第三章 第四話 37/115
「君の御旗はもう真っ黒になってしまったんだよ」
車両に乗っている隊士全てに刀を向けられた。冗談でやっているのではないことは分かる。皆、目が本気だ。
泣き叫ぶだろうか。情けない声で命乞いをするだろうか。隊士はそう思っていた。
近藤は、どちらも違った。
ワハハハハ!!
敵陣の中。周りの隊士全てに刀を向けられても、近藤は笑っていた。
伊東に、お前の御旗は真っ黒だと言われても、近藤は笑っていた。
近藤には、自分の周りにいる奴等がどんな人間なのか知っているから。
「何を考えているのかわからん得体のしれない連中だ。先生、あんたの手にゃ負えない」
近藤には、それが分かっていれば十分だった。
「奴等は何色にもぬりつぶせないし、何ものにも染まらん」
近藤が宣言すると同時に、列車の後ろから沖田が入ってきた。
それは伊東には予想外のことだった。
「沖田君。何をやっている?君は見張りのはず」
「…が何やってんだ」
沖田はゆっくりと近づいてくる。いつもは飄々としている彼とは違い、明確な怒気が感じられた。
「てめーが何やってんだってきいてんだァクソヤロー」
沖田は怒りを露わにして言う。彼の突然の言葉に驚きながらも、一人の隊士が近づくが、沖田はそいつを一刀の元、斬り捨てた。
「その人から手を離せっていってんだァァァ」
沖田は抜き身の刀を手に、再び歩み寄る。
伊東は沖田がスパイだ、芝居だと言うが、彼はそれを否定した。
沖田は、土方の下にも、伊東の下にもつく気はない。
「俺の大将はただ一人…」
沖田の目的はただ一つ。
沖田の願いはただ一つ。
「そこをどけ。そこの隣はオレの席だァ」
伊東は沖田の離反に動じる事はなかった。元より沖田を信用してはいない。彼の離反は計算の範囲内だった。だから、それへの対策もあった。
「僕も君と同じ意見だ」
沖田の後ろから、隠れていた隊士二名が斬り掛かる。沖田はそれに気が付き、すぐさま先ほどの隊士のように斬ろうとする。
しかし、その必要はなかった。
「ぐわっ」
「ごふっ」
二人は沖田が振り返る前に倒れた。倒したのは勿論沖田ではない。倒したのは…。
「助っ人登場!」
「ったく。面倒なことになりやがって」
山本と獄寺が倒れた隊士のそばに立っていた。
ばれないように様子を窺っていた二人は、沖田の反応よりも早く隊士達の殺気に気付いて出てきたのだ。
「何でィ、お前等も乗ってたんか」
「いやぁ、獄寺があの人の事調べたいって言うンで。乗っておいて良かったッス」
「こそこそと俺等を探るなんざ、まともな理由があるとは思えねぇからな」
それにしても、と言い、獄寺は伊東を睨む。
「自分が仕えているボスを裏切る何て、思っていた以上に性根が腐っていたみてぇだな」
先ほどの沖田よりも激しい怒気を獄寺は見せる。
彼には許せなかった。平気な顔をして、恩がある主を裏切る伊東を。
「まさか君達がこの列車に乗っていたとは。意外だったな」
「俺達の方が意外だったのな。あんた、そんなことしそうに見えないのに」
山本は悲しそうに言う。たとえ伊東が仮面を被っていたからだとしても、彼には伊東が真選組の事を考えているように見えた。
「人間、大人になれば裏表が出来るものなのだよ」
伊東は右手をすっ、と上げる。それを合図に後ろに控えていた隊士が数名動く。
獄寺は懐に手を入れる。隊士は彼が銃でも取り出すのかと思ったが、出てきたのはもっとヤバイ物だった。
「ダ、ダイナマイト!?」
「果てろ」
獄寺は流れるような動きで点火した。
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