第三章 第十四話 47/115
月に厚い雲が掛かる夜。
ゆらりゆらりと揺れている屋形船の中、二人の男が密談をしていた。
二人の会話には大した緊張感はない。しかし、和やかな雰囲気もありはしなかった。
「まだまだ幕府も丈夫じゃねーか」
男の一人――高杉晋助は月が見える戸に腰掛け、三味線を弾きながら言う。
計画がうまくいかなかったのにも関わらす、その言葉に落胆は見られなかった。
「伊東がもろかったのかそれとも」
高杉は、頭に包帯を巻いているもう一人――河上万斉に目をやる。
「万斉お前が弱かったのか」
万斉は密航のために目を引き離すことは出来たと言う。牽制には成功したと。
「ノれぬとあらば即座に引くが拙者のやり方」
万斉は立ち上がり、高杉に背を向けて部屋から去ろうとする。
「万斉。俺の歌にはノれねーか」
その背に、高杉は問いかける。万斉は振り返らず、足だけ止めた。
「…白夜叉が、俺の護るものは今も昔も何一つ変わらん…と。晋助…何かわかるか」
高杉はそれを聴いても、何も言わない。
「お主が気に掛けていた、異世界からの来訪者にも会った。その子供、裏切られたらどうする訊いたら、何と言ったと思う?」
万斉は目線を上に上げて、思い出すように言葉を紡ぐ。
「裏切られても信じない、裏切られたら悲しい。それでも、少なくとも……」
『それでも…少なくとも……そのままで終わりたくはないです』
「生きていれば、話し合える。理由を訊ける。仲直りもできるかもしれない。ただ裏切った裏切られたで終わりたくはない、と言っていた」
高杉は口を開かない。万斉それにも構わず、話し続ける。
「不思議な歌でござったよ。あの子供の魂は」
万斉は、一瞬の沈黙の後、言った。
「最後まで聞きたくなってしまったでござるよ。奴らの歌に聞きほれた、拙者の負けでござる」
パタンと戸を閉めて、万斉はついに部屋から出て行った。
残された高杉は、少しばかり不機嫌そうにフンとし、再び三味線を弾く。
頭を過ぎるのは、万斉の言葉。そして、ある男との古い話だった。
「似て…やがるンだな」
一人の男の呟きを、聴いている者はいなかった。
『裏切られたとしても、少なくとも……そのままで終わらせはしないさ』
『復讐するって…ことか』
『違う違う。そんな物騒なことを考えるな。そうだな…喧嘩をしたら、仲直りをするのと同じだ』
『喧嘩って…何だよそれ』
『大人でも喧嘩はするさ。喧嘩と仲直りはワンセットだ』
『そううまくいくのか?』
『難しいぞ?大人の仲直りは、難しい。でも、不可能じゃない。裏切りで終わらせたくないからな。そこは頑張りどころだ』
『仲直りって…どんな喧嘩でも出来るのかよ』
『俺は今のところ出来ているな。めちゃくちゃ大変だったが。…子供のうちは、もっと簡単だったのにな』
『……そうか』
『と言うわけで、今度はどんな理由で喧嘩したンだ?』
『なっ!?』
『喧嘩、したンだろう?早く謝った方が良いぞ?』
『何で俺が謝らなきゃいけねぇんだよ!あいつが…』
『やっぱり喧嘩したのか』
『てめ…超直感ってやつか!』
『誰でも分かるわ。ほら、行くぞ』
『あっ、てめぇ、手ェ引っ張んな!』
『ちゃんと仲直り出来たら、二人に俺のお八つ分けてやるからな』
『いるか!』
『あはははは』
『何笑ってンだよ!』
『楽しいからさ!楽しければ笑うだろう?』
男は振り返る。
『な、晋助』
古い、記憶だ。
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