第五章 第二十七話 104/115
空を奔る炎は澄んだオレンジ色をしており、暗い鉛の空によく栄えた。
その炎が鉛の空を押さえている鎖を溶かすのは、まるで奇跡を目の当たりにしている様で。
吉原の住人は、その光景から目を離すことは出来なかった。
常夜に、太陽が昇る。
「たっ……太陽ォォォォォ!!」
太陽の光を浴びる鳳仙は苦しみの声を上げる。眼からは血の涙が流れ、肌は干涸らびていく。
「ぬぐああああああ!!」
血が 肉が 魂が渇いてゆく
「いけェェェェェ!!銀さんんん!!夜王の鎖を……焼き切れェェェェェ!!」
銀時の鋭い木刀の一撃が、鳳仙を吹き飛ばす。
ドォン
防ぐことも、受け身を取ることも出来ずに外に飛ばされれば、身体に太陽の光が強く当たる。
渇いていく中で、思い起こされるのは、過去の記憶。
「ねェねェおじちゃん。なんでこんなに晴れているのに、傘なんてさしているの」
彼女はまだ子供だった。
己を家族から引き離した男に戯れ言を言った子供だった。
「私がおじちゃんとお日様を仲直りさせてあげるからね」
彼女は言っていた。
『お前の渇きは癒えない』
二十年前の記憶だ。
金髪の異世界の来訪者だ。
『愛も憎しみも、お前は一つのことで表現している。それしかないと思っているのか』
男は言っていた。
『お前が戦うのは夜兎だからじゃない。夜兎は戦う理由にならない。ただ戦い続ける限り、お前は渇いたままだ』
二十年前の記憶が、今思い出されるのは何故だろうか。
「誰かの大切なモノを傷付けて。自分の大切なモノを傷付けて。渇きを誰かのせいにして。それじゃ、何も変わらない」
あの小僧が現れたからだろうか。同じ瞳をした、あの来訪者が。
「我が天敵よ。久し振りに会っても何も変わらぬな」
空には太陽が輝いている。手を伸ばす。届かないとは分かっていても。
「はるか高みからこの夜王を見下ろしおって。全く、なんと忌々しい」
変わらぬ姿。変わらぬ輝き。
「だが、なんと美しい姿よ」
それに抱く想いも、変わらない。
「貴方は太陽がないことに渇いていたんだ」
傘を差した若い夜兎は言う。彼は、鳳仙と同じ道を歩んでいる。
「陽(ひかり)を憎み、愛したんだ」
鳳仙は笑う。愛など、この若い夜兎から――神威から最も遠い言葉の一つだった。
「愛も憎しみも、戦うことでしか表現する術を知らぬ」
二十年前に来訪者から言われた言葉は真実だ。戦いが全てだった。戦いでしか表現出来なかった。それしか知らなかった。それで良いと思っていた。
思って、いた。
「……何故、お前さえもわしを嫌う」
空に、太陽に手を伸ばせば、腕は急速に渇いていく。
「何故、こんなに焦がれているのに、わしは渇いてゆく」
視界が霞み、光は薄れていく。伸ばした手も、何処にも届かない。
いかなる陽も届かぬ 真の夜
一人だった。独りだった。何もない。誰も居はしない。
死してなお 夜を往くが 夜王の運命か
『そっちじゃない』
夜に声が響く。
『お前の案内を買って出るのは、今回だけだ』
夜に、光が差した。
『進む先は彼女に示してもらえ、おじいちゃん』
光が広がった。
残った左目を開くと、其処には太陽がいた。
「……ひ、日輪」
太陽は――日輪は鳳仙に膝枕をしていた。陽を背に、優しい笑みを宿敵である鳳仙に向けながら。
「やっと見せてあげられた。ずっと見せてあげたかった」
日輪は空に輝く太陽を仰いだ。
「この空を貴方に」
「言ったでしょ。きっとお日様と仲直りをさせてあげるって」
もう、覚えていないと思っていた。万が一覚えていても、忘れ去りたい過去だと。
「こうして日向で居眠りしたかっただけの普通のおじいちゃんなのよね」
顔にぽつりぽつりと雨が降る。彼女が降らす雨が降る。
「バカな人。本当に――」
振り返れば、真の夜に陽が昇っている。
「――――バカな男」
夜の王は太陽に抱かれながら眠りについた。
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