第三章 第一話     34/115
 


「虎鉄ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

近藤の叫びが屯所に響き渡った。新しくしたばかりの刀を折られてしまったのだから無理もない。彼は次の刀を手に入れるまでの間、丸腰で過ごすのだろうか。

「刀に音楽機能を付けてどうすんだよ」
「アハハハ!おもしれぇのな!」

獄寺と山本は少し離れた所から彼らの会話を聞いていた。
平和だと言えば聞こえは良いが、江戸の平和を守っているはずの彼らがアレで大丈夫なのかと不安になる。

「あんたは替えねぇのか、刀」
「今日直しに行くだけだ」
「土方さんらしいのな」

二人は土方の部屋にいた。
彼は皆が新しい刀に浮かれているのを見て、少々呆れた様子だった。もし彼が沖田や近藤のような刀を持ったら、似合わないどころではなかったので、二人は内心では安心した。

「それより、誰かが帰ってくるンだろ?」
「『参謀』だろ?あんたとの相性が最悪だって聞いたぞ」
「……」

土方は何も言わない。彼は銜えていた煙草の火を消した。

「土方さん、その人の事嫌いなのか?」
「嫌い?そんな可愛いものじゃねぇよ」
「あ?どういう事だ?」

土方はまたしても何も言わない。だが、彼の浮かべている表情は決して好感を持っている者の表情ではなかった。
彼は刀を持って立ち上がった。

「刀、修理に行ってくらぁ」
「あっ…行ってらっしゃい…」

土方は部屋から出て行く。二人は座ったままそれを見送る。聞こえるのは、まだ叫んでいる近藤の声だけとなった。

「…大っ嫌いってことか?」
「さぁな。仲が最悪なのは本当みてぇだが…」

何も起きなければ良い。
そう思う二人の願いは早くも破られる。



土方の醜態の噂が広まったのはその日の内だった。





「あんたは何やってんだ!!」
「獄寺落ち付けって」

獄寺、山本、沖田、そして土方はファミレスに来ていた。

「……全ては刀を手に入れてからおかしくなった。どうやら俺はホントに妖刀に呪われちまったらしい」

沖田は店内だというのも構わずに大きな声で笑っている。
だが、獄寺も山本もそのように笑うことは出来なかった。彼の変化は明らかで、隊士の不安、不満も溜まっている。

「人が誰しも持っているヘタレた部分が妖刀によって目覚め始めているんだ」
「土方さんヘタレを刀のせいにしちゃいけねーや。土方さんは元々ヘタレでしょ」
「沖田さん、そんなことねぇよ。土方さんは…」
「そうスよね俺なんて元々こんな…」
「てめぇも肯定してンじゃねぇよ!!」

沖田もその様子には少しばかり驚いたようだ。捨てるように提案しているが、それも無理らしい。
土方はコーヒーを刀で掻き混ぜている。彼ならコーヒーにマヨネーズを入れることはあっても、刀で混ぜたりはしない。どちらがマシかと言われたら返答に困るが、いつもの彼ではないのは確かだ。

「近藤さんとケンカしたのも妖刀のせいだと?」
「……そうならいいんだがな」
「ケンカ?土方さん、近藤さんと何かケンカしたのか?」

初めて聞く話に山本は反応した。いつも信頼し合っている二人には似合わない言葉だと思った。

「土方さん、ケンカしたら早く謝った方が良いぜ?時間が経つと謝りにくくなるって」
「山本ォ。お前は平和で良いねィ」
「え?何でだ?」
「どうせ組織の方針の問題だろ。伊東だったか?あいつの扱いででも揉めたンだろ」

獄寺は自分の分のコーヒーを飲みながら言う。
だが、そう言われても山本には納得出来なかった。その伊東という人も、真選組の仲間ではないか。
二人も伊東には会った。山本は真面目そうな人だという印象を受けただけだったが、獄寺は確かに土方と気が合わなそうだと思った。

「土方さん。こんな時にウカウカしてたら伊東さんに副長の座奪われますぜ」

沖田は冗談でも何でもなく言う。
隊士達の土方への信頼は落ちていく一方。まだ新参者の二人ですら感じている事だ。長年真選組に籍を置く沖田にしてみれば、それはもっとはっきりと感じられるのだろう。
土方もその事を否定しない。いつも通りの感情が読みにくい顔で席を立った。

「お前らも俺なんかといると伊東に目をつけられるぞ。俺ァ仕事だ…いくわ」

自分に対するまともな弁解をしないまま土方は店を出て行こうとする。
彼は諦めてしまったのだろうか。鬼の副長と言われている背は、悲しく見えた。

「……土方さん。待ってくだせェ土方さん!!」

沖田は彼を追う。
いつもの彼からは考えられない行動に獄寺は驚いて口をぽかんと開ける。山本は嬉しそうににこにこと笑う。何と言っていても、彼も土方が大切なのだ。

追いついて肩を掴む。土方を振りかえさせる。
沖田は言った。


「焼きソバパン買ってこいよ。あとジャンプもな。勿論お前の金で」


ばっちりと獄寺と山本にも聞こえた言葉。それは予想していた言葉とは百八十度違う。


「『鬼』の代名詞は彼奴の方が似合うンじゃねぇか?」
「…沖田さん……」


山本はフォローする言葉が見つからなかった。



その日、土方の無期限の謹慎処分が決定した。







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