第六章 第八話     115/115
 




「時間が過ぎ去るのは早いな。大人だった人たちは年老いて、嘗ての子供が大人になって……昔馴染みが親になって赤ん坊を抱かせてくれた時は、何だか泣きたくなったよ」
「ジョット……」
「不思議な縁でこうやって昔の知り合いと話せていると思うと、感慨深いものがある」

俺はもう、死んでいるのに。
何でもないように言うこの男の言葉について想像してみるが、途中で止めた。自分が死んでいると自覚しながら誰かと話すなんて、まるで幽霊みたいだ。こんなに人間味溢れていて、お互い話すことも出来るのに。

「本当は、死者が生者と関わるべきではない、と思うんだがな。本来、過去の者は何かを遺しても、直接的に影響を与えるべきではない。それがたとえ『縦の時間軸』に連なる者でも」
「何度も夢に出てきといて、よく言うぜ」
「そう言うな。非常事態だ。そうでもなければ俺も出てこないさ。点として存在するアルコバレーノの干渉も望めないし、時間もない」
「……時間?」

縦や点やよく分からない事ばかりの中でも特に不吉な予感がする、そのジョットの言葉に思わずそれを繰り返す。彼は「本当は、銀時ともゆっくり世間話をしたいんだけどな」と前置きをしてから続けた。

「時間が、もうあまり残っていないんだ」

隣に座っている男は、声に寂しさを混じらせながら言う。

「彼方の世界では百年以上が経った。此方でも二十年。ボンゴレリングが彼方と此方の世界を繋げているのは、知っているか?」

初耳だった。何いきなり物語の核心をポロリと零してんだ、此奴!
昔から急に爆弾発言を投下する奴だったが、それは夢の中でも変わらないらしい。 綱吉に受け継がれていなくて良かった、と心から思う。

「てめぇは……もうちょい遠回しに核心に迫っていくのがジャンプの醍醐味だぜ?」
「そうか。残念だな。俺は『ジャンプ』を読んだ事がないんだ」

話を戻そう。

「んで?ツナが持ってるアサリの指輪だったか?どんだけとんでもない代物だよ。たかが指輪じゃねぇか」
「これでも彼方の世界の至宝なんだがな」
「売ったらいくらくらいすんだ?」
「値段は分からないが、使い方によっては世界を渡る力を手に入れられる代物だ。簡単に金額は付けられないさ」
「世界を、渡る?」
「リングには時間軸に関係する力がある。俺や、デーチモが所有しているボンゴレリングは、縦の時間軸。世代を越えて受け渡していく力を秘めている。俺が銀時と話す事が出来ているのはこの力のお陰だ」
「はぁ?時間って昨日とか明日ってのだろ?過去か未来かしかないだろうが」
「時間は横にもあるよ。人はそれをパラレルワールドって呼ぶな」
「妄想膨らます中二め!」
「そう言うな。俺達は、この世界からすればそのパラレルワールドの人間なんだから」

そうだ。あまりに自然に話をしているが、目の前にいるジョットは勿論、万事屋で寝ているだろう綱吉や、現在は真選組にいる獄寺や山本だって異世界の人間なのだ。
ジョットの話を信じるならば、その異世界がイコールでパラレルワールド、という事になる。

「まぁ、パラレルワールドと言っても接点は今やボンゴレリングだけだがな。これがなくなると俺の後継者が帰れない」
「ちょっ、待てよ!あの指輪って、そんな大それた代物だったのかよ!」
「リングには、俺や、他の後継者の遺志が眠っている。遺志は彼方の世界と繋がる線だ。そして、帰るための道標。俺の後継者も線を持っているが……それが、切れかかっている」

ジョットの後継者。それはつまり、綱吉の事だ。綱吉と元の世界の線が、切れかかっている。

「なん……で……?」
「世界は、異分子を拒絶する。それも理から外れれば外れるほど。」
「は?拒絶?」
「本来、この世界には俺達の遺志が眠っているボンゴレリングは存在しない。『存在しないはずの力』を、世界は嫌うんだ」

そう説明するジョットの横顔は、何時も笑っている彼には似合わない表情だった。

「儘ならないな。護るために付けた力が、子孫を傷付けている」

世界。理。存在しないはずの力。存在しない力が存在する事による、拒絶。

「何か、存在しないはずとか言われてもなぁ……」
「実感が湧かないか?」

一度に色々な事を言われても、自分の頭は良くないのだ。理解が追いつかないし、何となくこのままだとヤバいらしい、と言うのが感じられる程度。
存在しないはず、と説明をされても、存在しているのだ。こんなにはっきりと話す幻なんて見た事がない。もう訳が分からない。
最も分かる事といえば、この久し振りに会った金髪の居候は急いでいるらしい、という事だ。

