第五章 第十六話     93/115
 




圧倒していた。
歴戦の夜兎を。戦場で幾つもの死線を潜り抜けてきた夜兎を。地球のぬるま湯につかっていた小娘が。

彼女には己の意志はなかった。あるのは『血』だけだった。
『血』が命ずるまま戦い。『血』が命ずるまま拳を奮い。それだけでそれまでの劣勢が嘘の様に戦況は進む。
そこに己の意志がないだけで。

歴戦の夜兎は悟った。自分の死を。この血を解放した夜兎の娘に殺される定めを。
受け入れるつもりだ。これは己の弱さが招いた結果なのだから。

「お前さんを見ていると、兄貴のツラがチラついて仕方ねェ」

全く、困った物だ。
忠誠心なんて物を持ち合わせているつもりもないし、慕っているって事もない。尊敬なんざ、してたまるものか。
仕事はしない、戦いしか興味がない、邪魔とあれば仲間をも手に掛ける、邪魔じゃなくとも手に掛ける。団長として備わっているべき物は頭を何時間も捻って漸く出るくらいだ――あれ、出てくるか?

あー…負けたの知られたら殺されるな。

最も、この妹に殺されるからその心配はないか。
間違っても人の死に涙を流さないだろうし、自分が死んでもあの男の冷酷さと戦闘能力は毛ほども変わらない。政治に関しては他の部下がどうにかするだろう。すぐには無理でも、いずれ新しい政治担当が生まれるさ。

将来が楽しみなこの小娘も、この殺しを機に本当の夜兎の仲間入りだ。

「血に従って殺せ。血を誇って殺せ。俺達の居場所は戦場しかねーんだ。戦場で生き残るにはそれしかねェんだ」

将来有望な若い夜兎が沢山いて、おじさんは嬉しいよ。

「それが絶滅まで戦い続けるケモノ達の宿命……夜兎の宿命よ!!」

目の前に殺意を宿した脚が迫った。





正直に言います。怖かったです。
いつも一緒にいる女の子がいなくなってしまったみたいで。遠くに行ってしまったみたいで。

だけど、知っているんだ。
すぐに殴るけど。家計が赤字になっても食べるのを止めない大食漢だけど。生意気だけど。
優しい女の子なんだ。
それに――約束したんだ。護るって。

後ろから神楽を羽交い締めにして、彼女の動きを止める。
本来なら新八の力で止められるものではない。だが、止まった。その理由は一つしかない。
彼女も戦っているのだ。己の『血』と。

「僕等の……大切な仲間を護るんだ!!」

その想いに反応したのか。動きは止まり。
だが、歴戦の夜兎は命を拾ったことに喜びを持たず。

「言っただろ。俺は共食いは嫌いなんだ」

そう言い、二人を助けて戦士は落ちていく。

血と戦い生きる夜兎。
血のままに生きる夜兎。
血の渇いた夜兎。
最初にこの戦場から退場したのは、血を愛でる夜兎だった。



「私……悔しい。もっと強くなりたい」

いつも強気な少女が涙を流していた。

「みんなを護れる位。誰にも、自分にも負けない位」

少年は少女に肩を貸した。

「きっと僕等、また一つ強くなれるさ」



此処は戦場で。
命を賭けた戦いの途中で。
まだ親玉を倒していなくて。
そんな状況だけど――。



無性に、あの優しい銀髪の青年と茶髪の少年に会いたかった。






前へ 次へ

戻る

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -