第五章 第二十九話     106/115
 




『デ……モ。き…え…か?』

目を閉じている気がする。目の前が真っ暗だから。自分の足で立っている感じがしない。何処かふわふわと浮いている感覚がした。

『デ…チ…。デ……モ』

呼ばれているのだろうか。だけど、よく聞こえない。靄が掛かっているみたいだ。耳にも、頭にも。でも、聞いたことがある気がする。

『き…えな…か。た…しい…ぶれ………』

未来での戦いでは助けてもらった。最近では、夢で聞いたこともあるその声。あの人の声だ。なら、これは過去の夢なのだろうか。

『い…げ。じか…がない。つぎ…まんげ……でに………を』

いや、これは過去ではない。これは『今』だ。あの人は、自分に何かを伝えようとしているのだ。

『いそ…、デ……モ』

だけど、その声は綱吉には届かなかった。





吉原に青い空と太陽が顔を見せている。其処にはもう常夜の街はなかった。

「良かったじゃないスか、結果オーライですよ、アッハッハッハッハッ」

新八の安心した笑い声が響く。戦いは終わり、脅威は去った。この街は自由になったのだ。

「何が結果オーライだコノヤロー!!」

しかし、神楽は新八の様に陽気にはなれなかった。容赦なく新八の顔を殴る。
兄である神威の真意が分からない。彼は何を考えてこの吉原を放置しているのか。それがはっきりとしない限り、安心など出来ない。

「心配いらねーよ。俺が生きてる限り、奴ァ此処には手を出さねェ」

しかし、銀時はそんなことを言う。どういう意味か訊いても銀時は答えてくれない。こうなった銀時は頑固だ。意地でも教えてくれない。明らかに何か知っているのに。

「でも、吉原に太陽が昇って良かったです。みんな無事だし」
「それを最後に目ェ覚ましたツナが言うアルか……」

綱吉は神楽の隣で気まずそうに頬を掻いている。

今回、綱吉は長い時間眠っていた。呼び掛けても反応しない。呼吸は浅い。体温は低い。まるで冬眠している様だった。様子を見に来た山本と獄寺だけでなく、神楽と新八も顔を真っ青とさせていた。いつも飄々としている銀時や、二人についてきたドSの沖田まで口数が減っていたほどだ。
一度見かねた沖田の提案で真選組お抱えの医者に診て貰ったが、寝ているだけだと診断された。言ってしまえば不明だと言われたのだ。
それでも彼等は待った。優しい少年の目覚めを。そして、少年が目覚めたのは倒れてから一週間後だった。

「ツナ。大丈夫アルか?」
「うん。起きた時は何か変な感じしたけど、もう平気、かな?」
「いや、疑問型になるなアル」

神楽は口を尖らせ不機嫌そうに顔を歪める。彼女は心配しているのだ。この自分と年離れない子供を。

「しかし、つくづく難儀な連中だねェ」

銀時は街中を見渡す。釣られる様に綱吉達も街を眺めた。
遊女達の多くはこの吉原に残った。彼女たちは地上に生きて行くには、知らない事が多過ぎた。日輪が中心になってもままならない事は沢山あるだろう。
だが、もう今までの常夜の街とは違う。この街には自由がある。

「遊郭がなくなってヘルス、ソープなどが増えた。あとキャバクラ、おさわりパブなども人気だな、ウン」
「全然変わってねーだろうが!全然子供に恥ずかしいだろーが!何?って聞かれても答えられねーよ!!」

月詠の言葉に新八の鋭いツッコミが入る。綱吉は少し顔を赤くしてそっぽを向いている。そういう話には耐性がないのだ。真っ直ぐと見られない。

「今は選択の自由があるわけでしょ。着物だけじゃないナースにミニスカ、ポリスとか色々……」
「それアンタが自由になってるだけだろ!!」
「銀さん、そう言うのが好き何ですか……」
「ツナ、銀ちゃんみたいな大人になるなアルヨ」

綱吉と神楽から軽蔑の眼差しを向けられているのに気付き、銀時は冷や汗を流しながら慌てて弁解する。

「え、いや、一般の男の意見だよ!銀さんがナースやポリス好きって訳じゃないからね!銀さんは清純派の方が……」
「銀さん、墓穴掘ってますよ」
「あれ?……ツナだってミニスカは好きだろ!」
「ちょ、話振らないで下さい!」

綱吉は顔を真っ赤にして顔を背ける。横に座っている神楽には綱吉が耳まで真っ赤にしているのが見えた。

「そ、それより晴太君はどうしてますか?」

綱吉は話題を変えようと晴太の話を出す。晴太のことは気になっていたのだ。彼は今は万事屋を離れ、母と一緒にこの街に住んでいるはずだ。
月詠の話ではおもちゃ屋でバイトしていると言うが、この街だ。普通のおもちゃ屋のはずがない。

「ただのモザイク屋じゃなーかァァァ!!」

今日の新八のツッコミは冴えている。綱吉はモビルスーツの様な音を出して駆けてくる晴太を直視することも出来なかった。本当、勘弁して下さい。

晴太が転けて、ちょっとした事から乱闘が始まった。自警団百華の頭である月詠のクナイは新八の額に吸い込まれる。野次馬が増え、乱闘騒ぎは大きくなる。

「どうだい、私達の街は」

奥から車椅子に乗った日輪が出て来た。手のお盆には酒が乗っている。誰への酒なのかは、綱吉には手に取る様に分かった。

「どっかの街とそっくりアル」

下品で 凶暴で 優しくて 冷たくて 笑顔も 涙も

お天道様もある ただの普通の街だ

「素敵でしょ?」

日輪は銀時に酌をした。ご立派な笑顔で。
銀時はくいっ、と杯を傾ける。酒が喉を通る。



「うめェ」



今まで飲んだ酒と、一味違った。







     第五章 完


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