第五章 第二十二話 99/115
「……っ!」
嫌な音がした。後ろに吹っ飛んでいた。地面に叩き付けられる。受け身だけはどうにか取った。視界に入っている鳳仙は左足を上げている。それで蹴られたのだと分かった。
「かっ……はっ……」
一瞬息が出来なかった。咳き込む様に空気を吐きだした。血が混じっていたが、気にせず立ち上がろうとする。ぐらりとふらついた。頭の衝撃が足に来ていて、がくがくと言って立てない。顔に濡れた感触がある。涙ではない。血だ。一撃喰らっただけで血だらけになった。
『一撃でもまともに喰らったらアウトだぞ』
全くだ。銀時は衝撃を分散させたのに。情けない。
自分でも不思議なくらい、動きが鈍かった。
「この侍はあの一瞬で殺気を読み、木剣で我が一撃を防いだうえ、後方に飛び衝撃を和らげた。地球人にしてはデカい口を叩くだけはあるらしい。だが……」
鳳仙は倒れている綱吉に顔を向けた。
「貴様は話しにならん。なんだ、その動きは」
綱吉は顔を上げて鳳仙を、頭を掴まれている銀時を見た。助けに行きたくとも、身体が上手く動かない。
「その戦闘態勢に見覚えがある。二十年前の来訪者の若造のと同種か。だが、その炎はこの世界の理に外れたモノ。幾度も使えば悲鳴を上げるは己の身体よ」
鳳仙は綱吉に、銀時に、侮蔑の眼を注いだ。
「貴様等は弱者であり、敗者だ。何一つ護れはしない。それは二十年前から変わりはしない」
鳳仙は銀時を掴む力を無情に強めていく。
「敗者は敗者らしく指をくわえて見ておればよいのだ。この国が、女達が、我等強者に蹂躙される様を。先にいった弱者達と一緒にあの世でな」
血が舞った。
「!なっ……」
舞う血は銀時の物ではない。鳳仙の物だった。鳳仙の右目には、一本の煙管が刺さっていた。
「負けてなんかいねェよ侍(オレ)達」
銀時の眼は死んでいない。
「今も戦ってるよ。俺も。ツナも。彼奴も」
鳳仙は思わぬ反撃に怯み、掴む握力を弱めた。
「きっ…貴様ァァァ!」
銀時は鳳仙を蹴飛ばした。右目を潰された痛みで意識を外していた鳳仙は簡単に銀時から手を放し転がった。自由になった銀時は、しかしダメージが大きくそのまま膝から崩れた。
「銀さんんん!ツナ兄ィィィ!」
晴太が二階の渡り廊下から悲鳴に似た叫びで二人の名を呼ぶ。そして二人の方を見ながら場所を変えようと動いた。下りてくる気なのだ。
「「来るな!」」
銀時と綱吉。二人の声が重なった。銀時は壁に背を預けたまま。綱吉も倒れていたままで、腕でどうにか身を起こそうとしている状態だ。しかし、腹の底から声を出した。骨が折れているだろう胸が痛むが、戦えない晴太を鳳仙の前に立たせる危険に晒すわけにはいかない。
「何してやがる、てめェ。さっさと行かねーか」
「日輪を連れて、速く吉原から逃げろ」
晴太はそれに首を振る。
「い…いやだ!!銀さんやツナ兄置いてオイラ達だけ逃げ出せっていうのかよ。そんなマネ…こんな事に巻き込んでそんなマネ絶対できるかよ!」
鳳仙が右目から煙管を抜いた。右目は見えなくなったが、鳳仙相手では致命傷にはならない。
「巻き込んだ?勝手に顔ツッコんだの間違いだろ」
「此処にいるのは俺達の意志だ。戦うのは俺達の決意からだ。だから、お前は母親を連れて行け」
銀時と綱吉は晴太に逃走を促す。しかし、それでも返ってくるのは否の言葉だった。
「いやだ!!そんなの絶対いやだ!!役には立たないけどオイラが銀さん達を助ける!!ずっと…最後まで一緒にいる!!」
「てめーは…」
「銀さん言ったじゃないか」
銀時の言葉を、晴太は遮る。
「血はつながってなくとも家族より強い絆があるって」
血なんか関係ない。
思い起こされるは、万事屋で過ごした日々。短い日々だった。長い人生にしてみれば一瞬だろう。それまでの辛い日々の方がずっと長かった。だけど、その独りの時が霞むほど――楽しかった。
「みんなは…銀さんやツナ兄達は…オイラにとっちゃ大切な家族なんだよ!!大切なことをいっぱい教えてくれたかけがえのない人達なんだよ!!」
晴太は涙を流していた。今まで堪えていたのだろう。しかし、もう堪えられなかった。
「……そいつが聞けただけで俺ァもう充分だよ」
銀時の顔は苦痛で歪んでなどいなかった。寧ろ、清々しさこそ感じられた。
「行ってくれ。俺をまた敗者にさせないでくれよ」
「……!!ぎ…銀さ……」
銀時は、笑っている様に見えた。
それから一瞬の出来事が、やけにゆっくりと思えた。
鳳仙が左足を持ち上げるのも。綱吉が鳳仙を阻止しようと、炎の推進力で体当たりをしてくるのも。鳳仙が綱吉を突く様に吹き飛ばすのも。そのまま左足が唸るのも。銀時が壁にめり込むのも。
銀時と綱吉が動かなくなるまでが、やけにゆっくりと思えた。
「銀さんんんんん!!ツナ兄ィィィィィ!!」
晴太の絶叫が響いた。
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