窓が開いたままの無人の執務室。そこにいるはずの部屋の主の姿はない。

机に積まれている、決済が済んでいない大量の書類。そして、その中央に置いてある一枚の紙。一角はそれを手に取る。


『弟と飯食べるから帰る。残った書類よろしく。 by綱吉』


机の上の書類の期限は今日まで。一人でこれを?


十一番隊隊舎に一角の叫びが響き渡った。





「へっくしゅ!」
「ツナ、夏風邪?」

本格的な夏が始まった。着物は夏服になり、水撒きをする姿も見掛けるようになった。
今日の天気は快晴で、ずっと外にいたら熱中症になるだろう。
そんな日差しの下、彼らは歩いていた。

「いや、たぶん誰かが噂でもしてるんだよ」
「それは迷信じゃない」

本当に噂されているとはまったく思わない彼は、呆れながらもそう言った。

綱吉と一緒に歩く赤毛の青年は古里炎真。綱吉の双子の弟である。

「それよりも、どう?最近は」
「ん、順調だよ。新入隊士達も隊務に慣れてきたみたいだし、心配なさそう。そう言えば、十一番隊に行った彼はどう?」
「ああ、阿散井?筋が良いね。エンマが気に掛けるのも分かるよ。今は一角が手解きしてる」
「ツナは見ないの?」
「戦い方が違うから。俺は基本刀使わないし」
「ツナ、剣術苦手だもんね」
「エンマもそうだろ」

そう言って二人は笑う。久しぶりの兄弟との話しが、彼らは楽しかった。

「家の方は?みんな元気?」
「元気過ぎるよ。アーデルがまた雲雀さんの家に殴り込みに行ってるし…」
「アーデルハイトさんも諦めないなぁ。雲雀さんは一回圧勝したから興味無くしてるし…」
「今日はジュリーも付いていったから、夕飯までには帰ると思うけど」

知り合いとはいえ、上流貴族に何度も殴り込みに行くのは止めて欲しい。しかもそれをやる人物は彼女だけではなく、十三番隊に所属する極限兄貴の異名を持つ熱血漢もいて、その人も知り合いなのだから自分らの周りには個性が強すぎる人が多すぎだ。

「平和って何だろうね…」
「今も十分平和って言えると思うよ?」

綱吉は炎真の肩をポンッと叩く。

「ほら、ここでしょ?エンマが言ってた店」

綱吉がまだ新しい小綺麗な定食屋を指差す。今日は二人で新しく出来た店に食べに来たのだ。

「へい、らっしゃい!」

店に入れば店員の元気な声が店に響く。それと同時に、意外な声が掛かる。

「あら、ツナとエンマじゃない!」

店内から掛けられた声。そちらを見れば一人の女性がこっちに来いと手を振っていた。
断る理由はない。綱吉と炎真は店内を進んでいく。

「乱菊さん、確か十番隊は今日非番じゃないですよ?どうしてここにいるンですか」
「あらぁ、それは十一番隊も同じじゃないの?」
「俺は後を任せてきましたから」
「本当かしらねぇ?」

乱菊は意地が悪そうな笑みを浮かべるが、綱吉は素知らぬ顔をする。
乱菊の察する通り、無理矢理置き手紙を残して出てきたのだが、たまには良いではないか。十一番隊の書類の殆どは自分と弓親が片付けているのだ。たまの弟とのお昼を潰したくはない。

乱菊と一緒にいた少女が大きな口を開けてご飯を食べている。最初に綱吉を見ても何の反応も示さなかったが、彼女は横にいた炎真を見て驚き、喉に食べていたご飯を詰まらせる。
炎真は彼女の背中を優しくさすり、大丈夫かと声を掛けている。

「平気?雛森さん」
「こ、古里三席、どうしてここにいるンですか!?」

彼女はどうやら炎真の知り合いらしい。恐らく隊の後輩なのだろう。一気にご飯を掻き込んでいるのを見られて恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。

「ツナ、どうせだから一緒に食べましょうよ」
「奢りませんよ?」

綱吉はそう言いながらも乱菊の隣に座り、炎真も向かいである雛森の隣に座る。

「雛森さん、随分と沢山食べるね」
「あっ、これは…」

雛森はどうにか隠そうとしているが、それは無理と言うものだ。机にはすでに空になった丼が三杯、今食べている丼も残り少ない。彼女がこれを全て食べたとは驚きだ。

「エンマ、彼女は?」
「そっか、ツナは初めて会うんだ。彼女は五番隊の隊士で、雛森桃さん」
「こんにちは、雛森さん。十一番隊の沢田綱吉です」

軽く挨拶をして、綱吉は手早く自分と炎真の分の注文をする。

「彼女は鬼道が得意何だ。いつか席官クラスになると思うよ」
「ほっ、本当ですか!?」

雛森は口を押さえて、思いも寄らない言葉に驚いている。

「なっ、なれますか!?席官にも!」
「へぇ、エンマが言うなら期待高いなぁ」
「あら、良かったじゃない雛森。丁度その事でやけ食いしてたンだから」
「え?」

炎魔は驚いて雛森を見る。雛森は「乱菊さん!」と責めるように言うが、その言葉を否定しない所を見ると、それは嘘ではないようだ。

「ちょっと聞いてよ、エンマ!昨日雛森酷い目に会ったのよ!」
「酷い目?」
「昨日の仕事で少し失敗したらしいンだけど、それを上司にねちねち嫌味言われてね、雛森も悪いのは自分だからって大人しく聞いていたのよ。そしたら!」
「そしたら?」
「そいつ調子に乗って『お前何て一生ヒラ隊士だ!』って言ったらしいのよ!酷くない?」
「うわぁ…なにそれ」

雛森はその言葉で落ち込んでしまい、見かねた乱菊がお昼を誘ったのだ。
雛森はまさか自分の隊の三席に会うとは思わず、また話されるとも思わず、全てを愚痴としてこぼしてしまった。
今、その彼女はやけ食いをしていた理由を知られ、耳まで真っ赤にして俯いている。

「雛森さんがずっとヒラの訳がないよ。雛森さんがヒラだったら隊長は化物だよ」
「まあ、今でも化物みたいな隊長はいるけどね」
「ツナの隊長とか?」
「うちの隊長とか」

炎魔と綱吉の軽い会話に、乱菊は可笑しそうに大声で笑う。そしてそれを見ている雛森も、真っ赤な顔でクスリと笑った。







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