昔の日常 6.新入隊士と鬼師匠達     3/11
 

「ぐわぁぁぁ!」

綱吉が座って見ている数歩前を、男が吹き飛んで行く。その先には大きな岩。
ぶつかったら痛そうだなぁ、と思いながらも、綱吉は助けなかった。これは彼の修行なのだから、助けたら修行相手に悪い。岩にぶつかりたくなかったら、自分で吹き飛ばされないようにしなければ。



ズドォォォン



予想通り岩にヒビを入れて彼は止まった。吹き飛ばした彼が本気を出したら、ヒビでは済まないでそのまま岩を破壊していくだろう。多少なりとも加減したのだろうか。
まぁ、十一番隊に来てまだ二ヶ月の彼に本気で修行をつけたりはしないのだろう。

「これで七連敗…と」
「おらぁ!恋次!せめて俺に掠り傷でも負わせやがれ!」

男を吹き飛ばした張本人――斑目一角は刀を肩に担ぎながら叫ぶ。

本日は十一番隊新入隊士である阿散井恋次の修行だ。
五番隊から来た恋次は、まだ死神になって日が浅いが、筋が良い。一角が師匠になって修行をすれば、すぐに席官にだってなれるだろう。その場合はきちんと書類仕事をやってくれる席官になってもらわねば。

「おーい、生きてるかー」

綱吉は大して心配していない声で恋次に呼び掛ける。彼はまだ立ち上がることは出来ておらず、木刀を支えにやっとこさ身を起こしているところだった。

「ありゃ駄目だ。一角、一回休憩しない?」
「だな。腹の具合からして、丁度昼時だしな」

一角は手頃な木陰に座る。綱吉はその隣に弁当一式を置いてから恋次に近づいた。

「休憩するぞぉ」
「まだ…やれます…」
「俺らが腹すいたから休憩なんだよ。ほら、立って」

綱吉は恋次に手を差し出す。恋次は一瞬迷ったようだったが、礼を言って綱吉の手を取った。

木陰に行けば、一角がすでに弁当を広げて食べ始めている。

「あっ、その唐揚げは俺のだ!」
「遅ェ!もらっ…」

一角が今まさに口に入れようとしていたのを、頭を殴ることで阻止する。
唐揚げはその衝撃で一角の箸から逃れて宙を舞うが、それを口で受け止める。行儀悪いが、致し方ない。

「てめえ、何しやがる!舌噛んじまったじゃねぇか!」
「うっさい。人のものに手を出すのが悪い。さっ、阿散井も、食べないと食われるぞ」
「食い過ぎんなよ。午後の修行で吐くぞ」
「はい…」

阿散井は大人しく座り、目の前にあるお握りに手を伸ばす。

食事中はもっぱら戦い方の話をした。
恋次が体で覚えるタイプなのは分かっているが、戦い方の反省や改善点をはっきりさせるのは重要だ。

綱吉も、昔は鬼のような家庭教師と反省会をしたものだ。もっとも、反省していたのは綱吉だけで、師匠である家庭教師はズバズバと弱点を指摘していくだけだが。
しかもその家庭教師、そのあと反省点を直そうとしたら、そこに意識が集中している隙を付いてくる。何が「また反省点が出来たな」だ。お前がその性格を反省しろ。
勿論、口に出したことはないが。

「そう言えば阿散井」

食事も大方終わった頃。
綱吉は唐突に言う。

「お前、目標ってある?」

最初のうちに、家庭教師に言われたことがある。
目標を作れ、と。
遠くても良い、近くても良い。目標があるのとないとでは、全く違う、と。
その考えには同意するので、ふと思い出して訊いてみたのだが…。

「……」

阿散井が神妙な顔をして黙り混んでしまった。
可笑しなことを訊いたつもりはないのだが、どうしたのだろう。

「…越えたい奴なら、います」

阿散井は真剣な顔で言った。

「誰だ?」

一角はその様子を見て、自分も真剣な顔をして問う。
随分と真剣な様だし、まだ知り合って日が浅い自分達にはそこまで話してはくれないかとも思ったが、恋次ははっきりと口にする。

「六番隊隊長の、朽木白哉」

朽木白哉。長い歴史を持つ四大貴族の朽木家現当主で、歴代最強と唱われる。
その人を、越えたいか。

「朽木白哉ねぇ…」

そう言った一角は、右手を顎にやり、何か考えているようだ。

しかし、白哉さんか…。正直、意外な名が出てきた。
修行に対する熱心さ、いや、必死さから、目標や目的はあるンじゃないかとは思っていたが、何故白哉さん?それも、追いつきたいではなく、越えたいときたものだ。
理由もなしに目標とする人ではないと思うが。
…そう言えば……。

「朽木家って、養子とったよね」
「ぶっ!?」

恋次は飲んでいたお茶を吹き出し、激しく咳き込んでいる。
ちらりと思い出して口にしてみたが、まさかの当たりだったらしい。
恋次も朽木白哉の名を出すだけでその事を言われると思わなかったのだろう、動揺が行動に出ている。

「確か阿散井と同期だよねぇ。……恋人だったの?」
「友達ッス!!」

恋次は一拍も置かずにすぐさま否定する。
しかし、力強い否定の後、力弱く目を反らす。

「流魂街からの…友達ッス」
「…そっか」

一角も察したのだろう、横槍を入れたりはしなかった。

流魂街からの、友達。恋次の様子から見て、仲が良かったのだろう。
しかし、相手はもう貴族になってしまった。
今までの様には、いられない。

「…そりゃ、越えたいなぁ…」
「……越えます。越えて、みせます」

その難しさは、自分にも分かっているのだろう。
もしかしたら、白哉さんに会ったことがあるのだろうか?それか、近くであの霊圧を感じたか。目の前に立たなければ、あの人の壁の高さは分からない。

それでも、その壁を越えたいと、はっきり言った。

「因みに一角。普通に考えたら、どんぐらい掛かる?」
「普通に考えたら百年掛かっても無理だな」
「越えます!」

恋次は、先ほどよりも強く言った。
本気の本気、真剣だ。

白哉を越えたいと言ったら、絶対に無理だと言う人がほとんどだろう。
だが、彼はそう言われても諦めない。馬鹿みたいに越えようとするのだろう。


そして、綱吉も一角も、そんな馬鹿が嫌いじゃなかった。


「んじゃ、越えようか」
「おら、立て」
「えっ…」

綱吉と一角は、すっ、と立ち上がる。

「ほら、百年掛かりたくないだろ?」
「はいっ!」

恋次も木刀を手に立ち上がる。
うん、良い顔している。

「じゃあ、次は俺とやろうか」
「えっ」

綱吉は満面の笑みで言った。
十一番隊初日の悪夢を思い出したのだろう。恋次の顔が青くなる。
勿論、綱吉は手加減する気はない。

頑張って強くなれ。







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数十年前の修行風景



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