第四章 間話     66/115
 



どんよりとした曇り空の江戸。その町中を走る黒い車の後部座席で、男は煙草の煙を美味しそうに吐いた。

「まったくよぉ。この景色も一ヶ月ぶりだぜ。面倒な仕事を押し付けやがって。もっとおじさんを労れってんだ。大体、一ヶ月も出張じゃ娘に会えねぇじゃねぇか。今の年頃の娘はすぐに成長して一日、一秒ずつ変わっていくってのが分かっていない連中が多すぎだぜ。電話をすれば良いなんて言っても、電話なんかしてくれるわけねぇだろうが。相手はお父さんが大ッ嫌いになる年頃だぞ?電話なんて夢のまた夢だっての。お父さんは娘とコミュニケーションを必死に取ろうとしても、それがまた空回りで……」

長々とした言葉。それを一人聞かされている運転手はまだ新人で、この男にどのように対応したらいいのか分からない。ただ曖昧な笑顔で場を濁している。
この男の名は松平片栗粉。真選組の直属の上司に当たり、警察組織を統轄している。

「ぷはぁ…」

松平は煙草の火を消し、灰色の空を眺める。それは、今にも降りそうな様子だ。

「…ったく。嫌な空だぜ」

松平はそう呟くと、懐に手を入れた。
それをバックミラーで見ていた運転手は、松平が拳銃を取り出すのかと身を固くした。松平は所構わず発砲することで有名だ。もしかしたら、何か気に入らないことがあったのかもしれない。自分に銃口が向けられたらどうしよう、と運転手は恐怖した。

「……」

しかし、松平が取り出した物は拳銃ではなかった。

「……まさか、これを渡す日が来るとはな…」

松平は、それを今は見えぬ太陽にかざす様に持ち上げ、見詰めた。

「松平様…それは?随分と古い物のようですが…」
「あ?…預かり物だ。昔の友人からな」

それは、一通の手紙だった。

「昔の、友人からだ」

松平は呟く。その言葉に、どのような感情が込められているのか、運転手には分からなかった。






前へ 次へ

戻る

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -