第五章 第十九話 96/115
強き意志は、強く心に響く。
強い憎悪を感じると、胸が締め付けられる様に痛むのだ。
強い悲しみを感じると、涙を流したくなるのだ。
母を想う意志を感じると、手を貸したくなるのだ。
理屈なんていらない。理由なんて後で考えればいい。力の有無なんて関係ない。
母に会いたいと子供は言った。求める声が聴こえた。少年が動くには、十分だ。
血なんか繋がっていなくとも、母はこの人だと言った子供を護るのに、迷いは欠片もない。
怖れるのは、失う事なのだから。
少年は己の矛となる毛糸の手袋を手に握り締めた。
「……諦めの悪い童だ。仕方あるまい。黄泉で本物の親と対面するがい……」
鳳仙の言葉が途中で止まった。
扉を破ろうとする晴太を手に掛けようと腕を上げたが、鳳仙と晴太の間に立ち塞がる者がいたからだ。
戦闘狂の神威ではない。彼は干渉する気はない様で、壁に背を預けている。
立ち塞がったのは、一人の少年だった。
「貴様……」
鳳仙はその少年を睨み付けた。
変哲のない少年だ。茶髪の地球人。歳は十を超えても、十五はいっていないだろう。体付きは細く、戦闘経験があるとは思えない。まさに何処にでもいるただの少年だ。
なのに……その少年に既視感を覚えた。
「母親と会うことの何が悪いんですか」
少年は真っ直ぐな瞳で鳳仙を射抜いた。
その顔に。その瞳に。鳳仙は過去の記憶を刺激された。
『お前の渇きは癒えない』
嘗て、夜王と怖れられた鳳仙を相手にそう言った男がいる。
二十年前。雨が降り注ぐ中。瓦礫の山に囲まれて。曇り無き眼で。
「子供が母親に会いたがって何が悪いんですか」
男と同じ瞳で、少年は鳳仙を射抜く。
鳳仙は少年の言葉には答えず、それとは関係のない事を口にした。
「貴様……異界の者か」
予想していなかった鳳仙の言葉に、少年は目を見開く。
「どうして……」
「貴様の顔には見覚えがある。二十年前か。再び呼び寄せるとは」
鳳仙は目を細める。その瞳には呆れ、憐れみ、そして――少年に対する同情の念が現れていた。
「ヒトは幾度年を巡っても変わらぬと言うことか」
少年は戸惑いを含んだ声を上げた。
「貴方は、何を知っているんですか?」
「語ることはない。何一つ。意味などありはしない」
鳳仙は一歩を踏み出した。
「貴様も童と同様、此処で死ぬ」
少年は毛糸の手袋を填めた。凡(およ)そ武器とは思えないが、二十年前の男も拳を武器としていた。この少年もそうなのだろう。
「晴太君はお母さんに会うんです」
「その女は母親などではない」
「母親です」
少年の瞳は、大空の様に澄んでいる。
それが憎たらしかった。
「母親です」
鳳仙の背後から木刀が飛んできた。
立っていたのは銀髪の侍。
侍と少年は一瞬だけ目を合わせた。
決意の確認には十分だ。
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