「えーと、要するに……だ」

このままだと思考が置いてけぼりになるので、どうにか頭の中を整理しようと試みる。夢の中で頭脳を働かせる事になろうとは。

ジョットがいるというボンゴレリングは、この世界に本当は存在しない。
しかし、綱吉達が来た事により、存在しないはずの大きな力が存在してしまっている。
世界というのは、存在しないはずの力を嫌うから、拒絶している。
その拒絶により、綱吉達と元の世界の線が消えかかっている。
だから、このままだと綱吉達は帰れなくなる。
この珍しくも困っている男の言いたい事をまとめると、このまま綱吉達がこの世界にいるのは、まずいのだ。

「ツナ達を早く元の世界に帰さなくちゃならねぇ、って事か」
「そうだ。時間はあまり残されていない。デーチモとの魂のズレが大きくなって、もう彼に声も届きにくくなっている」
「でもよ。異世界転送装置、だったか?それ、今は盗人に盗られてんぞ。それねぇと帰れねぇんだろ?」
「…………」

ジョットは困っている顔をする。しかし、そんな顔でもちょっと笑っている。
あ、これは見覚えのある表情だ、と思った。この苦笑いに既視感を覚える。
彼はその表情のまま、俺の肩にぽんっと手を置き、言葉を発する。

「頼んだ!」
「巫山戯んな!!」

丸投げかよ!まさかの丸投げかよ!
思わずジョットの頭をパーンと引っぱたいたが、俺は悪くない。ジョットは「あいたっ」と全く痛がっていない声を上げたが、無視だ、無視。

「いやいや、本当に、取り返す事それ自体は俺には手出し出来ないんだ。俺はこうやって銀時と話をしているが、所詮俺は『遺志』だ。現(うつつ)の者に、現世そのものに影響を与える事は出来ないし、行うべきではない。その上、異世界ではどの様な結果になるかも分からない」
「諦めんなよ!せめてちょっとは頑張ろうかなー、やってみようかなー、的な雰囲気を出せよ!」
「夢枕に立つか?」
「ごめんなさい俺が間違ってたから幽霊みたいに開き直らないで!」
「前言撤回早いな」

ジョットはハハハッと笑うが、笑っている場合ではない。

「え、何?それじゃぁ、マジで俺の夢に出てきたのって、早く装置取り返せって言う為だけ?」
「いやいや、デーチモ達の状況もよく分かっただろ?」
「まぁ、それなりに……」
「話もしたかったんだ」

頭にぽんっと手を置かれた。

「……ガキ扱いすんじゃねぇよ」
「ホントに大きくなったな」
「大きくなっても心は少年だよ」
「ああ、そうだな。大きくなってくれて有難うな」

手を振り払ってやろうかと思ったが、それも大人げない行為だろう。代わりに、頭を撫でて油断しているジョットの背中を思いっきり叩いた。

「ぐっ……けほっ……何する!」

加減を考えずに叩いたからか、ジョットは少し噎せているが、この男の事だ。問題ない。

「任せとけ」

俺はにやりと笑ってジョットに言ってやった。

「その依頼、万事屋銀さんが受けてやんよ」

だから、だから――――。

「だから、てめぇは安心してくたばっとけ。ちゃんと成仏しろよ」

ジョットはポカンとしていたが、すぐに喜びを堪える様に口をぎゅっと結んで、頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

「ホントに、大きくなって!嬉しいよ!」

そのジョットの言葉を合図にしたかのように、庭で騒いでいる三人の子供の声が遠くになっていく。

「リミットは、次の満月だ。その時に装置を発動させろ。道はボンゴレリングを通して繋ぐ」

そして、ジョットの声も、手も、気配も、遠くに離れていく。

「じゃぁな、銀時。息災で過ごせ!」

ジョットは、別れの言葉を口にした。

「元気でな!」





目が覚めて、飛び込んでくるのは見慣れた万事屋の天井だ。銀時は一人、溢れていた涙を拭った。
隣の布団では、綱吉がまだ寝息を立てている。押し入れでは神楽が髪を爆発させながら寝ていて、その外では定春が夢の中で飯でも食べているだろう。

不思議な体験は夢の中だけ。困ったものだ。本当にあった事でも夢の中の飯と同じ。団子の味だって覚えてないし、朧気な感触しか残らない。記憶しか残らない。

「じゃぁな、ジョット」

一人ぼっちの別れの言葉には、誰も応える者はいなかった。





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