第五章 序章 75/115
『痛っ……っつぅ……』
『どうした、銀時』
『何でもねぇ』
『何でもなくないだろ。見せてみろ』
『枝で切っただけだ』
『怪我を甘く見るな。悪化したら怖いぞ。……結構血が出ているな。待ってろ、すぐに…』
『放っておけば止まるだろ』
『銀時』
『……ちっ』
『はぁ。……松陽に心配を掛けたくないからと言って、怪我を隠そうとするな』
『別にそんな事……』
『思っていないとしたら、何故隠そうとする』
『……』
『銀時。隠したいと思うのは罪ではない。しかし、其処で考えるのを止めるな』
『どういう事だ?』
『隠された者の事を考えろ。松陽は、銀時が怪我を隠そうとしたのを知ったら悲しむ』
『……』
『銀時。お前には、隠された者の気持ちを察せられるだろう?』
『だけど、知らないで済んだらその方が……』
『ふむ。……では、松陽が腹痛だったとしよう』
『何だよ、いきなり』
『まぁ聞け。しかし、松陽はそれを我慢して子供に物書きを教えている』
『……』
『ゆっくりと休んでいれば楽なのに、松陽はそれを隠した。松陽が辛かった事は、松陽しか知らない。しかし、松陽は確かに腹痛だったのだ。それをあとから知ったら銀時、お前はどう思う?』
『……』
『俺が言いたい事、分かってもらえたか?』
『……多少は』
『な?松陽を想うなら、下手な隠し事は止せ。それに、話は戻るが、怪我は出来るだけ治療しろ。お前の手は、ただの手ではない』
『何でだ?別に変な所はないぞ?』
『そうではない。銀時。お前はこの手で何をする?』
『……飯食う』
『他には?』
『木に登る』
『そうだ。他にも筆を持ったり、物を持ち上げたり。それだけじゃない』
『?』
『隣人と手を繋ぐ事も出来る。友と肩を組む事も出来る。愛する者を抱き締める事も出来る』
『……』
『大切な者を傷付ける事も、護る事も出来る』
『……』
『可能性を沢山秘めた、偉大な手だ。大切にしなさい』
『……うん』
『……少し、説教臭くなってしまったな。らしくない事をした』
『そんな事…ねぇよ』
『そうか?でも、偉そうに説教するのは嫌だなぁ』
『偉そうな大人は俺も嫌いだ』
『だろう?そうだなぁ……お詫びに−−−−』
『……は?』
『な?』
『意味分かんねぇぞ。第一、お前、いつか帰るんだろ?そんなの無理じゃねぇか』
『ふふふ。まぁ、楽しみにしておけ』
『楽しみにって……覚えてねぇと思うぞ』
『それならそれで構わないさ。その時になったら思い出すだろう。……さぁ、治療も終わった。戻ろう』
『ああ』
あんたは、意味が分からないことをたくさん言っていたな。
後から、ああ、あれはこういう意味だったのか、って思うこともあったよ。
でも、それでいいんだろう?
……なぁ、ジョット。
俺は、護る事が出来ているか?
仲間を。家族と言える奴を。
アンタの、後継者を。
夢でのアンタは、応えてくれない。
坂田銀時はゆっくりと目を開ける。
途中から気が付いていた。目の前に広がる光景は、ただの夢だと。
気が付いていた。あの青年は幻だと。
気が付いていても、目を覚ましたら落胆が胸に広がっている。妙に気に食わない。夢に見るほど自分はジョットに逢いたかったのだろうか。
隣の布団では綱吉がまだ気持ちよさそうに眠っている。
日はまだ昇っていないが、身を起こせば、眠気はもうない。二度寝する気も起きない。
綱吉を起こさない様に、静かに布団を畳んで仕舞う。
起きたついでだ。朝御飯を作ってしまおう。今日の当番は神楽の予定だったが、彼女が作ると十割の確率で卵かけご飯になるので、他の物を食べたくなる。
冷蔵庫に入っている食材を思い浮かべながら、部屋を出る。
朝食を作る時間になっても、朝方に見た夢を忘れることはなかった。
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