も分からなく、やちると同じ行動を取る。
「はい、副隊長」
綱吉がやちるに渡したのは、一本の傘だった。
「今日はこれから雨が降ると思うので、持っていって下さい」
「え?でも、こんなに晴れてるよ?」
「今晴れていても、夕方には降り出すと思います」
「ふーん……分かった」
やちるは本当に信じているのかは分からないが、大人しく傘を受け取る。傘の一本くらい荷物が増えたところで、やちるに取って大した手間ではない。なら、受け取っても問題ではなかった。
「日が沈む前には書類も終わると思うので、そしたら甘味屋に行きましょう。お礼に奢ります」
「本当!?」
やちるは子供らしく、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃぁ、夕方には帰ってくるね!」
「はい」
やちるはそう言って、入ってきたときと同じように窓から出て行く。
弓親はその後ろ姿を見ながら言う。
「……本当に雨なんて降るの?」
「降ると思うよ?」
「空、良い天気なんだけど」
「今はね」
そう言って綱吉は机の前に座る。
「さて、これで終わる目処が立ったぞ」
「夕方には終わらせないとね」
仕事に取り掛かる前、弓親は最後にもう一度空を見た。
「……本当に降るの?」
夕方。
突然の雨に急いで走っている者達の中、一人傘を差して帰ってくるやちるの姿があった。
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以後、彼の予報は外れたことがない。
拍手で戴いたネタを元としております。
素晴らしいネタをありがとうございました。
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