第六章 第七話     114/115
 



二度あった事は三度ある。
その迷信とも取れる言葉が根拠ではないが、また夢を見るだろうと思っていた。
大したことは考えていない。予感というか、直感というか。綱吉の超人じみた第六感と比べるのも馬鹿らしいレベルだが、金が掛からない、寧ろ命が掛かっている場面ではそれなりに当たる自分の勘だ。
今日の夢の続きだろうか、あの三人で抱えた柿を自分たちは食べたんだったか、どうだったか。よく覚えていなかった。

夢というのは、気が付いたら見ているものだ。
地獄を歩いていても、三途の川にいても、子供に戻っていても、夢だから何でもありで、前後に何をやっていても関係ない。
夢だから、異世界の人物だろうと、死人だろうと、何でもありだ。

逆立つ金髪を揺らす彼の後ろ姿を見て、何故だか師匠を思い出した。

――ホントによ。何で今さら、って感じだよなぁ。

もう、殆ど覚えていないものだった。綱吉を見ても何とも思わなかったのが良い証拠だ。

そう言えば居たなぁ、似たような奴。
言われても、その程度の認識だった。最初はデジャヴ程度、その内ぼんやりとした形になり、今では確信に。

「――――」

名前を呼んだ。それは自分の声のはずなのに、それは何処か遠くで呼ぶ、別の声に聞こえる。
変な声だ。そう思ってもう一度呼ぼうとしたら、目の前のアイツが先に振り向いた。

『久し振りだな、銀時』

アイツは――ジョットはそう言って優しい笑みを浮かべた。
涼しい風が吹き、景色がはっきりとしていく。縁側に座り、手には熱い茶が入った湯呑みを持ち、黒いマントは畳んで横に置いてある。茶菓子はジョットが好きな甘さ控えめの御手洗団子。此処は、嘗ての自分が過ごしていた、ジョットが居た、師匠の私塾だ。
もうじき山々は紅葉し、日が短くなっていく時期になる。縁側に座って茶を飲むには羽織る物が必要になるくらいには、秋の気配を感じてくるだろう。

その前に、彼は『帰る』のだが。

銀時はジョットが目をやっていた庭を見る。彼が見ていた庭には――。

『銀時ィィィィィ!』
『んだよ、ヅラ』
『ヅラじゃない桂だ!貴様、俺の分の団子を食ったな!?』
『ケチケチすんなよ、ヅラ。美味かったぜ』
『晋助ェェェ!一本は貴様かァァァァァ!』

……見なかった事にしよう。

『そう言うな。大切な青春時代の思い出だろう?』
「団子を食った食わないの青春だろうが」

隣に座り、ジョットの側に置いてある団子を食う。己の子供時代を見ながら食べる団子は程よい弾力で、かかっているタレも甘過ぎず、いくらでも食べられそうだ。やはり団子は美味い。夢の中でも美味いと感じる団子は素晴らしい。

『……それは俺の団子なんだが』
「うっせェ」

構わず二本目に手を伸ばす。ジョットは止めなかった。ため息を一つつき、また目線を子供三人に戻す。そう言えば、ジョットは子供が好きだった。一緒に遊ぶのも、遊ぶのを見ているのも、コイツは好きだった。また一つ、ジョットについて思い出した。

『銀時』
「サンキューな」

二本目の団子はしっかりと咀嚼し、ジョットの言葉を食うように口を開いた。
ジョットが何か言う前に、言ってしまいたかった。

「吉原でさ。正直、助かった」
『…………』
「礼くらい言っておこうかって思ってよ」

食べ終わった団子の串を皿に戻す。カランと音をたてたそれは、夢のくせにリアルだと思った。

思っていた。夢でも夢でなくても、どっちでも構わない。
吉原で伸ばされた手。ジョットが助けたのだ。目の前にいるこの男が、助けた。彼にとっては百年以上も前の、ほんの数ヶ月一緒に過ごしただけの縁だった。それでも、魂だけになっても、助けてくれた。
たぶん、礼なんてものをジョットは望んでいないだろう。しかし、今、逃したらそうそう言えない。

もう二度と会えない相手だと思った。
もう二度と会えない相手のはずだった。

「銀時」

やけにはっきりと聞こえるその声は。



「大きくなったな」



二度と聞こえぬ声のはずだったのだ。






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