第五章 第二十話 97/115
涙を流しながら強く抱き合う二人は、親子だ。誰が何と言っても、胸を張ってそう言える。
それを見て自分も母親に会いたくなったのは恥ずかしいので秘密だ。
「…そうか。貴様が童の雇った浪人」
鳳仙は乱入してきた銀時を見て言う。どうやら銀時達襲撃者の細かい情報は入ってきていないらしい。
鳳仙は銀時に好き勝手やってくれた、と言うが、銀時はそれを否定した。
こんな所で酒を飲んでも何も旨くない。
「俺ァ、てめーの国で酒なんざ一滴足りともの飲まねェ」
泣きながら酒を注がれても何にも旨くない。
「ババアだらけの薄汚ねェスナックでも笑って酌してくれんなら、俺ァそれがいい」
万事屋の一階にあるスナックお登勢。勿論綱吉が行っても酒は出してくれない。銀時は家賃もツケも払わないので、たまの口からオイル臭い酒を出されていた。恐らくオイルではない。恐らくだが。
それでも、笑っていた。お登勢も、たまも、キャサリンも。
「悪辣なキャバ嬢がはびこるぼったくりバーでもみんなが笑って酒飲めるなら、俺ァそれがいい」
お妙が働くスマイル。長谷川や近藤も交えての宴会。長谷川が酔って愚痴を零したり、近藤がお妙に殴られたりで乱闘寸前になっていた。
それでも、笑っていた。お妙も、長谷川も、近藤も。
綱吉も、銀時も、神楽も、新八も。
笑っていた。美女はいなくても。美酒はなくても。
「美女も美酒も屋根さえねェ野っ原でも。月見て安っすい酒飲めるなら、俺ァそれがいい」
雲一つ無い夜空の元。浮かぶは望月。
隣には誰もいないかもしれない。誰かいるのかもしれない。
金髪の、澄んだ大空の似合う彼はいないけど。
「女の涙は酒の肴にゃ辛過ぎらァ」
銀時は腰に差している刀をすらりと抜く。
「鎖を断ち切りにきたか」
鳳仙の言葉を、銀時は再び否定する。
「俺ァただ旨い酒が飲みてーだけだ。天下の花魁様にご立派な笑顔つきで酌してもらいたくてなァ」
それだけの理由で夜王に刀を向ける。
万人は嘲(あざけ)るだろう。命知らずだと。大馬鹿だと。
綱吉は笑った。此処が敵地でも、銀時を見ていると笑うことが出来た。
銀時らしいと思った。
そんな彼だから。そんな万事屋だから。自分は護りたいと思うのだ。
「過去の異界の者といい、現代の異界の者といい。侍も、愚かなのは時が流れても変わらないらしい」
鳳仙の言葉に銀時は一瞬目を僅かに開いたが、すぐにはっ、と笑った。
「彼奴は馬鹿だからな。大馬鹿野郎だからな」
にやりと、悪人の様な笑顔で嬉しそうに言う。
「ありゃぁ、死んでも変わらねェぞ」
鳳仙は不快げに顔を歪めるだけで、何も言わなかった。
「こりゃあ面白い」
言葉を発したのは意外にも今まで静観していた神威だった。
「あの子供が春雨で捜索しているって言う来訪者にもびっくりだが、旦那が二十年前の来訪者と顔見知りなんてね」
神威は張り付いている笑顔のまま鳳仙の肩に手を乗せる。
「それに、たかだか酒一杯のために夜王に喧嘩を売るとは。地球にもなかなか面白い奴がいるんだね。ねェ、鳳仙の旦那」
次の瞬間。鳳仙の右腕が動いた。綱吉にはその動きが残像の様に映っただけだ。気が付けば、鳳仙の隣に立つ柱が破壊されていた。
「お〜コワッ」
しかし、神威は無傷だった。下層にある巨大な兎の像の背に腰掛けている。
「母を求める童の姿を見て、遠き日でも思い出したか」
鳳仙の言葉。それを否定する神威の言葉。そして――。
「妹だろうが親父だろうが構わずブッ殺す。そういう奴かい」
銀時の言葉で、綱吉の考えは確信に変わった。
神威に会った時から、確信に近い感覚はあった。超直感は血の繋がりに敏感だった。いや、超直感がなくとも、気が付いたかもしれない。
彼と彼女の笑顔は、似ていたから。
「その絆とやらの強さ。見せてもらおうではないか」
鳳仙は像の傘を肩に掛ける様に持つ。
綱吉は銀時に扉に刺さっていた木刀を手渡した。
「勝負といこうではないか。地球人風情にこの夜王の鎖。断ち切れるか」
「エロジジイの先走り汁の糸で出来たような鎖なんざ、一太刀でシメーだ」
右手に木刀。左手に刀。両手にグローブ。片手に巨大な傘。
「明けねェ夜なんざこの世にゃねェ。この吉原にも朝日が昇る刻が来たんだ」
銀時は跳んだ。綱吉も炎を灯した。
「夜の王は日の出と共におネンネしやがれェェェ!!」
死闘、開幕。
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