第五章 第十七話     94/115
 




呼吸をする様に人を殺す夜兎。
敵を殺す。彼はそれに疑問を抱いていない。それ故に、彼を止める事は至難の技だ。

「向かってくる敵は殺すよ」

そう言った夜兎に、異世界の少年は返した。

「なら、出会わなければ良いんですね」

側でそれを聞いた母を求める子供は、異世界の少年の瞳に覚悟を見た。





神威を先頭とし、後ろに綱吉、綱吉にしがみつく形で晴太が続いた。
時折百華達が指示を出している様で、彼方此方から叫びに近い声が響く。
しかし、晴太達が百華と遭遇する事はなかった。

「次は右です」
「この部屋に入ってやり過ごしましょう」

見付からない一番の要因は、今まで通り綱吉の指示に従っているからだろう。
百華達の命が懸かっているからなのか(神威のせいで)、綱吉は今まで以上に慎重になっている。その証拠に、彼の指示には隠れるモノが多くなり、ペースダウンにもなっているのは確かだ。
しかし、あの惨状をまた見せられるよりは何十倍も増しだ。またあの様になるくらいなら、ペースダウンの方が良い。

部屋に息を潜めて隠れていると、襖越しに足音が遠ざかって行く。今回も一方的な殺し合いは避けられた。

「スゲェや、ツナ兄。また逃げ……」

晴太と逃げていた時よりも綱吉の逃亡スキルは上がっている。これなら百華に出会うことなくいけそうだ。
そう思い、晴太は綱吉に称賛の声を上げようとした。
しかし――。

「ツナ兄……?」

綱吉の顔色が悪かった。
二人で逃げていた時や、神威と遭遇した時は余裕がなくて気付かなかった。しかし、今の晴太には少なからず周りを見る余裕がある。
よくよく綱吉を窺えば、彼の顔色は決して良いものではなかった。一体何時からだろうか。合流した時はこれほど悪かった様には思わないが……。

「ツナ兄、大丈夫?」

晴太は心配で声を掛ける。
出会ったらゲームオーバーの(百華が)の状況。綱吉に負担を強いているのではないだろうかと不安になったのだ。

「平気。大丈夫だよ」

綱吉は晴太に薄く笑い掛けるが、作り笑いなのはバレバレだ。今の状況で元気に笑うのは難しい事は晴太にだって分かる。実際晴太だって笑えと言われたからって笑える心境じゃない。流石にそこまで図太くない。
――成り行きで同行してしまっている、ニコニコと笑う団長様は図太いとかの問題じゃないとも思うけど。

「んー?大丈夫かい?此処で休む?」

なんて宣うこのスマイル全快の神威は、本当は休む気なんてないのだろう。きっと綱吉を置いていくつもりなのだ。こんな敵陣の真ん中に、綱吉を一人置き去りになど出来るものか。

「平気です。それより、日輪さんの所までもうすぐなはずです」
「正解。へー、分かるの?」
「人の数が増えていますし、それと――」

後は勘です。

綱吉の言葉に、神威の笑みが深くなるのが端から見ていても分かった。

「世の中には不思議な奴がいるね」

不思議な奴が強者とは限らないけど。君は期待出来そうだ。

自分に言われているわけではないのに、晴太は背筋が震える感じがした。綱吉の服の端を再び強く握る。

どうやら大好きな優しい少年は、この戦闘狂の団長に興味を持たれてしまったらしい。
何やってんだよ、と言いたいが、こればっかりは綱吉のせいではないので悲しいかな、晴太は寧ろ同情するしかない。

「……貴方は戦いが好きなんですね」
「夜兎だからね。求めずにはいられないのさ」

間髪入れず神威は返した。それに綱吉は悲しげな目をする。

「夜兎は、戦う理由じゃないはずです」

綱吉は襖に手を突いて立ち上がった。

「戦うのが嫌いな夜兎もいます」

そして、青い顔をしながらも綱吉は神威の目を見ながら言った。



「貴方も知っているでしょう」



神威は笑顔のままだった。

その言葉がどういう意味で。
綱吉が何に気付いているかは。
晴太には分からなかった。






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