第五章 第九話 85/115
目の前で小娘が団長の傘の一撃で吹き飛んでいく。アレは死んだな。
小娘が吹き飛ぶのを止めようとして他の者が受け止めているが、その衝撃で後ろにぶっ飛び、家に衝突。そのまま瓦礫の山に埋もれた。
あの小娘は見慣れた傘を持っていたから同胞かと思ったが、随分と呆気ない。これは思い違いだったか?
「やり過ぎたかね。うるせーじーさんにどやされそうだ」
「大丈夫だよ。鳳仙の旦那はこんな街より花魁様にご執心だ」
団長は興味なさげに言う。全く、実の師匠のことを語る言葉かよ。
「この子を連れて行けば機嫌も直る。それにこれ位やらなきゃ死ぬ奴じゃないんでね」
「知り合いでもいたか?」
「いや、もう関係ないや」
そんな感じでもなさそうだが、本人がそう言っているんだ。追求することもないだろう。団長は気紛れだから、その言葉に意味はないのかもしれない。
云業がガキの服を掴み、連れて行こうとする。ガキは逃げようとするが、無駄な努力は止めれば良いモノを。
「そう言りゃ、団長が相手にしていたガキは――」
そう言った直後だった。
目の前に影が過ぎる。誰かが通り過ぎたのだ。影が向かう先には云業が。云業は余所を向いていて気付かない。
「晴太君ッ…!」
影の正体は団長が遊んでいたはずの茶髪の子供だった。子供はガキを助けようとしているのだろう。云業に捕まっているガキに手を伸ばしている。
子供が接近しているのに気付いたガキの方も、涙目ながらに子供に手を伸ばす。伸ばされた手と手。端から見れば感動の場面なんだろう。地球人が好きそうなことで。
だが残念。俺は夜兎族なんでね。
「死にな」
そのまま子供に傘を振り下ろそうとする。加減なんてしないよ?俺は同胞以外には厳しいんだ。
まぁ、結局俺の傘は振りかぶったまま、振り下ろすことはなかったが。
「よっと」
俺よりも先に団長の傘が振り下ろされた。
ドシャァァァ
子供は呆気なく地面に沈む。いい音がしたが、ありゃ手加減したな、団長。
「ツナ……兄…。ツナ兄!」
ガキは涙声で叫ぶ。団長に叩き伏せられた子供はピクリともしない。意識は飛んでいるようだ。
てか今の、団長この子供を俺から庇ったのか?団長がやらなかったら俺がやっていたからな。殺す気で。
「ちょっと阿伏兎。殺さないでよ。この子供面白いんだから」
やっぱりそうだったかこのすっとこどっこい!
「すみませんねぇ、団長。なんせどっかの上司がこの子供を沈めておかなかったみたいなんで、その尻拭いが必要かと」
そうだ。団長がこの子供の相手をしていたのだから、きちんと吹っ飛ばしてから来れば問題はなかったのだ。まさかそのまま放置してきたとは――。
「うん。俺も沈めたと思ってたんだけどね」
「……は?」
どういう事だ?
「いや、だから、この子供さぁ、一撃喰らったはずなんだよ」
「じゃぁ何か…?」
この時、俺の目は疑いの眼差しを浮かべていたことだろう。
「この子供は団長の攻撃を受けても気絶せず、すぐに起き上がって向かって来たと?」
「うん、そう。ね?面白いでしょ?」
今は気絶したみたいだけどね。
そう言って団長はつんつんと足で子供の頭を突く。勿論、気絶している子供からは何の反応もない。
「団長の攻撃を、ねぇ」
こんな地球人の子供が。とてもじゃないが信じられん。
「ねぇ、阿伏兎」
倒れている子供から視線を団長に移す。後悔したくなった。
団長は布越しでも分かるほどの笑みを浮かべていた。
「この子供、持ってかない?」
この野郎……!
どうせ俺に拒否権はないんだろうがぁぁぁぁぁ!
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