第六章 第四話     111/115
 



目を覚まして飛び起きた。いや、飛び起きて目を覚ました、の方が正しいだろう。目を覚ましたと意識する前に飛び起きていたから。

急にがばりと起きた銀時を見て、隣で自分の布団を畳んでいた綱吉は目を丸くした。常の寝起きが良いとは断じて言えない銀時が何の予兆もなく動き出した事に驚いたのだ。

「どうしたんですか、銀さん」
「いや……」

綱吉の戸惑った問に銀時は口を濁す。戸惑っているのは綱吉だけではない、銀時も同じの様だ。

「今日の朝御飯の当番は俺だから、まだ寝てても大丈夫ですよ」
「ああ……」
「結野アナの天気予報もまだですし」
「ああ……」
「ブラック星座占いもまだですし」
「ああ……」
「仕事の予定もないですし」
「ああ……」
「……本当にどうしたんですか?」

綱吉の言葉に心配の色が混じる。彼は元から心配性なのだ。心ここにあらず。その様な状態で返事をしている銀時を心配してしまうのは彼の性である。

「何かあったんですか?」

そしてそれに加わる超直感。銀時が平常状態でないことなど分かってしまう。

「あー…ちょっと変な夢、見てな」
「夢ですか?」
「おう。神楽が定春に乗ってかぶき町の焼肉屋に突撃する夢だ」
「大惨事!」
「そしてその食事代が次々と万事屋に請求されてな…火の車どころの話じゃねぇ」
「あー…変ってよりも悪夢ですね…」
「おうよ。悪夢だ。ただでさえ万事屋の家計は火の車だってのに」

銀時の言葉を聞いて、綱吉は苦笑して立ち上がる。彼の布団は綺麗に畳まれ、押し入れに仕舞われた。話しながらも彼の手はちゃんと動いていたらしい。

「銀さん」

そして部屋を出るとき、綱吉は一度だけ振り返った。

「その顔は、悪夢見た人の顔じゃないですよ」

ぱたん。襖を閉める音がやけに響いた気がした。
ぱたん。二度目の音は銀時が再び布団に横になる音。

バレてた。嘘を付いたこと。そう言えばアイツにも嘘は通用しなかったなー、何て考える。
自分は、寝ながらでもそんな表情だったらしい。何とも恥ずかしい話だ。声を出して笑うなんて事はない内容だったから、それは良いとしても。
昔の夢を見て笑うなよ、と自分に言いたい。

悪夢を見た後の焦燥はない。寝苦しくもない。起きた瞬間は激しく動いていた心臓も、すでに通常通りの鼓動を刻む。
当然だ。悪夢ではなかったのだから。

「あー……」

情けない声が出た。





いやね、夢見が悪い事なんか、こんな年になれば一度や二度じゃ足りないし。
地獄みたいな骸骨の山歩いていたり、地獄みたいな戦場歩いていたり。あれ、地獄じゃない戦場なんてあったっけ?台所でさえ戦場だって言うくらいだから、戦場は星の数ほどある。探せば見付かるかもな。俺はんな暇あったらジャンプ読むけど。
その夢見だって、悪かった訳じゃないんだけどな。綱吉が言った様に悪夢じゃなかったし、別に戦場じゃなかったし。自分で言うのも何だけど、それなりにマシな夢だったんじゃないか?
それなりにマシで、それなりに懐かしくて、それなりに幸せで、夢に相応しい程度に変な夢だった。

「あれ、今週のジャンプって土曜日発売じゃね?」
「いやいやいや、何言ってんですか。合併号で今週は発売しませんよ」

あー、そうだった。ギンタマンが良いところで終わって、続きが読めるの二週間後かよ!って叫んだんだ。毎週毎週読んでると、二週間が長く感じるぜ。

「それよりも、このビラ配り早くやっちゃいましょうよ」
「あ、俺用事思い出した」
「逃がすか天パ」

新八くーん、別に逃げよう何て考えてないよ、銀さんは。人聞きが悪いなー。ちょっとあっちの方でビラ配りをしてくるだけだよ。お茶でも飲みながら。
そんな事を考えているのは、口に出さなくても分かっているのだろう。新八の目は冷たい。

「ったくこの天パは。この分だと神楽ちゃんと綱吉君の方が早く終わりそうですね」

今日の万事屋への依頼は、お茶屋の新作を告知するビラを配る手伝いだ。万事屋には比較的来やすい、仕事のスケットの役割である。
ビラ配りは二手に分かれて行っていた。商店街担当は銀時、新八。ターミナル前担当は神楽、綱吉。指定された時間になるか、配り終わり次第終了。告知している茶屋に戻って依頼主である店長に報告すれば依頼完了。報酬と、そして新作の茶菓子を振舞ってくれるらしい。
己が配っているビラを見ればその新作の茶菓子である苺大福は大きな苺を使っている事が分かる。苺が好きな銀時としてはぜひ食べたいが、仕事が面倒だった。

それは夢のせいだ。全部夢のせいだ。あの変な夢のせいだ。
どうせ思い出せば変な行動や言動が目立つんだから、夢の中でくらい普通でいろや。

「銀さん、今日はどうしたんですか。何時にも増して死んだ魚の目してるんですけど」
「何時にも増しては余計だ」
「余計じゃないですよ」

新八はビラを渡している通行人には笑顔で、しかし銀時に振り返った時には呆れた顔に変わっている。いや、変わり身早すぎだろう。お前何時の間にそんな特技を身に付けた。

「神楽ちゃんだって綱吉君だって心配してましたよ」
「え、お前は?」
「給料払ってから言って下さい」

新八の言葉は通常の三割増で冷たい。そう言えば、寺門通のアルバムが近日発売するって言っていた。それが買えない可能性が出てきて内心切羽詰まっているのかもしれない。

「朝から鬱陶しい。サッサとしゃきってして下さいよ」
「辛辣過ぎるんですけど!」

まぁ、新八が言う事も最もなのだが。夢一つに振り回されるのは性に合わない。
夢のくせに忘れられそうなモノではなかったが、所詮夢だ。気にする事もない。……ないよな?

「あーあ」

ダメだ。ホントにダメだ。何で、夢何かでこんな風になんなきゃいけないんだ。
吉原の一件でアイツを夢に見たのも響いているのかもしれない。
唐突に出てきて子供扱いしたと思ったら、何が約束を果たしに来ただ。アイツは何時も勝手だ。好きな様にして、此方の都合も考えろ。いきなり過ぎて今回の夢でも何も言えなかった。いや、何言いたいってのもないんだけどさ。

「サッサと終わらせて、茶菓子にありつくか」

それと、帰りにジェラートでも買って行こう。甘いのが食べたい。

ストロベリーと、バニラと――。頭の中で買いたい種類のジェラートを考える。そして気付く。
アイツは、何が好きだったんだろう。
埋もれた記憶では思い出せなかった。


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