一族の会議が終わり、彼女は真っ直ぐと護衛が待っている部屋に向かう。
待っている護衛は一人。それ以外の護衛はこの階へと上る権利を持たない。つまり、待っている護衛は彼女の懐刀ということだ。

迷いがない足取り。感情が読みとれない無表情。それを崩すことなく進む姿は、威風堂々との言葉が似合っていた。
彼女の名はイーリー。越佐大橋の西区画を仕切る組織の幹部である。

「……」

彼女は無言のまま部屋の扉を開ける。
彼女の常に連れている護衛は、いつもイーリーが開けるときには立ち上がり、すぐに動けるようにしている。
しかし、今回は少々違っていた。

「…誠一」

彼女の護衛である狗木誠一はソファで横になっていた。いつも感情を映さない瞳は閉ざされ、胸は規則正しく上下に動いている。
珍しいことに、誠一は眠っていた。

「……」

イーリーは気配を消し、物音を立てないように忍び足で部屋に入る。彼女は決して素人ではない。それぐらいはたやすいことだった。
いつもの誠一ならば、それでも気付くはずだった。ソファに近づき、隣に立つ。しかし、彼に変化は見られない。どうやら彼は深く眠っているようだ。
最近西区画はとある問題を抱えていて、治安が一層悪く、いつ襲撃されても可笑しくない状態が続いていた。それが昨日で解決し、気が緩んだのかもしれない。
それでも、イーリーがこの場で一言「起きろ」と言えば、彼は電源が入れられたかのように目覚めるだろう。それがこの男だ。
しかし、どうしてもそれが出来なかった。

「……」

彼は、イーリーの前では眠ることはない。最後に彼が眠っているのをこの目で見たのは、彼がこの島に戻ってきて、怪我人として運ばれた時だろうか。
随分と久しぶりのことに変わりはない。

「……」

前を見る。右を見る。左を見る。もう一度前を見る。部屋にはイーリーと誠一以外、誰もいない。それは確実だ。

組んでいた腕を解き、ゆっくりと、右手を誠一へと近づける。
起きるかもしれない。起きないかもしれない。
分からないまま、そっと、彼の頬に触る。
彼は目覚めなかった。

「……」

聞こえる音は、誠一のゆっくりとした寝息だけだ。しかし、自分の心臓の鼓動まで聞こえてくる気がした。
緊張しているというのか。このイーリーが。滑稽だった。
しかし、笑えるような気分ではなかった。

「……」

触れたまま、その場にしゃがみ込む。一気に誠一の顔が近くになった。
それでも、彼は目覚めなかった。

「……」

声を掛けたら、彼は起きるだろう。起きたとき、主の顔がこんなに近くにあったら、彼はどんな顔をするのだろうか。
きっと、少しだけ驚くだろう。しかし、すぐに冷静になって、いつも通りに戻る。

私と彼は、ただの『主と護衛』なのだから。
彼は、ただの『私の影』なのだから。

「……」

少しだけ、目を細める。少しだけ、無表情を崩す。
それでも、彼は目覚めない。

イーリーは、彼に気を取られていた。



「イーリー姉さん、可愛い」



その声が聞こえた途端、すぐさま立ち上がり、後ろの入り口で立っていた少女の元に早歩きで移動し、その手を取って部屋を出る。
部屋からある程度の距離まで歩く。ここなら部屋にまで聞こえない。話をしても大丈夫だろう。イーリーは少女の手を放して向かい合う。

「リーレイ。貴方、いつから居たの?」

彼女の名はリーレイ。西区画の始末屋であり、イーリーの妹でもある。
彼女は眠そうな目をぱちぱちとさせてから、首をこてんと右に倒す。

「イーリー姉さん、狗木さんの寝顔、見るくらい?」
「…随分と前からいたのね」
「イーリー姉さん、可愛かった」

リーレイは満足そうに二度頷く。
しかし、イーリーにとってはたまったものではない。まさか、見られていたとは。部屋の扉を閉め忘れるなど、信じられない失態だった。あの時、後ろも確認すれば良かった。
兎も角、今はリーレイに口止めをしなければ。イーリーが口を開こうとする。しかし、それよりも前にリーレイが口を開いた。

「私も、狗木さん、キュウ、していい?」
「駄目よ」
「……駄目?」
「…貴方が抱きしめるのは、可愛い子だけでしょ?」
「狗木さん、可愛い。大人の男の人なのに、狗木さん、可愛い」
「…駄目よ」

イーリーはリーレイに背を向ける。リーレイは後を追おうとするが、「飲み物を持ってくるわ」と、イーリーは言ったので、待っていることにした。
しかし、待っていたのはほんの数秒で、すぐにイーリーに連れられた道を引き返す。

部屋に入れば、誠一はまだ眠っていた。
しかし…。

「狗木さん、可愛い。でも、今日はちょっと意地悪。それでも、可愛い」
「…別に、可愛くはないよ。あと、起きるタイミングを見逃しただけで、意地悪なつもりもないよ」

誠一はゆっくりと起き上がる。その顔は僅かに赤くなっていた。

「ばれたら、イーリー姉さん、怒る」
「…内密にお願いします」
「イーリー姉さん、飲み物、取りに行った」
「じゃぁ、手伝わないと」

誠一は寝起きとは遠い動きで立ち上がり、リーレイの横を通って部屋から出て行く。
擦れ違うときに見れば、顔はまだ赤かった。



「二人とも、可愛い」



リーレイは、誠一が眠っていたソファに座る。

馬に蹴られる覚悟は出来ていた。







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『越佐大橋シリーズ』を知っている方はいますでしょうか…。

デュラララで知られている成田良悟さんの作品の一つです。

管理人はこのラノベが大好きなんです!この二人大好き!爆発せずに早くくっつけば良いと思う!

バッカーノの新刊後書きで5656の続刊が出そうなのが発覚したので、その記念も兼ねて書きました。

興味がある方は読んでみて下さい。
越佐大橋シリーズの第一巻は
『バウワウ!』です。


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