「最初は、家庭教師だっていう赤ん坊が来たンだ」

夕飯のカレーが入っている鍋を掻き回しながら、綱吉は言った。
その隣では、神楽がサラダを作っている。作ると言っても、キャベツをちぎってミニトマトを乗せるだけの簡単なものだ。銀時はテーブルを拭いて、新八は食器を出している。

「家庭教師が赤ん坊アルか?ツナの世界は凄いアルナ」
「いや、普通はそんなことないよ!?勘違いしないでね?俺だって驚いたよ?…そのすぐ後に、マフィアのボス候補だっていうのを知ったンだ」

すぐに綱吉は、なる気はないけどね、と言う。その横顔は、自分がボス候補だという事実に呆れてはいても、悲痛な感じではなかった。

「それで…どうしたアルか?」
「どうしたって言っても…家で勉強するようになった以外は変わらない……あっ、友達が出来たよ。獄寺君と山本は、リボーン…その家庭教師が来てから出来た友達何だ」

綱吉は嬉しそうに言う。
小さじでカレーの味見をして、辛さが足りなかったのか、唐辛子を一つまみ入れた。

「…ツナ」
「何、神楽ちゃん」
「『未来』は危ないアルか?」
「……え?」

綱吉は鍋を掻き回している手を止めた。

新八は何のことなのか分からないのだろう。コップをテーブルに置いて不思議そうにしている。
銀時は、ようやくか、という思いだった。
神楽が綱吉の独り言を聞いてしまってから、彼女が気にしていたのは知っている。先日、綱吉がマフィアについて明かしてから、何度かそのことについて訊こうとしていたが、踏ん切りが付かなかったのだろう、結局は訊けていなかった。それが、やっと決心がついたらしい。

綱吉は、神楽が未来について口にしたことに驚いていた。
今まで神楽に未来での戦いについて話したことはないので、彼女は知らないはずだ。だから驚いたのだが、獄寺か山本がそれについて何か言ったのだろうと、深くは考えなかった。

「『未来』は…危なかった…かな」
「未来に行ったアルか?」
「うん、まぁ、最初は事故のようなモノだったはず何だけど…何というか、事件に巻き込まれたっていうか…」
「事件アルか?」
「んー…取り敢えず、十年後の俺は死んでいるらしい」
「大問題アルヨ!?何で冷静アルね!?」
「まぁ、本当は撃たれて仮死状態になっていただけらしいけど」
「だけって何アル!?超最悪から最悪になっただけアルヨ!?」

銀時はそれをソファに寝っ転がって聞いていた。
神楽にも突っ込み属性はあったらしい。これでは本格的に新八がただの眼鏡になってしまうぞ。どうする新八。
銀時のそんな心の声などが聞こえるはずもない新八は、綱吉の話に驚いてコップを持ったまま固まっている。

「その未来で修行やら戦いやらしたね」
「大丈夫だったアルか?」

綱吉は答えない。しかし、その顔には先ほどまでは欠片もなかったはずの、悲痛があった。

「…ツナ?」
「…ユニが……頑張ってくれたから……」

綱吉はそれだけ言った。
その『ユニ』が誰なのかは気になったが、綱吉の悲しそうな目が聞かないでくれと言っているようで、その言葉の意味を詳しく訊けなかった。

「ツナ…」
「ユニが、頑張ってくれたから、俺達は平和な過去に帰れたンだ」

綱吉はそう言って神楽に笑いかけた。しかし、その笑顔はぎこちなかった。
彼は、新八が用意しておいてくれた食器にご飯を装った。
神楽のサラダはもう完成している。台所にいる理由はない。後は運ぶだけだ。しかし、神楽はそこから動かなかった。
まだ、訊きたい事があったから。

「嫌じゃないアルか?」

神楽は言った。一番訊きたい事を。
自分でも、あんまりな問だと分かっている。自分の世界が嫌いなど、綱吉が言うわけがないのも分かっている。それでも、訊きたかった。綱吉が、元の世界に本当に戻りたいのか。
新八が思わず立ち上がる。神楽を諌めようとでもしたのだろう。しかし、銀時がそれを軽く手を挙げることで止めた。直接綱吉に訊かねば、神楽の不安は消えないのだ。
綱吉は装う手を止めて、神楽を見る。驚いたように何度も目をぱちくりと瞬きさせている。

綱吉がそうしていたのは、長く見ても五秒ほどだろう。しかし、神楽が問うたことを後悔させるのには十分だった。
やっぱり、何でもない。そう言おうと思った。

しかし、綱吉は笑顔になった。それは、大空に輝く太陽のようだった。

「俺はあの世界が好きだよ」

綱吉は再びご飯を装い始めた。
彼の顔には、笑顔が戻っていた。

「そりゃ、嫌なことや辛いことだってあるけどさ。それ以上に楽しいよ」

みんなと笑い合えるからね。

神楽は隣で綱吉を見ていた。彼は、元の世界が好きだと言うと、幸せそうだった。

「あっ、だからって、この世界が嫌いな訳じゃないよ?この世界だって面白いし、楽しい事だっていっぱいあるし、この世界だって好きだよ?」

神楽が何も言わないのに心配になったのか、綱吉は次々とこの世界の良いところを言う。
その慌てた様子はいつも通りの綱吉で、悲しそうにしているよりもずっと神楽は好きだった。

「…かぶき町が良い街なのは当然アル」

神楽は胸を張って宣言する。

「このかぶき町の女王がいるアルからな!」

神楽はサラダの皿を持ってテーブルに運ぶ。綱吉も、その神楽の様子を見て安心して、カレーをご飯に掛けていった。神楽の分を少し多めにしておいた。



銀時はそっと目を瞑った。
少し心配したが、神楽の不安は消えたようだ。綱吉の事も、帰りたいと思っているのは本心からだというのが分かった。
しかし、今は万事屋の一員だ。この世界を楽しんで欲しい。

取り敢えず、今夜にでもこっそり綱吉にスイーツでもあげよう。

この世界を好きだと言ってくれた彼へのプレゼントだ。







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36666HITキリ番リクエスト
銀色アサリで『元の世界の話をする』でした!


長編にも出てきた場面を書かせて頂きました!
神楽はようやく胸のつっかえが取れたことでしょう。
このあと新八が帰って、神楽が寝たあとに銀さんとの二人だけの話しがあったりね!
そんな妄想ばかりです!


今回のリクエストはラキ様でした!
お待たせしました!シリアスになりましたね…。
リクエストありがとうございました!


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