第五章 第十二話     88/115
 



逃げろ逃げろ逃げろ!

晴太は屋敷の中を走っていた。何で夜王と『団長』の二人が殺し合っているかなんて晴太は知らないけど、逃げるチャンスは今しかない。それは本能が叫んでいた。
両腕が縛られていると転びそうで走りづらいが、そんなのに構っていられる状況じゃない。あのままあそこにいたら巻き込まれて死ぬ可能性だってある。
此処が何処だかなんて正確な事は勿論分かるはずはない。しかし、此処が夜王の屋敷なのは間違いないのだ。ならば、いるはずだ。この屋敷の何処かに。あの人が。

「……母ちゃん……!」

近くに来たよ。此処まで来たよ。
何処にいるの?母ちゃん!

「子供がいたぞ!捕らえろ!」

曲がり角から百華と思われる女達が現れた。彼奴等は晴太を捕まえる気だ。此処で捕まったら鳳仙の所に連れ戻される。そうしたら会えなくなる。そんなの絶対嫌だ!

「くそっ……!」

晴太は方向転換して百華から逃げる。でも、両腕を縛られっぱなし。それに加え晴太は子供で百華は大人。スリで鍛えた足だけど、そんなのは今の状況で何のプラスにもならない。
でも、逃げないと。此処には助けてくれる人はいないんだ。

曲がり角を曲がる。しかし、走る速度を落とさない様に急いで曲がったから躓きそうになる。転ぶ。転んでしまう。両手は使えない。すぐに立ち上がって逃げることは出来ない。こんな所で……。

「こっち、晴太君!」

自分を呼ぶ声に顔を上げる。曲がり角の向こうに人がいた。ああ、やっぱり彼は無事だった。
彼は晴太を掴むと襖を開け、その部屋に隠れた。二人して息を潜める。襖越しにどたどたと足音が過ぎ去るのが聞こえる。

どたどたどた どたどたどた どたどた……

その音が聞こえなくなる。どうやら百華は行ったらしい。ほっと溜め息をつく。

「晴太君、大丈夫?」

助けてくれた彼は――綱吉は晴太の顔を心配そうに覗き込む。実際、優しい彼は心配していたのだろう。

「オイラは大丈夫。ツナ兄は?」
「俺も大丈夫」

綱吉は晴太を縛っている縄を解く。漸く自由になった腕だ。肩を回したり背伸びをしたりして軽く柔軟する。

「あの人達は?」
「何か『団長』は鳳仙と戦ってるよ」
「何でェェェェェ!?」
「ちょっ、ツナ兄うるさい!オイラだってよく分からないよ!戦っている隙付いて逃げたんだし」

晴太は慌てて叫びを上げた綱吉の口を両手で塞ぐ。まさか自由になった両手が最初にするのが綱吉の口を閉じさせる事だとは。此処は綱吉が助けに来てくれたのを安心する前に、自分もしっかりしなければいけないらしい。
晴太が密かに思っていると、掌の下で綱吉が口を動かしている。何か言っているらしい。晴太は両手を綱吉から放した。

「……此処、鳳仙の屋敷なの?」
「……ツナ兄、何処だと思ってたのさ」
「いや、吉原の何処かとしか思ってなかった……」

それでよく晴太を見付けられたものだ。そう言った意味合いの言葉を言ったら、「人捜しは……うん、比較的、今は得意なんだ」と言われた。意味が分からないが、こんな事で問答をしている暇はない。

「……ツナ兄」

晴太は綱吉の名を呼んだ。彼は姿勢を正した。晴太の本気の言葉を口にしようとしているのを感じ取ったのだろう。

「……逃げるべきだってのは……分かってる」

夜兎同士が戦っている。危険だ。危ない。逃げるべきだ。それくらい分かっている。それに、自分だけじゃなく綱吉達万事屋がいるんだ。巻き込むわけにはいかない。
だけど、理屈は分かってるけど……。

「分かってるけど……オイラ……」

一言が言えない。一歩が踏み出せない。言うことは決まっているのに。言いたいことはあるのに。

「晴太君」

黙り込んだ晴太に、綱吉は声を掛ける。優しい声だった。晴太は涙腺が緩みそうになった。

「大丈夫。分かってるよ。だから、言って」

君の今の想いを。

晴太は目に涙を溜めながら言う。

「ツナ兄達を巻き込んじゃうのは分かってる」

「巻き込まれてない。顔をツッコんでるだけだよ」

「オイラは役に立たないのも分かってる」

「晴太君にしか出来ないことは沢山あるよ」

「ツナ兄」

「うん」



「母ちゃんに会いたい」



「うん」



綱吉は晴太の頭をぽんっ、と撫でた。

「護るよ、君を。だから、会いに行こう」

晴太は一つ、頷いた。






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