第六章 第一話     108/115
 




「ジョット殿は不思議な御仁だった」

女の様にしめやかで長い黒髪。真っ直ぐと前を見据えている黒い瞳。一見は優男に見えるが、そこらのゴロツキでは手も足も出ないだろう。彼は血で血を洗う戦場を生き残った侍だ。しかも、彼の特技であり生き残る術は剣術だけではない。今でこそ僧に扮しているが、彼の変装は多岐に渡る。ぬいぐるみの中に入っていたり、客の呼び込みをしていたり。そして彼が捕まらないのは、変装技術よりも逃げ足の速さのところが大きいだろう。

攘夷志士、桂小太郎は万事屋を訪れていた。

「共に過ごした時間は決して長くはない。しかし、あの人の優しげな笑顔が記憶に焼き付いている」

新八はお通ちゃんのライブで今日は万事屋には来ない。神楽は定春の散歩に行っている。銀時はケーキを作ろうとしたら卵がなかったので買いに行っている。買いに行くお金があることに少し驚いた。
そして、綱吉がケーキ作りの用意をしている時。桂が万事屋を訪ねてきた。
綱吉と桂。此方の世界に来て二ヶ月と少しが経つが、二人でゆっくりと話すのは初めてだった。

「ガキ大将の様に振る舞う時もあり、銀時は『子供がそのまま大人になった』と言っていた事もあったか」

間に挟むテーブルに置かれているのは二人分のお茶と、カステラである。生憎、お茶菓子は常にきらしているので、カステラは桂が持ってきた物である。それでも、桂は嫌な顔一つしない。持ってきたら全て銀時と神楽が食べてしまうことの方が多いので、こうやってゆっくりとお茶菓子が出ていることの方が珍しいのだ。

「ジョット殿はそんな子供の方ではなかったのにな」

茶はもう冷めてしまっている。綱吉が変えましょうか、と言ったら、桂はやんわりとそれを断って、一口茶を飲んだ。

「思えば、親しみの様なものを、感じていた。話しやすい人であったのは確かだ。しかし、あの人は俺にとっては紛れもない『大人』だった。松陽先生と同じ様に」

桂は瞳をそっと閉じた。瞼の裏に、子供時代の情景が蘇る。
夕日の下。銀時が木の上で寝ていた。高杉がその下で銀時に下りる様に叫んでいる。その隣で自分は呆れ顔で溜め息をついている。松陽先生は縁側に座って生徒三人を見ていて。先生の隣にいるその人は――確かに綱吉によく似ていた。

「そうか。ジョット殿の血縁か」
「曾曾曾爺ちゃん、らしいです」
「そうか」

桂は瞼を上げた。視界には手に持っている茶が見えた。無意識のうちに下を向いてしまっていたらしい。

「ジョット殿は、もう亡くなっているのか」

呟いたのも無意識だった。言葉に出したのに気付き、その事実を初めて認識した様な感覚があった。
亡くなっている。彼はもう、いないのだ。

「銀さんも」
「ん?」
「銀さんも。同じ事を言っていました」

顔を上げて綱吉を見れば、彼も桂と同じように下を向いていた。

「プリーモの話をした時。『もう死んじまってるのか』って」
「……そうか」

桂は右手で顔を隠す様に額を押さえた。

「そうか」

泣いてはいない。これくらいでは彼の涙腺は緩まない。

仕方のない事なのだ。彼方の世界では百年以上も前なのだぞ?こっちの世界でだって二十年経っている。
来孫である綱吉君がいるのだから、彼は誰かと結ばれたのだ。きっと優しい女性だろう。優しい彼にはお似合いの、笑顔が似合う女性かもしれない。たとえ気が強い女性でも、彼ならば幸せな結婚生活を送るだろう。
時間の流れだ。摂理だ。理だ。二度と会うことはない。墓参りにすら行けない。あるのは、朧気に残る記憶だけだ。しかし、納得は出来る。

悲しくはあるけど。

「銀時が覚えているとはな。彼奴のことだから忘れていてもおかしくない」
「俺が言うまでは、プリーモと俺が結びつかなかったみたいですけど。桂さんもそうでしょう?」
「む。……そうだな。なんせ、二十年前だ。だが、言われればそうとしか思えない。それほど似ているよ」

桂は残った茶を一気に飲み干した。今までの話も一気に飲み込む様に。飲み干した時には、少しすっきりしていた。
今度こそ綱吉は新しい茶を入れた。残りが少なくなっていたので、自分の分も。

「不思議な縁だな。二十年前の異世界の来訪者と、今の異世界の来訪者。血縁者が転送され、再び俺達と出会った」
「そうですね。俺も不思議な感じがします」
「やはり関係があるのだろうか?」
「どうでしょう……あるとしたら……」

綱吉は自分の左手を見た。そこにはボンゴレの至宝が填められている。そう、プリーモの時代から受け継がれているボンゴレリングが。

「……その指輪か?」
「はい……プリーモと俺だけなら兎も角、山本や獄寺君も来てるんだから、ボンゴレが関わってきているとは思うんですけど……」
「ボンゴレか……」

桂は真面目な顔で腕を組んだ。真顔で強烈なボケをかますことがある桂だが、今は巫山戯ずにちゃんと考えているのだ。
何て言ったって、自分の知り合いの子孫だ。尊敬だってしていた。力になりたいではないか。

「マフィア……どうにもしっくりと来ないな」
「しっくり?」
「うむ。綱吉君もジョット殿も、マフィアには見えん」

日本の一般人の中学生がマフィアに見えても困ります。そう言えたらどんなに良いか。中学生でマフィアの風格を持っているのは骸くらいだ。因みに、雲雀は暴君である。
プリーモはどうだったのだろう。自警団を組織したと聞いたことはある。日本に渡ったとも。だが、自分はプリーモについて殆ど知らない。もしかしたら、いや、高確率で共に過ごしたことのある銀時や桂の方がプリーモについて知っているだろう。

「どんな人でしたか、プリーモは?」
「む、ジョット殿は……そうだな……」

桂は右手で顎をつまむ様にして当時の光景を思い出した。彼の記憶に残っている人物は……。

「破天荒……とまではいかないか……自由……というか……思慮深いと思われることもあれば……その、何も考えていないような……」
「銀さんは変な奴だったって」
「銀時……」

友人であるご先祖について子孫に語るのに、そこまで包み隠さずに言わずとも良いだろうに……!必死で言葉を探した意味がないではないか!

「優しい人だ」

桂は断言した。確かに行動には子供でさえ驚くというか目を見開くというか目を疑う事もあったが、自信を持って言えるのだ。
彼は、優しい人だった。

「確かに予想外の行動をすることもあったが、あの人は優しい人だった」

話すときは屈んで当時の自分と目線の高さを合わせていた。よく頭を撫でてくれた。銀時達と一緒に隠れん坊や鬼事もした。
話しやすかったのは彼がそう振る舞っていたからのもあるが、彼の本質が大きかったのだろう。

「その優しさが、ジョット殿の本質だと思う」

マフィアだというのに違和感を覚えるのは、それが優しさと結びつかないからだ。だから綱吉もマフィアの様に見えない。

「また、会いたかったものだ」

彼は、大きくなった自分に何と言うのか。
刀を握った事に悲しむだろうか。攘夷志士として活動していることに怒りを表すだろうか。きっとどちらでもない。
彼は、最初に再会を喜んだだろう。

願い叶わぬ、夢の様な話だ。






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